第4章 回り始める運命 ♢2
ところ変わって自室。不知火の言ったように帰る頃にはすっかりと遅くなっており、すぐに夕食の時間となってしまった。
母ちゃんには友達の見舞い、というか電話で面識はあるので名前を出し、意識が戻ったことを伝えたら大喜びしていた。
他の皆にも一応連絡しておこうかと思ったが、その時はすでに8時を過ぎ。さすがにこれ以上うだうだしてたら、後に入浴を控えてるフブキに申し訳ないので、さっさと済ませてしまうことにした。
風呂場から上がって体を拭き、俺もフブキに教えるために始めたドライヤーで髪を乾かす。自室に戻ってはフブキと入れ替わるようにしながら、俺はようやくベッドの上に寝転んだ。
「............」
フブキも入浴中で、他には誰もいない。こうやって静まり返った中にいると、やはりいろいろと考えてしまう。
頭に思い浮かんでくるのは、ようやくフブキが1人でお風呂に入れるようになるまでの日々———ではなく、不知火から聞いたさまざまな話だ。
彼女が戦ってる理由。そして、その内にある想いと、ジル•ドレさんとの繋がり。今思い返してみても、その凄まじさは拭えない。
俺も一度手痛い挫折は経験しているが、これは自分が引き起こした過ちだ。いきなり理不尽に奪われた彼女とはベクトルが違う。
己の内にある優しさと覚悟が相反し、その自己矛盾にずっと苦しめられる地獄。そんな中でも彼女は前だけを向き続け、目的を果たすために足掻き続けていた。
......ほんと、お前はすごいやつだよ。
最初はただのナルシスト女だと思っていたけれど、本当は俺なんかよりもよっぽど強くて、優しいやつだった。
アイツがあの時俺たちを助けようとしてくれたのって、多分相応の覚悟がいることだったんだよな。自分の誓いをねじ曲げて、その時だけでも仲間として、最後まで戦ってくれた。
それなのに俺は、アイツにちゃんとした礼も言えずにいて、仲間になりたいとか言っておきながら、ずっと勇気が出せずにいる———
「......奏。出た」
そうこうしている内に自室のドアが開かれ、髪から水気をしたたらせたフブキが入ってくる。
その明らかにいろいろと不十分な様子を前に、俺はつい彼女の頭に巻かれていたバスタオルを手に取ってしまう。
「おいおい。何がどうしたんだよ、その髪? ......あー、床もびしょびしょになってる」
フブキが歩ってきた道のりには、ペタペタと水でできた足跡が並んでいた。下ろすとわりとボリューミーな髪だからかあまり水気は取れておらず、この様子では多分ドライヤーもかけてはいない。
......やれやれ。
お風呂もようやく独り立ちできたと思っていたのだが、まだまだ彼女には教えることが多そうだ。
「仕方ない。さっさと戻って、それどうにかすんぞ」
「ん。ごきょーじゅお願いします」
「どこで覚えたんだ、そんな言葉? ......まぁ、いいや。ドライヤーと髪の拭き方を重点的にやっていくからな」
分かっているんだか、いないんだか。
「らじゃー」と、可愛らしく敬礼のポーズを取ってみせるフブキ。
そんな彼女を連れ、なるべくこれ以上床を濡らさないよう気をつけつつ、俺はさっき来たばっかりの脱衣所へとやって来る。
「......想像以上にびしょびしょだな。さては、ろくに拭きもしないで、バスタオルだけ頭に巻いたな」
よほど気持ちがいいのか、されるがままフブキは猫のように目を細める。
......そういえば、前にリビングで母ちゃんがこれと同じようなことをしてるのを見た気がする。
あの時はたまたまなんて思っていたが、もしかして髪だけは母ちゃんにやってもらっていたのか?
