第168話 ロドリゴ、アドルフィーネの処分を決す
「ロドリゴ会長。サンザーレ近郊の森で、王朝の衛兵が二人、殺されました。死因は斬殺だということです――」
『光溢れる学院』のロドリゴの執務室に、魔術師の一人が報告に来た。
「うむ。――他殺か。冒険者の仕業ではあるまい。ならず者か、それとも――」
「決まっています。幻族の仕業に違いありません」
「そう――だな。報告ご苦労、下がってよいぞ?」
「はっ! 失礼いたしました! 業務に戻ります!」
報告に来た魔術師はそう告げると、執務室を辞して行った。
幻族――。
魔素に原資を持つとされる種族であり、はじめは人族とおなじものと思われていたのだが、大昔、ある時を境に確実に区別されるようになった。
総じて、温和で友好的なものが多く、人族と共に、あるいは紛れて市中で生活しているものも多い。
が、反面、魔族と総称されるように魔物を支配し人族を目の敵にして、殺したり、犯したり、略奪したりするものも一定数以上いるのも事実だ。
とくに、『魔将』の配下など一部のものは、人族と遭遇するだけで襲う傾向が強い。
しかしながら、人族の中にも蛮行に及ぶものはやはり一定数は存在している。
どうして犯罪に手を染める者が居なくならないのか。
ロドリゴはこれについて一度深く考えたことがあった。
もしかすれば、『魔素』がなんらかの影響を与えているのではと。
そうであれば、『魔素』を原資とする幻族のほうが犯罪者の率が高いはずである。が、この調査は意外な結果を表した。
人族の犯罪者率の方が圧倒的に高いのである。
(むしろ、『魔素』が犯罪者率を抑制している、ともいえる、か)
この結果を公理教会へと持ち込んで、今後の「方針転換」の必要性を訴えた方がいいかとも考えたが、おそらく良策とは言えないだろう。
公理教会はその誕生から一貫して、『魔族排除』を謳っている組織である。これは「教義」であり、「真理」なのだ。
(やはり、これは危険すぎる資料だ。処分しておかなければ――)
ロドリゴはそう決定を下すと、「その結果に関する資料」をすべて、灰に変えてしまった。
それから数十年が経過し、自分が魔術師協会会長へと就任してからも、その事実はロドリゴの心の中に保管されており、一切口外しなかった。
いや、一度だけ、友人と話したことがあった――。
『ロドリゴ。このことは私は聞かなかったことにする。君ももう忘れろ――』
そう、ゼーファス・イシュレードは言った。
(何が忘れろ、だ。自分の方が固執していたではないか――)
その話を聞いたゼーファスは、その後も何かを調べていたようだが、結局なにも行動を起こすことはできなかった。
はじめ、全ては弟子のジューダスに託したのかもしれんと思っていたのだが、ジューダスの行動を見ている限り、そのような様子は見られない。
ゼーファスも結局は「忘れた」のだろうと、ロドリゴはそう自分に言い聞かせている。
(悪いことをするのはいつも幻族、か――)
先程の魔術師の言葉、それが「真理」だ。
公理教会の「教義」はいつも正しいのだ。
(しかし、アドルフィーネめ。結局そのまま出奔する気のようじゃな……。まあ、そもそもそういう気性の子であったから、ここまでよくぞ堪えていたというところでもあろう――)
このまま「出奔」という形のまま放っておけば、公理教会から何らかの咎が課せられる恐れがある。
(まったく、人の気も知らんで、困ったものだ――)
ロドリゴは遂にペンを取った。
これまで、ふらりとまた帰ってくるかもと思い、その決定を下すのを先延ばしにしていたが、これ以上は、むしろ危険だろう。
ロドリゴは一枚の用紙の上をすらすらとペンを滑らせてゆく。
そうしてやがてペンを止めると、呼び鈴を鳴らした。
カチャリと音がして執務室の扉が開く。
「お呼びでしょうか――?」と、警備の魔術師が声を掛けてくる。
「ああ、この書類を公理教会へ届けてくれ――」
そう言いながら、一枚の書類をその魔術師の方へ差し出す。
「これは――、アドルフィーネさまを――? よろしいのですか? 会長」
「致し方あるまい。このまま放っておくわけにもいかぬだろう」
「わかりました。それでは――」
そんな短い会話を交わした後、その魔術師は執務室を出て行った。
『アドルフィーネ・マインツァの除籍報告書』を手にして。




