第179話 古い噂
「魔属性魔法――か」
カインから、これまでに起きていることを聞いたオズワルドは、そう短く呟いた。そして、カインに向けてこう返す。
「――だが、実際にそれを目の当たりにしたやつはこれまでにいなかったのだ。この世界には知られていない魔法も数多く存在する。アドルフィーネが見た『それ』が、どうして魔属性魔法だと断定できるのだ?」
これに対してカインは、
「――その通りだ。しかし、アドルフィーネと行動を共にしているもう一人の魔術師も、同じような見解だ。しかも、そいつはあのアドルフィーネよりも相当の実力者だと俺は見ている」
と、返してきた。
オズワルドは少し驚いた。
現代において、アドルフィーネより上位の魔術師など、指を折るほどしか存在していないはずだ。しかも、その誰もが、すでに名を知られている。
オズワルドが知らない、それほど高位の魔術師など、この世界には存在していない――と、そう思っていたからだ。
「ほう、アドルフィーネより上位だと? その者の名は?」
「ラムディエル・ロウ――。知ってるか?」
「いや、聞いたことのない名だな――」
「だろうな。俺も全く知らないやつだ。年齢は――そうだな、若い女だ。おそらく、20代前半というところだろう」
「アドルフィーネと同じぐらいか……。そんな魔術師が世に埋もれていたとはな――。まったく、魔法の世界は計り知れない」
「――いや、そうとも限らないぜ。あれはおそらく、人族じゃない、と俺は見ている」
カインが少しトーンを落として言った。
オズワルドはすぅと息を吸い込んで、続ける。
「幻族――か。しかし、そいつが幻族として、どうしてアドルフィーネが行動を共にしている?」
「そこは俺にも分からねぇ。アイツの中に考えがあるようだが……。まあ、ジューダスもそろそろ王朝を離れる準備を始めているのだろう。それで俺をアドルフィーネのもとに差し向けたってわけだ。こいつとともにな――」
そう言ってカインが隣に座っているホムンクルスの少女を見やる。
「――そうか。まあ、話を聞いたところで私がしてやれることは無さそうだ。ちょっとまってろ、すぐに戻る」
オズワルドはそう言って立ち上がると、納屋の方へと向かった。
そこで、手ごろなりんごを数個手に取ると、また食堂の方へと戻る。
「今、切ってやる。もう少し待ってろ――」
と、カインと少女に向けて言うと、そのままキッチンの方へと進み、りんごをむき、皿に盛る。
「――さあ、どうぞ。こいつは私の自信作だ。今年は出来がいい」
と、皿を差し出す。
「ああ、もらうぜ? ミネルヴァも、遠慮なく食べろよ?」
「ありがとうございます、カインさま。それでは一切れいただきます」
そう言ってりんごを手に取り口に頬張る二人の反応を見守る。
「おお――、これは、去年のよりさらに美味くなってるぞ……」
と、カイン。
「わぁ、甘くてみずみずしくて、とても美味しいです!」
と、ミネルヴァも表情を緩めた。
二人の表情をみて、オズワルドは充分に苦労が報われるような気がする。
「――遠慮するな、全部食べていいからな」
と、促してやる。
その時オズワルドの頭にふとよぎったものがあった。。
「――おお、そうだ。思い出したぞ……。そう言えば昔、アンデッドを使役する魔術師が居るという噂を耳にしたことがあったな。たしか、ノイレンタール王国での話だ……。村が丸ごとアンデッド化した事件があってな。それが魔物ではなく魔術師の仕業ではないかという憶測が出たことがあった」
と、ふと頭に浮かんだ昔の記録を話すオズワルド。
「――だが、結局は決定的な痕跡も見つからなかった為、やはり魔物の仕業だろうということで片付いたのだ」
「ノイレンタール……北東の国か……」
カインが応じる。
「ああ、しかし、その村の名前までは記憶していない――。ギルドに記録は残っているだろう。その村の鎮圧作戦の為、各国ギルドに傭兵の打診があったからな――。まあ、何も関係ないかもしれんが、ふと思い出したので、な」
「いや、何かの参考になるかもしれねぇ。ありがとう、オズワルド。りんご、うまかったぜ?」
そう言うとカインが立ち上がる。
それにつれて、ミネルヴァも立ち上がった。
「これで、何か美味いものでも買ってくれ。俺にはこれぐらいしか返せないからな――」
と、カインが金貨を一枚テーブルの上に置いた。
「――ああ、遠慮なく貰っておくよ。またいつでもおいで、お嬢さん。なんなら、その横の武骨な男など置いておいて一人で来ても構わんからな?」
と、オズワルドはミネルヴァに微笑みかけてやる。
ミネルヴァは、
「あ、はい、ありがとうございます――」
と、少し困惑気味に返事を返してきた。
それを横目に見ているカインの表情がどこか満足気に明るい。
(この子もまた、カインに上手に育てられているようだ――。前の子、たしか、レイラもこんな感じだった)
去ってゆく二人の背中が森の木々に隠れるまでじっと目で追い続けるオズワルドだった。




