第178話 りんご園の老人
ミネルヴァは、カインとともに、街道をカアレに向かって歩いている。
道行はそれほど急ぎではなく、ゆったりとしたものだ。
ジューダスさまは結構急いでおられたように見えたのだが、カインさまは相変わらずのペースで悠々としている。
(もしかして、これを見越してのことだった?)
ジューダスさまの判断のなかに、カインさまの行動の「億劫さ」も計算のうちに在ったのかもしれないと、ミネルヴァは勘繰る。
「――ミネルヴァ、寄り道をするぞ」
隣を歩いていたカインさまが、唐突にミネルヴァへ告げる。
その言葉は「是非」を問うものではなく、「確定」を告げるものだ。
最近理解ってきたことなのだが、カインさまの言葉には、「告知」と「質問」の2種類がある。
「告知」の場合、ミネルヴァは何も考える必要はない。ただ、「はい」と答えるだけで、カインさまについてゆけばいいだけだ。
しかし、「質問」の場合はそうもいかない。
どちらにするか? または、どうするか? これを答えねばならない。
その場合、ミネルヴァは、様々な想定や観測、過去の経験や道理などを全て持ち寄って、ある一定の「解」を導き出すことになるのだが、ミネルヴァが膨大な計算をして出した「解」であっても、カインさまは、「そうか」と答えるだけだ。
そのくせ、いざとなったら、ミネルヴァの「解」を無視して行動されることもある。
(それでも、なんとかなってしまうのは、カインさまの能力なのかもしれない――)
そう帰結しておかないと、ミネルヴァの計算が間違っていたことになってしまう。
つまり、ミネルヴァが想定していた事柄が起きても起きなくても、カインさまはご自身の判断ですべて解決されてしまうのだろう。
(それならどうして、私に「質問」されるのかしら――)
ミネルヴァは最近、そのような疑問を持つようになっていた。
カインさまは相変わらずのペースで、進んでゆく。
さっきの言葉からすぐ後、主街道を離れて、脇道へと入っている二人だが、その脇道は森の木々の間をすり抜けるように続いていた。
この世界には「季節」というものがあり、今は「秋」なのだとカインさまが教えてくださった。
カインさまいわく、「秋」は「実りの秋」と言って、草木が果実をつけ、種子を作る準備をする時期なのだそうだ。
言われてみれば、森の木々に「果実」をつけているものが散見される。
「果実」にはさまざまなものがあり、中には「毒」を含んでいるものもあるらしい。
「お? 見えてきたぞ――。ミネルヴァ、おまえ、「りんご」は食べたことあったか?」
と、カインさまがミネルヴァに向かって告げた。これは、「質問」だ。
「いえ。「りんご」という果実があることは知識として持っています。総じて甘ずっぱく、みずみずしい果実であり……」
「ああ、そうだ。そうか、なら、連れてきて正解だったな。ここの「りんご」が結構うまいんだ――」
ミネルヴァが全部言うより先に、カインさまが言葉を被せてくる。
いつも悠々としているくせに、こちらの言葉を遮ったりするのは、どうしてなのだろうかと不思議に思うことがある。
脇街道を登り詰めたところは森の木々が少し間引かれていて、かわりに赤い「果実」を付けたそれ程背の高くない木々が整然と並んでおり、ほのかに甘い香りが漂ってくる。
その数がどれほどのものか、全てを見渡すことができないため、計算ができない。
ここは、いわゆる「りんご園」というものだろう。
カインさまは歩を緩めることなく一直線にその「りんご園」の母屋に向かってゆく、そうして断るわけでもなく、扉を押し開けると、声を発した。
「オズワルド! りんごを食いに来たぜ? 今日は二人だ――」
そう母屋の奥に向かって叫んだ。
奥で物音がする。誰かがカインさまの声に反応したのだろう。
やがて一人の老人が姿を現した。
体は大きく、カインさまとそれほど変わらない。年齢は――人間だとすればカインさまより30以上は上だろう。
白髪まじりの髪は短髪で斬り揃えられている。
「その大声、相変わらずのようだな、カイン。ほう、その子は、前の子とは違う子だな? ホムンクルスか――」
一目見て私のことをホムンクルスだと見破った?
この老人、何者――?
「ミネルヴァ。大丈夫だ。そんなに警戒しなくていい。オズワルドは魔術師だ。それも相当高位のな。俺の先輩だよ、ギルドのな」
と、カインさま。
「――――」
と、ミネルヴァは言葉が出てこなかった。
「お嬢さん、驚かせてしまってすまないな。お嬢さんのおかげで、ジューダスもまだ健在だとわかった。アドルフィーネはどうしてる?」
と、オズワルド老人。
「そのアドルフィーネのところに向かう途中だ。それと、あんたには悪いが、俺はギルドを辞めたぜ?」
と、カインさま。
「ふむ――。そうか。とうとう動き始めたってことだな。近いのか?」
「いや、まだ先だろう。が、その前に整理しなきゃいけない問題があるからな」
「『勇者候補戴冠儀式』――か」
「ああ。それに――」
「それに?」
「魔属性魔法も――だ」
その言葉を聞いたオズワルド老人が一瞬目を細めたのをミネルヴァは見逃さなかった。




