第28話:プロポーズ前夜
上昇していたエレベーターがゆっくりと止まる。
”チン”という上品な音が響き、扉が静かに開いた。
「いらっしゃいませ。展望台レストラン、アースガルズへようこそ」
「明日予約している者ですが……」
「はい、レナード・シンクレア様ですね。明日のご予約は賜っております。本日は、お席を直接ご覧になりたいとのことですね」
レオンを出迎えたのは、予約客専属のコンシェルジュだった。容姿は若かったが、上質な黒のスーツを身にまとい、控え目なアクセサリーが品格を際立たせている。彼女の落ち着いた瞳と優しい微笑みが、訪れる客に安心感を与えていた。
「中を見ても構いませんか?」
「はい、こちらへどうぞ」
コンシェルジュに案内されて、レオンは客席フロアに足を踏み入れた。眼前には夕日に染まる街並みと世界樹が光り輝き、遠くに広がる空と大自然が広がっていた──
レオンは瞬間、夕日に輝く景色に目を奪われていた。
”ここなら、彼女も喜んでくれる”
「今のお時間でしたら比較的お席も空いておりますので、ご希望のタイプがあればご案内致します」
「ありがとうございます。後でメニューも見せていただけますか、明日は大切な人との会食でして……」
レオンが言いかけると、コンシェルジュはすっと振り向いた。
「差し支えなければ、どのような方との会食かお伺いしてもよろしいでしょうか」
レオンは珍しく少し照れたように頬を赤くした。
「……大切な人に、プロポーズしたくて」
コンシェルジュは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに優しい微笑みを取り戻した。
「えっ!そうなんですね、私共がしっかりサポートさせていただきます。レナード様のような素敵な方からですから、必ずお喜びになりますよ!」
自信家の男性でも、想いが強ければ強いほど、失敗のリスクや拒絶の可能性に敏感になるものだ。
彼女は、レオンの照れるような、瞬間の仕草を見逃さなかった。”不安を隠しきれない”彼の心情を見抜いていたのだ。
レオンは、そっと自身の胸に手を当てた。
彼の上着の内ポケットには婚約指輪があった。セリスが停職となったその日から、心に決めて準備していたものだった。
なぜ、あの人が責任を負わなければならないのか……。人類を、この世界を、この地球を再生し、救済していく崇高な事業だ。世間的な責任感に囚われ、セリス主任をその職責から外すとは、なんと愚かな判断なのだ。
セリス主任も、俺たちも、この世界樹の為に尽くす以外に、何の方法があるというのか。
彼女の心の中を、いったい誰が理解できているというのか。
”あの人の孤独を、負担も重みも、俺が背負う”
──気が付けば、夕日は地平線に沈み込み、眩い光を放っていた。レオンの決意は固まり、彼の心も眼前の夕日の様に輝いていた。
座席もメニューも決まった。
「それでは、サプライズ演出にご希望はございますか?」
プロポーズのサプライズに関して、いくつかの提案があったが、レオンはいずれも首を横に振った。彼は、セリスに想いを伝えることが最大の望みであり、派手な演出は必要ないと考えていた。
「……手紙を渡したいんです。ここからの夜景に合う、静かなBGMをお願いします」
「承知致しました。他にもございましたら、なんでもお申し付けください」
──その時、レオンのLLバンドが赤く点灯し、ウィンドウに”緊急連絡”の表示が浮かんだ。
「あ、ちょっとだけ失礼します」
そう言うと、レオンは急ぎ足でレストランのエントランスへ向かった。
緊急連絡は、重要なシステムや実験における、即時対応が必要な場合に発せられる。
またはプロジェクトの進捗異常や失敗、事故発生などの問題発生時にも行われる。
「くそ!なんでこんな時に……」
レオンは徹底した完璧主義者だった。彼の関わるプロジェクトに、失敗や事故はありえなかった。
今から第3区画に戻っていたら、明日のセリスとの約束に間に合わない……。
彼の体に嫌な汗が滲み出る。
レオンはエントランスの影で通知内容を確認したが、具体的なことは一切記載されておらず、緊急連絡の意図もよくわからず、首をかしげるしかなかった。
『職員は至急、最寄りのラボに出所すること』
この時、全職員に同じ緊急連絡が入っていた──




