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第170話 カイン帰還、そして旅立ち


「やっと帰ってきたか――。カイン、少し時間がかかりすぎてないかい?」


 ジューダスは、隠れ拠点に入るなり、テーブルに向かって腰掛けていたカインに苦言を呈した。


「ジューダスさま、申し訳ございません。実は、カインさま、あ、マスターが……」

「ああ、ミネルヴァは俺に付き合ってくれてただけだ。何も悪くない。途中にジンザ村があるだろ? あそこの温泉が、いいんだよな。こう、身体が緩むって言うかさ、コリがほぐれるって――」


「もう、わかったよ。それより、返事の方はもらえたのかい?」


 ジューダスはカインの無駄話に付き合ってはいられないとばかりに先を促す。

 カインは肩をすくめてみせ、ミネルヴァに視線を投げた。


 その視線を合図にミネルヴァがポーチから手紙を取り出す。


「こちらです――」


「ああ、ありがとう、ミネルヴァ。ご苦労だったね。カインにヘンなコトはされてないだろうね?」

「ヘンなコトってなんだよ? 俺はミネルヴァにいろいろと社会勉強をだな――」

「お前には聞いてない。――ふむ。なるほど……」


 ジューダスは言葉を交わしながら手紙を開くと、そこに書いてある文章に目を落とす。


「…………。そうか、そういうことか――。何とかなるかもしれないな」

 

 そして、手紙に一通り目を通すと、そう呟く。


「ふん、どうせ聞いてもよく分からん話だろうから聞かないが、無駄足じゃなかったってことだよな?」

と、カイン。

 その横では、主人のふてぶてしさとは対照的に、心配そうな表情のミネルヴァが上目遣いでジューダスを見つめている。


「大丈夫だよ、ミネルヴァ。よくやったね。充分すぎる成果だ。さすがは『賢者』というところだろうな」

と、声を掛けてやる。


「あ、ありがとうございます。ジューダスさま」

と、ミネルヴァの表情が少し明るくなるのがわかった。


 ジューダスはその表情を見て一瞬、ふっと頬をほころばせそうになる。どうやら、ミネルヴァをカインに預けて正解だったようだ。彼女もまた『レイラ』のように、人間らしさを身につけていくことだろう。


「――俺には何もねぇのかよ? ちっ、それで? これからどうする?」


 カインの言葉の意味はすでに理解している。

 ジューダスが『光溢れる学院(レイシュタル)』から離れられない以上、カインにはいろいろと骨を折ってもらわねばなるまい。


「『四禍の芽』だよ、カイン」

「なんだと――?」


「アドルが除籍処分になった。アイツも想定していたことだろう。そのアドルが今、カアレにいるとわかった。おそらくは、『四禍の芽』を摘むつもりだろう」

「カアレ……。混沌の迷宮。アース・ドラゴン『混沌のヴォイド』か――」


「ああ、すぐにというわけではないと思うが、準備が整い次第潜るつもりだろう。トール・レイズの実力が英雄級だとしても、あれは一筋縄ではいかない。なんせ……」

「ああ、わかってる。エリオットがああなった最初の《《きっかけ》》だからな――」


「ああ。アドルもそれはよくわかってるはずだから、充分に実力をつけてから挑むと思うが、レイラの他に付き従っている、ラムディエルとジュエレーという二人、相当の手練れのようだな?」

「ふん、レイラからの報告か。俺もまだその実力を見定めてはないが、相当ヤバい匂いがするやつらだよ。たぶんだが、あれらは人族じゃないだろうな――」


「幻族か――」

「どうだろうな――。それで? カアレに向かえばいいんだな?」


「ああ、よろしく頼むよ。アドルのことはともかく、レイラのことが心配だ。あの子はそもそも戦闘向きでは無いからね」

「なるほど……。ミネルヴァがこういう調整になっている理由はそれか――。わかったよ、任せておけ」


 カインとジューダスの会話を聞いていたミネルヴァが、表情を明るくしている。いや、もしかして、微笑んでいるのか――?


「ミネルヴァ、嬉しそうだね?」

と、ジューダスはミネルヴァに視線を向けて訊ねた。


「え? いえ、そんなことは――」


 一瞬瞳を見開いて驚いたような表情を見せるミネルヴァ。だがすぐに表情から色が失せる。


「いいんだよ、ミネルヴァ。嬉しい時は微笑ほほえめばいい。そう、カインに教わったのだろう? 私はお前の「父」だが、マスターはカインだ。よく仕えるんだよ?」


 そう言って、ミネルヴァの頭に手を乗せて少し撫でてやる。


「わかりました、父上――」

「ふふふ、いい子だ。――カイン、ミネルヴァのこともよろしくたのむよ」


「ああ、わかってる。じゃあ、俺たちはすぐに発つぜ?」

と、カインが立ち上がる。

 それにつれて、ミネルヴァも立ち上がった。


(三日見ざれば――か)


 ミネルヴァが明らかに成熟している。おそらく、もう大丈夫だろう。


「ああ、私はまだ離れられない。『光溢れる学院(レイシュタル)』でやるべきことが山積みだからね」


と、応じる。


「ああ、わかってる。いいな? 無理はするなよ? 俺たちの『目的地』はまだまだ先だ――」


 カインはにやりと笑うと、ミネルヴァを連れて小屋を出て行った。


 二人が去り際に残した「香り」がまだ渦巻いている。

 ジューダスは一人になった小屋を見回し、自嘲気味にふっと笑った。


(この小屋に生活感はないからね。『光溢れる学院(レイシュタル)』の私の部屋も同じか……)


 それでも、ジューダスにはやるべきことがここにある。カインの言うとおり、『私たちの目的地』までは、まだ遠い。


 ジューダスは静かに椅子から立ち上がると、『光溢れる学院(レイシュタル)』へと向かった。

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