第23話:停職処分
私の両親は、人間の遺伝子を組み換え、世界樹の遺伝子を持つ人間を創り出していた。
いったい何のために……。
私は、いったい何者なんだろうか……。
気にはなるけれど、もうどうでもよかった。
ユグドラシルの育成こそが、私のすべてだったのだ。
この大自然を中心とした世界を作り上げ、再び青く輝く星を取り戻す。この地球を生命の豊かな星にするために、人生を捧げる覚悟だったんだ。
植物に話しかけ、触れあい、感じることが何よりも楽しかった。
観測デバイスのセンサーがなくても、私にはこの子たちの状態を直感的に感じ取ることができた。
でも、これは特別なんかじゃない。私が”植物人間”だったからなんだ……。
第1区画中央本部棟──
ここでは、緊急のオンライン会議が開かれていた。第3区画の地震発生による調査隊事故について、重大インシデントとして認定されたのだ。
・ユグドラシルの成長基準値の大幅超過の対策を怠った
・危険予測、地震前兆を見逃し職員を死傷させる可能性があった
以上の事から、第3区画本部長は降格。セリスは停職1か月の処分が下された。
第3区画の地震発生に関連する事故は、全区画の研究所に通達され知れ渡ることになった。
セリスは停職処分を受けた帰宅後、紅茶を飲みながら、ただ静かに外の景色を眺めていた。
そのとき、ホログラムがミナからの通話を知らせる。彼女のリストはラボに回収されており、ホログラムはプライベート用モバイル端末からの通知だった。
……セリスは応答しなかった。何も話す気になれず、何を聞かれても答えられる気がしなかった。
しかし、その通知は続いていた。
何度も、何度も……。
「もう……ミナ姉ったら。……はい。ミナ姉、どうしたの?」
「どうしたの、じゃねぇよー!セリス、あんた体は大丈夫なの?」
「えぇ、大丈夫。どこも怪我してない、心配ないわ」
「そんなことある?地割れに飲み込まれたんでしょ……」
興奮していたミナは、安堵のあまり涙を流していた。
「心配掛けてごめんなさい。運よく無傷で助かったのよ」
セリスはユグドラシルのことを話す気になれなかった。
その瞬間、ミナはセリスの表情に微妙な違和感を見逃さなかった。何かを隠すような、話したくない様子のセリスの内心を感じ取っていた。
「……そっか。セリスは普段の行いが良いからなー。こんな世界にも神様がいて、見守ってくれてたんだろうな」
ミナの瞳からは涙は消え、いつもの笑い声が響いていた。
「ミナ姉ありがとう……。心配かけてごめんね」
「あ!セリスの停職処分って意味わからんから、明日、本部長のとこ乗り込んでくる!」
「……え、やめてよ。ミナ姉も立場悪くなっちゃうよ。今回の件は黙ってて、お願い」
「うーん、納得いかないけど、わかった。セリスは責任とか感じるんじゃないぞ、お前は悪くない。絶対辞めるなよ!」
「うん、わかった。辞めないよ」
この日、第3区画本部長は辞表を提出していた。セリスも同じく辞めるだろうと噂されていることが、ミナには気に食わなかった。
通話後、ミナはやはり納得がいかず苛立ちを募らせていた。
一旦頭を冷やそうと、いつものように熱いシャワーを浴びる。
”なんでセリスに責任を被せるんだ!上の連中、なにか隠したいことでもあるんじゃないのか”
ミナはいつものように、冷えたビールを片手に、ソファにもたれ掛かっていた。
しばらく黙ると、急に思いついたように、リストに通話相手を指示する。
『マスター、そのお相手はまだ勤務中のようです』
「構わないよ、繋いで」
『はい、承知致しました』
「……はい、レナードです。ってミナ主任!くつろぎすぎじゃないですか……」
「いや、気にしないからいいんだよ。それより聞きたいことあるんだけどさ」
「僕が気にするんですけど……。で、聞きたいことって何ですか」
「例の地震事故なんだけど、あんた調査車両の指揮統括だよね」
その瞬間、レオンの表情が変わった。
「……そうですが、詳しいことはお話することはできませんので」
「いや、詳しいこと教えろよ!……セリスに何があったんだよ、地割れに巻き込まれて無傷って、絶対何かあったんだろ」
「え、それを誰に聞いたんですか。そちらにも通達があった通り、想定外の成長による地殻変動です。詳しくは調査中で……」
「誰に聞いたとかはどうでもいいんだよ。あいつ、なんか様子がおかしい気がするんだよ。こんな時こそ、あたしが話を聞いてやらないと……。あんただってそうなんだろ?」
レオンは、急に自分に問いを投げかけられて驚いた様子だった。
「え、それはどういう意味ですか?」
「あんたさ、セリスの事が好きなんだろ。セリスのことどこまでわかってるのよ」
「え、なんでそんなことまで知っているんですか!」
不意に核心を突かれたレオンは、少し顔を赤くして声を荒げた。
「いや、それは見てりゃわかるんだよ」
セリスの名前を出されたレオン動揺を隠せなかった。焦るレオンをよそに、ミナは畳みかけるように話す。
「今あの子に寄り添ってやれるのは私らだけなんだよ。だから、何があったのか教えてよ」
「……実は、地割れに落ちたセリス主任は、巨大な根に守られて助かったんです」
「根?まさか、木の根っこにしがみついて助かったってわけじゃないんでしょ」
「そうではありません。もっと巨大な、ユグドラシルの幹と言えるようなものに、包まれていたんです……」
「ユグドラシルの幹……」
ミナは両肘をテーブルに置き、左こぶしを口元に当て、右手でそれを支えた。
彼女は深い思考の中に入り込み、その視線は鋭く、遠くを見つめているようだった。微動だにせず、まるで時間が止まったかのようだった。
”まさか、あのユグドラシルの妖精が……。セリスを助けたの?”
「ねぇ、セリスは救助されたときに何か言ってなかった?何か不思議なものを見たとか」
「いえ、特に何もなかったようですが。運がよく怪我もなく助かったようで……」
「あんたはそんなんだから、あの子に気持ちが伝わらないんだよ!」
「……ミナ主任に何がわかるのですか、俺はずっとセリス主任のそばにいて支えてきたつもりだ」
「あんたは何もわかっていない。……いや、わかってるくせに距離を置いているんだろ、この意気地なし!」
レオンはこぶしを握りしめ、悔しさと悲しさが入り混じったような感情が溢れ出た。
「……あの方の孤独を俺が支えたい。でも何を求めているのかわからない。今は周囲の目もあって、触れられない自分が情けない……」
「セリスは今、誰よりも支えが必要なんだ。あんたが弱気になってどうするの?あの子を見捨てるつもりなら、あんたもここから出て行きな!」
突然大声でキレたミナに、レオンは面食らってしまい声が出なかった。
レオンは、しばらく呆然としていた。
ミナに一喝されたその瞬間が、頭の中でループするようだった。彼はその場で、通話の切れたホログラムをしばらく見つめ続けていた。




