第173話 英雄の覚醒
トールは『ロングソード型』のラムの剣を繰り出し、受け、いなし、身を躱しては、また剣戟を繰り出す――。
もちろん、トールについても、同様の「ラムのルール」が適用される。
剣の刃は使えない――。
トールは斬りつけることができないまでも、打撃を見舞ってゆく。
ロードの剣戟を一、二撃受けては、一撃返す――。
そんなやり取りが数十秒続いた。
「ほう、トールの奴、強くなったな――」
と、アドルフィーネが感嘆の声を漏らす。
「――ったりまえだろ? 私が師匠なんだからな?」
と、ジュエレーがどうだとばかりに胸を張る。
「でも――、トールさん、それ以上に――」
レイラが言葉を探すように続いた。
「ええ、強いなんてものじゃないですよ? もうすぐ「来る」はずです――」
と、ラムが意味深な発言をする。
トールの反応速度が、これまでに見せたことがないほどまでに上がっている。
「――おい……、ちょっと待て――。トールの奴、あんなに速かったか?」
と、アドルフィーネ。
「――いや。アイツ、一皮剥けやがった……」
と、ジュエレーが言った。
初めのうちは、リザードマン・ロードの攻撃の回数の方が多かった。
が、今は「互角」――。
「いえ! トールさんの方が、上回ってますよ!?」
そう、レイラが指摘する。
「トールさん!! もっとです!!」
と、ラムがさらにペースのアップを促した。
ううぉぉぉぉおおおお!!
と、トールの気合がさらに上がる。
まるで、トールの身体からゆらゆらと闘気の湯気が立ち昇るかのように感じ、アドルフィーネ、ジュエレー、レイラの3人は息を呑んだ。
トールの剣戟と反応速度が加速する――。
「トールの奴、なんであんなに速く動けるんだ――?」
「おいおい、あれがトールの本気だって言うのか?」
「トールさん……、すごい――」
3人はもう、煽ったり、感嘆の声を上げるなどということを忘れ、ただ、トールの鬼気迫る剣捌きに目を奪われている。
「トールさん! いっけぇえ――!!」
ラムがさらに発破をかける。
重い剣撃、目にも止まらない速さ――。
トールが明らかにロードを圧倒している。
ドガァッ――!!
最後の一撃はこれまでで一番重い音が響いた。
そしてロードはその瞬間、地面に頭をめり込ませるように打ち付けられる――。
おおおおお――!!
部屋の空気が痺れる。壁がビシシッと音を立てる。
「くぅ!!」
「うお!!」
「きゃあ!!」
3人が思わず身を屈めるほどの威圧感――。
ラムは平然と佇んでいる。
おおぉぉぉぉおおおらあああ!!
トールのロングソードが頭上に掲げられ、次の瞬間、ロードの後頭部にめがけてその『柄頭』が振り下ろされる――。
あのような極限状態にあってもなお、ラムのルールを遵守しているのだ。
ぐわしゃ…………!
まるで熟れたカボチャが潰されたように、ロードの首から先が嫌な音を立てて破裂した――。
「トールさん! やりましたよ!!」
ラムはその場で飛び上がり、両手を打ち鳴らして称賛する。
が、その声にトールは反応することは無く、そのまま地面に崩れ落ちた――。
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「――ん、んん……、おわっ! レイラ――?」
トールは目覚めると、レイラの顔が至近距離にあることに驚いて、慌てて身を起こそうとする。
が、体中に痛みが走り、腕一本上げるのにも悲鳴を上げそうになる。
「うっ! ぐぅ—―! 体が……、いうことをきかない、だと――?」
「トールさん、大丈夫ですか? 無理に動かない方がいいですよ?」
と、レイラが少々心配そうに声を掛けてくる。
「んん……、あれ? 俺、ロードと戦って――。まさか、気を失ってたのか? ロードは、どうなった――?」
なんとなく、記憶が曖昧だ。
が、最後にロードの後頭部に柄頭を突き立てたところはかろうじて覚えている。
骨を砕いたような生々しい感触がまだ、手のひらに残っているのを感じる。
「トール、『あれ』を覚えてないのか?」
と、アドルフィーネ。
「いわゆる、『オーバーヒート』だろうな……。気を失ってしまうようでは、『あれ』は使えないけどな……」
と、ジュエレー。
「まあまあ――」
と、ラムがそれを受ける。
「初めてのことですし、これから少しずつ加減を学んでいきますよ。まずは『あれ』を引き出せたことが何より大きなことです――」
「『あれ』って、なんのことだよ――?」
「『明鏡域』ってやつだ――。戦闘中に集中力が極限状態にまで高まると、動きが見えるというより動く前に次どう動くかが分かるらしい。そんな感覚のことだ――」
と、アドルフィーネが説明する。
「ん? それを俺がやって見せた、ってのか?」
と、トールは自分がやったことを理解できていない。
「大丈夫ですよ、トールさん。徐々に慣れていきます。『暁の英雄』もそうでしたから」
ラムだけが、楽観的に笑っている。
言われてみれば、戦闘の途中に稲妻ような感覚がトールの身体を突き抜け、その瞬間、時が止まったように静寂が落ちた。
そこからだ。
リザードマン・ロードのすべての攻撃が「見える」ようになった。
そして、攻撃を繰り出せる隙も明らかに増えた。
あれは確かに「不思議な感覚」だった――。
「トールさん、お見事でしたよ! ロードを倒したのは紛れもなくトールさんです!」
と、ラムがトールに向かって微笑んだ。
「そう、か――。倒したのなら、よかった――」
トールはそう返すと、全身から力が抜けたような感覚に襲われて、起こしかけた体をまた地面に横たえた。




