第169話 ジューダスの心境
「ジューダスさま! 大変です! アドルフィーネさまが、除籍されました!」
ジューダスのもとに、一人の魔術師が駆け込んできた。
ジューダスとアドルフィーネの関係をよく知る魔術師の男だ。
「コーウェル、それ程慌てることでもない。さすがはロドリゴさまだ。教会や王朝から咎が下る前に処分為された。これで、アドルに追手が差し向けられることは無い」
「ですが――!」
なおも気が休まらぬ様子のコーウェルが、さらに言葉を投げようとするのを、ジューダスは右手を挙げて制すると、
「大丈夫だよ、コーウェル。あいつも分かってやってることなのさ。これはあいつが望んだことなのだよ。おそらくだが、道を決めたというところだろう――。それよりコーウェル、君に頼みたいことがある」
ジューダスはこの話を続けてても仕方がないと思い、話題を変えようと試みる。
「私に、ですか? ジューダスさまのご命令であれば、なんなりと――」
「ありがとう、コーウェル。大したことではないんだが、これを、ロドリゴさまへ届けてくれないか」
そう言って、一つの包みをコーウェルに渡す。
包みの大きさは両手の上に乗る程度のもので、それほど大きくもない。
「なんですか、これ?」
「ん? まあ、贈り物だよ。それと、私の文が入っている」
「そうなんですね。わかりました――」
「ああ、よろしく。心配してくれてありがとう、コーウェル」
それを最後に、コーウェルは部屋を辞して行った。
アドルフィーネはこれで自由の身だ。ロドリゴさまのお取り計らいには感謝せねばなるまい。
(ロドリゴさまにも、いくらかの『お礼』をしなければ、私の気持ちが収まらないからね――)
『贈り物』を気に入ってくれればいいのだが――。
それよりも、そろそろ帰って来てもいい頃なのだが、な。
(カインの奴、あいかわらずのんびりしてやがる――)
パーティの時もそうだった。
いざ戦闘となれば、一番に切り込んでいく猪突猛進型の典型のような男だが、平常時には、いつも最後に腰を上げるようなのんびり屋だった。
ジューダスは嫌いではないが、アドルはいつもカインを蹴り上げていたな――。
そんな様子をいつもあの男は笑ってみていた――。
『勇者候補』エリオット・リズ・フライト。
4人の中では一番特徴のない男だったと言っていいかもしれない。
クラスは、片手剣片手盾のオーソドックスな剣士タイプ。
(思えば、本当に決定的な仕事をこなしていたのが、エリオットだったのだと気づくのにかなりの時間がかかったのだったな――)
エリオットの戦闘に派手さは微塵もない。
ただ、敵を引き付け位置取りを調整する。
そうして、ごく稀に、一撃で敵を粉砕していることもあった。
(すべてはアイツの『盤上の駒』だったのだと気づくまでに私たちは相当の時間を要した。それほどに、完璧な立ち回りだったのだ)
皆それぞれがそれすらも分からない程に自然に動き、実力を発揮していたために、エリオットの真の実力に気付くのが遅くなってしまった。
気付いた時には、エリオットは『勇者候補』に選ばれていたのだった。
(ロドリゴさまは、どのようなお気持であったのだろうか――)
エリオット・リズ・フライトの母、サーシャ・フライトは、ロドリゴ・ディ・カレンテの実娘である。
つまり、エリオットはロドリゴさまの孫というわけだ。
エリオットが壊れてしまってからも、ロドリゴさまの様子に変化はないと言われている。
これは、コーウェルから聞いた話だが、エリオットが『失妄』したと聞かされたロドリゴさまは、ただ一言、「それは、残念であったな」とこぼされたのみで、表情一つ変えられなかったらしい。
ジューダスとアドルが魔術師協会に入ったのはその後の話だから、以前のロドリゴさまの様子をジューダスも知っているわけではない。
が、ジューダスより前からここに身を置いているコーウェルからいろいろと話を聞かされる限り、以前と様子に変わりはないという結論に落ち着いた。
『勇者候補制度には欠陥がある。これをどうにかしなければ、これからもずっと、『勇者』はその身を捧げて人々の為に生贄となり続けるのだ――。ジューダスよ、お前がそれを止めるのだ』
それが師の『遺言』であった。
師の想いを継ぎ、エリオットの無念を背負い、ジューダスはここに身を置いている。
(いろいろと、動きかけている。そんな気がする。トール・レイズの出現、アドルの出奔、カインの活動再開――。なんだかなぁ。私だけが置き去りにされているような気がする……)
私もそろそろ表舞台に上がりたいところだが、それはまだ先のことになるかもしれない。
今は影となり、皆をサポートすることに徹しよう。
(エリオットのように――か)
わかってるよ、エリオット。いつかお前のように私のやっていることに皆が気付いてくれるさ――。
ジューダスはふっと頬をほころばせると、窓から向こうに広がる緑の絨毯に視線を飛ばした。




