第180話 カアレの路地にて
ジュエレーはカアレの港市場を物色していた。
今日は久々のオフだ。
ジュエレーはオフの日には、市場を物色し、新鮮な魚を買い、それをその場で捌いてもらって食べるのを趣味にしている。
とはいえ、そんなことを趣味にするようになったのは、東の港町レブントからカアレへの水運が再開されてからだが。
市場の軒をくぐっては魚を見て回る。
そのうち、見栄えのいい『ハマチ』に目を付けた。
「おじさん、これ捌いてくれる?」
「おお、いつもの嬢ちゃんか。いいぜ? 今日は丼ぶりか刺身どっちにするよ?」
「ん~、刺身も捨てがたいけど、お腹もすいてるから、丼ぶりで!」
「あいよ。ちょっと待ってな――」
とまあ、いつもだいたいはこんな感じだ。
お腹を膨らまし、鮮度のいい『ハマチ』に舌鼓を打ったジュエレーは、そのまま腹ごなしに散歩を続ける。
このカアレという街は、迷宮の防護壁の為に造られた壁で囲まれた街だが、戦時中は最前線の砦としても、活躍したという。
今でも建物の壁や城砦の壁面からは、陰惨な歴史の痕跡が見て取れる。
(ん……?)
ジュエレーが街並みを歩いていると、背筋にピリリと違和感を覚えた。
(誰かに付けられている――?)
ジュエレーはわざと、気付かぬふりで路地へと身を差し入れる。
(やっぱりついて来てる……。ちっ、人がせっかくいい気分で散歩しているってのに……)
そうして数歩進んだところで周囲を確認し、そこで足を止めた。
「誰だ? 私をつけているのはわかってる。それから――」
ジュエレーはさっと右手を掲げ、『氷の飛礫』の魔法を放つ。
前方に向かって一つの飛礫がとび、路地裏に置いてあった樽を壊す――。
「ちっ。バレてたか――」
と、その男が声を発する。
「当たり前だ。そもそも気配を消してもいなかっただろう? 舐めてるのかよ?」
とジュエレー。右手の照準は男に固定されたままだ。
「へっ、闇討ちなんて、性に合わねえんだよ。ジュエレー・ノル。バーミエッタさまからの勅令だ。ラムディエルを殺せとな」
「バーミエッタの手下か――。私の知らない顔だな?」
「知らなくて当然――。おまえみたいな下位のものが上位者全てを知っているはずもない。ラムディエルの前の予行演習だ。まずはお前から殺してやる――。といっても、痛めつけて愉しんでからだがな?」
「下品なやつだな――。もてないだろう?」
「そうでもないさ、なあ――」
と、男がジュエレーを飛び越えた先にすでに姿を現している追跡者の方へと言葉を飛ばす。
「もてないわね――。当たってるわ。私はただ、お前の身体が好きなのさ。勘違いしないでよね」
ジュエレーの背後から女の声が返ってくる。
「ほら見ろ、やっぱりもてるじゃねぇかよ。でも、こいつをヤルのは別の話だからな、妬くなよ?」
「お前の趣味など私はどうでもいい。私の目的はラムディエルだからな――」
「二人がかりで、『下位のもの』を襲うのか? 上位者というのも尻の穴の小さいやつもいるもんなんだな?」
と、煽るジュエレー。
「誰が二人がかりだって言ったぁあ! 冥土の土産に覚えておけ! 俺の名は――あ?」
ジュエレーの襲い掛かろうとその男が身を屈め、突進の態勢に入ろうとした次の瞬間――。
男の背が弾けたように血飛沫を噴き上げた。
男は、自分の腹に視線を落とす。
その自分の腹に、大きな穴が口を開けている。
「お、おまえぇえ! いつの間にぃ!?」
男が叫ぶ。
「ルーク!? 貴様ぁ! よくも――」
と、次いで女が叫んだ。
「悪いが、私もいつまでも弱いままじゃないのさ。『修行』しているからな――といっても、修行もせず、ただ魔物を喰って強くなった奴には一生分からんだろうが……。あ、その一生も今終わったか――」
前に立っていた男はすでに地に伏して、微動だにしない。あれだけの出血量だ。さすがの幻族であっても助かるまい。
「ジュエレー・ノル……。私を、このマリアルージュ・ジョゼを、本気で怒らせたなぁ!」
女はだっとジュエレーに向かって突進を開始する。その合間に瞬時に両腰から短剣を抜き放った。
まだ高い陽の光がその短剣を鈍く光らせる――。
「本気がなんだって? その程度が本気ってんなら、バーミエッタも大したこと無いってことだろうな?」
ジュエレーも両腰の短剣を抜く――。
交錯する二つの影――。
ジュエレーの短剣もまた陽の光を浴びて一瞬閃いた――。
どさり、という音――。
それは交錯したジュエレーの背後で響いた。
「う、うう……。バーミエッタさまに切り捨てられた下等幻族が――どう、して――」
そう呻いたきり、女、マリアルージュの息の音が止まる。
「人の話はしっかり聞くものだぞ? 理由はさっき言った――って、もう聞こえてないか」
ジュエレーはそう二つの折り重なった死体の方へ言葉を残すと、振り返ることもなく歩き出した。




