第174話 ラムの思い出④『カーラのように』
「なあ、ラム。本当に私なんかが英雄になれるのか?」
ある依頼の道中の夜――。
引き締まった体型、それでいて女性としての造形も見事な赤長髪のカーラがラムに向けた表情は、懐疑心より真剣さが勝っていた。
『――『英雄の萌芽』。あなたにはその素質があります。私を信じてください』
ラムは表情を崩さずにそう返した。
「その『英雄の萌芽』って素質なんだけどさぁ。自分では全くそんなものを持ってるような感覚?っていうのか。そういうのを感じないんだよなぁ」
カーラが中空を見つめるように視線を泳がせる。その視線の先にふわりと光の点が舞った。
「お? ラム! ホタルだ! 見ろよ!」
『くされたるくさほたるになる――ですか』
「なんだって?」
『古い言い伝えですよ。腐った草が変化して光を放つ虫になったというものです』
「なんだそれ? 腐った草だって?」
『おかしいですよね。でも、なんだか幻想的で美しいじゃありませんか』
プッと、とカーラが噴き出した。
「全くだ。面白いお伽噺だが、たしかに美しい――。でもなあ、お前が言うとなんだか変な感じだな?」
『なにがです?』
「だって、お前、まんまるでぷよぷよじゃん。まあ、それはそれで『完成度』が高いけどな?」
『私はスライムですからね。生まれた時からこんな形です』
「せめて、色はともかく、形だけでも人型をしてりゃあな」
『できますよ――』
「へっ?」
『人の形ですよね? できますよ? なんなら、色も変えられます』
カーラは目玉が落ちそうなぐらいに目を見開いて、
「で、出来るのか!? や、やって見せてくれ!」
と、ラムに向かって吠えた。
『ええっ? 今、ですか!?』
と、ラムは戸惑いながら応じる。
「ああ! 今すぐに、だ!」
『でも、なんと言うか、あまり見せたくないんですよね――』
「どうして!?」
『そのう、あまり『美しくない』っていうか――。いろいろと頑張ってみるんですが、カーラみたいにはならなくて――』
「私みたい? え? ラムって『女のコ』、だったのか?」
『意識的には人間の女性に近いと思います。けど、厳密には――』
「あ――いや、いい! それ以上は言わなくてもOKだ。恥ずかしがらずに見せてくれよ。同じ『女同士』だろ?」
『――そうですか……。笑わないでくださいよ?』
「ああ、もちろんだ」
ラムは意識を集中して造形を整えていく――。
カーラが自分の方を食い入るように見つめている。やがて、それは一定の形で安定した。
――――――。
ラムが形を変え終えて数秒が経つ。
が、カーラはじっとラムを見据えたまま動かないし、言葉も発しない。
その表情から感情が読み取れないラムは、仕方なく言葉を掛ける。
「あのう、どうですか? うまく出来てます?」
カーラは、まだ口を開かない。
「もう! カーラさん、だから言ったじゃないですか、あなたみたいには――」
と、ラムが言いながらカーラの方に数歩にじり寄ろうと体を動かした時、周囲の草むらから『ホタル』がわぁっと一斉に飛び立った。
――――綺麗だ……。
「ええ、綺麗ですね。こんなにたくさんいたんですね――」
「いや、ホタルもそうだが、それ以上に、ラム、お前のことだよ――。想像以上の美しさだ。まあ、私のようにならないのは仕方がないだろう。その造形ならな――」
「どうして、です?」
「だって、お前その格好――。いや、まあいい。なあラム、お前も歳を重ねるんだろう?」
「ええ、もちろんです。人間と成長曲線は違うでしょうけど、徐々に成長し、そしてやがては老いるでしょう。まあ、そこまで生き延びれる魔物なんてほとんどいませんが――」
「そうか――。ならいつかは私みたいになれるかもしれないな?」
「いつか、ですか――」
「ああ、「いつか」だ。残念なのは、わたしがその「いつか」には死んじまっているだろうってことだけど――。なあ、ラム、これからはその格好でいてくれないか? 私には『義弟』はいるけど、妹はいないからな」
「じゃあ、一つお願いしてもいいですか――」
翌日、依頼を達成したパーティメンバーは、その次の日、現在の拠点である街へと戻ってきた。
カーラとラムは、帰ってすぐに「ある場所」へと急いだ。
それは――。
「これなんかいいんじゃないか?」
『ダメです! そんなの、ほとんど布がないじゃないですか!』
ラムは今、カーラを覆う透明の膜状に体を変化させている。街中を「スライム」がそのままの姿で堂々と歩くことはできない。
そんなことをすれば、あっという間に冒険者たちに袋叩きにされるだろう。
「そうかぁ? 似合うと思うんだけどな――」
『ダメ、です。違うのを選んでください』
ラムは魔法通信を使ってカーラにノーを突き付ける。
「じゃあ、これだ。どうだ?」
そう言って手に取った服は、かわいらしいワンピースだった。
『かわいい、ですね――』
「だろ? じゃあ、決まり、だ――」
その日、のちに悲劇的な運命を歩むことになる冒険者パーティの面々に、『可愛い妹』が増えた。
それからしばらくの間、ラムはとても幸せだった。
その時はまだ、『希望』を持てていたからだ――。