だとしたら、今後は控えてもらうよう言っておかなくてはならん。じゃないと、フブキの成長が見込めない。
「......奏」
「ん? どうした、フブキ?」
突然声をかけられ、俺は反射で答える。......しかし、いつになってもフブキが口を開くことはなく、何か言いたげな感じでずっと視線を彷徨わせている。
「......もしかして、昼間のことか?」
静かに俺が問うと、フブキはこくりと頷いた。俺は彼女の髪を丁寧に拭き取りながら、続きを促す。
「お前は、あれを聞いてどう思った? 俺は、その、なんていうか......」
続きを促してやるつもりだったが、俺の言葉はそこで詰まり上手く出てこない。
憐れむのだって違うし、哀しむのも違う。強いて言うのであれば、マリスや【執行者】に対して怒りを抱くってことなのだろうが、それを俺が言うのもなんか違う。
結局のところ、俺もあの時言葉に詰まったフブキと同じで、どうすればいいのかなんていう答えは出ていなかったのである。
だが———
「私......あの時の焔、なんかいや。なんか......もやもやする」
「もやもや?」
なぜかムスッとしたような様子を見せながら、フブキが口にしたのはそんな言葉。
うん......なんか、思ってたのと違う。
あまりにも斜め上からの返答が来てしまい、俺はさっきとはまた違った意味で言葉を詰まらせてしまう。
「......なぁ、フブキ? 一応言うけど、不知火めちゃくちゃ大変な思いしてきたんだぞ? 今までこんなことを思ってやってきたんだぞって、そういった話で———」
「知らない。もやもやする」
珍しいことに、フブキは表情を変えぬまま拒絶の姿勢を見せ続ける。
俺自身はその意図が分からず首をひねっていると、ようやく彼女は言いたいことを言語化してくれる。
「焔も、奏も......ずっと変。言いたいこと、言わない......だから私、ずっともやもやする」
「!」
それは、アホみたいにシンプルなことで、それ故に俺の頭には欠片も出てこなかった言葉。
今までになかった全く別の視点からのそれに、俺の鼓動はだんだんと速さを増していった。
(そっか......だから俺も、アイツもずっと苦しかったのか)
こうしなきゃいけないだとか、それをやったらどう思われるとか考えて、自分の本当にやりたいことを見失う。
余計な虚飾をして、無駄な回り道をしていた———端的に言ってしまえば、考えすぎていただけだったのだ。
大事なのは、相手がどうこうじゃなくて自分がどうしたいか。自分がその相手とどうなりたいかに勇気を出していくことなんだ。
「......こりゃ参ったな。まさか、パートナー兼教え子であるお前に、教わることになるとはな」
恋心を抱きながらも、相手と自分を比べて伝えることのできなかった不知火。仲間になりたいという願いを持ちながらも、彼女の抱えるものに動揺し踏みだせなかった俺。......不謹慎だとは思うが、あまりにも似た者同士で笑えてくる。
フブキの言う通り。あの時互いに思ってることを口に出していれば、こんな回り道はしなかった。
シンプルなことではあるけれど、人間という生き物はそういうことに気づくのが苦手だ。そういったものにちゃんと気づき、見ることができるのもまた、フブキだからこそできることなのだろう。
だからこそ、俺は———
「悪い、フブキ。髪きれいにしてやるつもりだったけど、多分また汚すことになる」
ぽつりと零された決意に、少女はただ静かな首肯を返した。
「............、よし。母ちゃんはいないな?」
フブキの髪を軽く手入れしてやること、数十分。部屋着から制服へと着替えた俺は、フブキを連れて玄関ドアを目指す。
......時刻はもう、夜9時過ぎ。普通に考えれば、学生が外出するような時間は越えている。
ましてや俺1人ならばともかく、明かにまだ幼い感じの女の子の同伴というこの状況。彼女が人間換算でいう未成年に当たるかは不明だが、中学生くらいにしか見えない以上倫理的にもアウトでしかない。
「こんな時間にどこ行くの、奏?」
「ギクっ!」
......見つかってしまいました。しかも、あんだけゆっくりと時間かけて来たのにこんなあっさりと!
