第24話:宿す者
私の感覚は、もう人間だけのものではない。
世界樹の息遣いが、私の中に流れている──
セリスの五感はすでに人間の領域を超え、大地に根を張る植物の動きや風の流れ、土の湿り気までも感じ取っていた。今まではその能力を研究に活かし、世界を救う使命感を胸に生きてきた。
しかし、人間とは異なるその感覚が、”人間ではない”という現実になり、孤独となって彼女を苦しめていた。
”私は、何のために生きているのだろう……”
そんな思考が、彼女を深い悲しみの淵へと沈ませていた。
薄暗い部屋に、着信を知らせる通知音が鳴り続けていた。
通知:[レナード・シンクレア]
「……はい」
「あ、セリス主任!急にすみません、少し心配していましたので……。先日の事故では、ご無事で本当によかったです。体調はいかがですか……」
「えぇ、ありがとう。でも、私のせいで大きな騒ぎになってしまったわね……」
「セリス主任のせいではありません!指揮車両を担当する私こそ、もっと早く気付くべきでした」
「ううん。仕方がなかったわ、あなたたちは精一杯やってくれました」
レオンは悔しかった。少しでもセリスを励まそうとしていたのに、逆に自分が励まされているようで、そのもどかしさに胸が締め付けられた。
「研究所員一同、セリス主任の復帰を待ち望んでおりますので、今はゆっくり休まれてください」
「えぇ、そうさせていただきます。ありがとう、レナード」
「……あの、セリス主任!」
「え、なにかしら?」
「俺は、ずっとあなたのことを尊敬しています。これからもあなたの支えになりたい。無理はされなくていいので、必ず戻ってきてください」
「ふふっ、辞めると心配しているのですか。私は必ず戻ります。私の居場所は研究所しかないのですから──」
レオンは本心を伝えきれたわけではなかったが、今はこれでよかった。そう、思い込むようにするしかなかった。
それはセリスも同様だった。寄り添ってくれるレオンの気持ちは嬉しかったが、今それ以上に自分自身の存在に疑問を抱いていた。
自分がもはや純粋な人間ではなく、人間としての自分と、植物としての自分の狭間で揺れ動く心が、深い孤独と疑問を生んでいた。
──ある晴れた日、セリスは居住区の郊外を歩いていた。特に目的はなかったが、ふと外を歩いてみたくなったのだ。
カフェでテイクアウトしたハーブティーを片手に、彼女は公園のベンチに腰掛けていた。外の空気に触れ、明るい日差しの下で読書をするのが好きだった。
日差しが暖かく、セリスは大きく伸びをした。妙に左手が軽い気がしてしまう。研究所勤務時には常に身に着けていたリストバンドがなくて、少し寂しく感じた。
その時、セリスはじっと自分の腕を見つめていると、微かに光っているように見えた。
「え、まさか……」
彼女の予感は当たっていた。彼女の身体はわずかながら、光合成を始めていたのだ。セリスは自身の一部が植物であると強く認識したことで、体に組み込まれた世界樹の遺伝子が活性化され始めていた。
”この世界を監視する使命がある”
そうユグドラシルが言っていた。おそらく、私の両親も使命が与えられた者だったのだろう。
しかし、二人とも事故で亡くなり、私は蘇生されユグドラシルの遺伝子を体に宿すことになった。
では、私の役割はいったい何なのだろうか?
セリスはハーブティーを飲み終え、遠くの空を飛ぶ鳥を見つめていた──
日が暮れ始め、彼女は帰路についていた。
”ユグドラシルは、私に何を伝えたかったのだろう”
それが、彼女の心の中でずっと引っかかっていた。
ここ最近、第3区画研究所内でも成長速度の異常が報告されていたが、その報告結果はいずれも誤差の範囲内であった。
しかし、各地に赴くと巨大な幹が現れ、地割れを引き起こすほどの異常成長を見せていた。明らかに、人間側の観測システムを欺き、ユグドラシルは急速に拡大している。
『──でもボクは、この地球を救う為に、急いで成長しないといけないんだ』
あの時は気にならなかったユグドラシルの言葉が、今鮮明に蘇る……。
”ユグドラシルと、もう一度対話をしなければ”