いや、落ち着け。母ちゃんはまだ俺が何をしようとしてるのかまでは、分かっていないはず。
どの道、姿が見えなければ向こうだって探すなり電話してくるなりはしてきたことだ。余計な心配かけるよりかは、ここでそれっぽいこと言った方が都合も良い。
「いやぁ、ちょっと学園に忘れ物しちゃったみたいで......俺ったら、うっかりしてたわ」
「それって、急ぎで必要なものなの? ......なら、私からイリーナちゃ———じゃなくて、先生に言っておこうか?」
「あ、そこまではしなくていいよ!! 相手にも迷惑かかるし!!」
......マズい。さすがは母ちゃん、鋭い指摘。一瞬で用意していた言い訳が崩されてしまった。
ここからどう立て直す? いくらあのイリーナ先生とはいえ、俺が今やろうとしてることを知ったら絶対止められる。母ちゃんに連絡されたらその時点で終わりだ。
かと言って、このまま母ちゃんを相手に論争で勝つなんていうのは至難の業だ。言い訳をすればするほどに、ドツボにはまる未来が見える。
「......嘘。本当は不知火ちゃんのためになんかしようとしてるんでしょ?」
「え?」
なんとかこの状況をと思考錯誤していた折、母ちゃんからかけられたのはそんな言葉。
唖然とする俺を置いてけぼりにし、母ちゃんはなおも俺の心中を当てにくる。
「不知火ちゃんが悪いやつに傷つけられて、あなたはずっとそれに憤っていた。でも、不器用なあなたは上手い方法が思い浮かばなくて、不知火ちゃんともすれ違って。フブキちゃんに言われて、やっと自分のやりたいことに気づけた......だいたいそんな感じでしょ?」
もはやこれは、ずっと見ていたんじゃないかというレベルでちょっと怖い。おかげで反論する気も完全に消え失せ、俺は小さくため息をついた。
「......当たってる。けど、なんで分かったんだよ?」
「母親だから。......後、強いて言うなら、奏のその目」
「目?」
こくりと頷き、母ちゃんの瞳が少しだけ柔らかいものへと変わる。
「こうちゃんがその目をする時ってね、だいたい悪いやつに友達を傷つけられた時なの。俺のダチに手ぇ出したクソ野郎はぶん殴る!! って、いつも感情的になっちゃうの」
くすくす笑いながら話す母ちゃんではあるが、正直親父のそれは褒められたようなことではない。相手が誰でどんな理由があろうとも、親父のやってるそれは憂さ晴らしの暴力でしかないからだ。
だから、今から俺のやろうとしていること———【執行者】本部に乗り込んでアージの野郎をぶん殴るっていう行為も、俺は正しいこととは思わない。
これはあくまでも、俺個人の憂さ晴らし。もしかしたら母ちゃんは、内心親父と同じことをしようとしてる俺を止めにきたのかもしれない。
「......母ちゃんは、親父と同じことをしようとしてる俺を止めるのか?」
「いや、全然? むしろ、不知火ちゃんにひどいことするようなやつは、ボコボコにしちゃえ!」
拳をグーの形にし、突き上げるようにして言う。
おい、それで良いのか母親。俺が言うのもなんだが、ここは止めるべき場面じゃないのか。
「奏くらいの歳はね、やんちゃしてなんぼなの。......ただ私が言いたかったのは、必ずここに帰ってくること。どっかのアホこうちゃんみたいに、勝手にいなくならないでってことだけ」
「母ちゃん......」
強いように見えて、この人はとても弱い。親父のせいで波瀾万丈な状況に慣れてしまったというだけであり、本当は極度の寂しがりなのだ。
俺は召繋師になって、親父のことを探し出す。寂しがりのこの人がもう泣かないで済むように、俺がなんとしても連れ帰る。
だからこれは......あくまでもちょっとしたハメ外しあり、やんちゃした後も必ずフブキと共にここへ帰ってくる。
「———大丈夫。俺はあのバカ親父みたいに、いなくなったりしない。必ずアージのクソ野郎をぶん殴って、不知火とも仲直りして帰ってくるよ」
扉の先には夜の闇———それでも、朝の時と変わらない温かな微笑みに見送られながら、俺はフブキと共に家を出たのであった。
次回投稿は、5月3日 日曜日 12:00 です。
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