第4章 回り始める運命 ♢1
「———ま、そんなこんなで彼女と契約を果たした私は、車イス生活になった代わりに、復讐のための力を得たのでしたとさ。めでたし、めでたし」
ぱんぱんと、まるで紙芝居でも締めくくるかのように、不知火が軽い調子で声を響かせる。
話の内容とは裏腹のあまりにもあっさりとした終わりに、未だに現実感は湧いてこない。
「あ、あれ? もし、もーし? ......さすがに無言だと、私も不安になってくるんだけど」
......正直なところ、俺もフブキも素で言葉を失っていた。
内容も濃いし、何が正解なのか未だに思い浮かばない。
よく小説とかで、なんて言っていいか分からないなどという表現を見たりするが、まさしくこういったことを言うのだと思う。
「ふふっ、そんなリアクションをしてくれて私も嬉しいよ。君のことだからてっきり、なんだそんなことか、みたいな感じに白けると思っていたから」
おそらくは皮肉のつもりで言っているのだろうが、あんな壮絶な話を聞かされて、そんなふうに返せる方が正気じゃない。
これまでの間、一体彼女がどれだけの恐怖や孤独と戦ってきたのか———例えその根本にあるのが淡い恋心なのだとしても、彼女が歩んできた道のりは、そこらの甘い恋物語とは訳が違った。
「お前だって分かってんだろ。俺がそういうのに疎いっていうことくらい」
「まぁ、そうだね。じゃなきゃ、あそこまでデリカシーがないわけない」
言って、不知火はいつもと変わらぬわざとらしい仕草で肩をすくめる。
「ふっ......どうだい? これが私が———私とジル•ドレが君たちに隠していたもの。私が戦う理由の、その全てだよ」
「実にくだらないだろう?」と、視線を落とす姿を前に、俺の胸にはまたチクリとした痛みが広がった。
......実は前に、神藤店長から他のメンバーがどうなったのか、少しだけ聞いたことがある。マリスの毒牙にかかった【レジスタンス】のメンバーは当然の如く反逆容疑をかけられ、そのまま全員学園を退学処分となった。
店長の話ではそれぞれ皆別の人生を歩んでいるようで、大河沙耶はデザイナー関係の専門学校、田中 一は仕事しながらバスケ三昧。なんだかんだ2人とも順調に進んでいるようで、特に田中 一に関してはどこかのバスケチームに所属しているらしい。
2年生だった秋雨 有栖はまだ年齢的に高校生。噂によれば実家の余りある財産を使ってどこかの進学校へ編入したようだが、本人のミステリアスさも相まって未だ真相は闇の中だ。
ただ、神藤店長でも足取りが掴めていないのが残りの2人。リーダーであった豪月 明と、今回の件の戦犯で一番の被害者とも言える畠中 傑だ。
あの事件の後、2人は忽然と姿を消し、やっと連絡がついた豪月リーダーも『ちょっと旅をしてくる!』とよく分からないメッセージだけが返ってきただけ。その後もちょこちょこメッセージでやり取りをしているものの、何をしているのか、どこにいるのかというのだけは教えてもらえていない。
もう1人の畠中 傑にいたってはそういったものすらなく、探そうにももはや手がかりとなるようなものは皆無。今どこで何をしているのか、店長からしてもお手上げだった。
神藤店長が言うには、彼らのことは不知火には伝えていない。伝えるのが怖かったからなんて笑ってはいたけれど、多分彼女が自分のことを責めないようにという配慮だったのだと思う。
だけど俺は、どうしても考えてしまう。
もしもこうなる前に、彼女にかつての仲間たちが声をかけていたのならば、彼女の痛みも少しは和らいだのではないのかと。
もしも、彼女の想い人である店長がずっと側にいたのならば、彼女は復讐の道など選ばずに済んだのではないのかと。
このすれ違いの根本にあるのは、優しさだ。不知火も含めて、皆があまりにも優しすぎるせいでこんなことになってしまっている。
「不知火。俺は、そんなふうには......」
「ああ、気を遣わなくていいよ。自分でも自覚はあるからさ」
話を聞く気がないのか、それとも自分自身に強く言い聞かせているのか。俺の出かけた言葉が、彼女の独白によってかき消されていく。
「ほんと、笑っちゃうよね。世界がなんだのと謳っておいて、その根本にあるのは、大好きなあの人との時間を壊されたことに対する復讐心。ジル•ドレと契約したのも、君たちを使ってフブキくんの力を利用しようとしたのも、全部それが理由。
......まぁ結局、最後の最後でアージを倒せば何か変わるかもなんて縋って、自分で全部台無しにしちゃったんだけどね」
段々と弱々しくなっていく彼女にフブキが手を伸ばしかけるも、すぐにその小さな手を下ろす。表情に出ないよう努めているもののチャームポイントであるエルフ耳は垂れ下がっており、気遣ってはやりたいのにどうしていいのか分からないといった様子だ。
まぁ、無理もない。
一見すると俺もフブキもただ巻き込まれただけのように思えるが、彼女においてはそれだけではない。
未だに経緯は不明だがフブキはずっと【執行者】たちに幽閉されており、戦いの中でそれを知った不知火はレイに彼女の奪取を命じた。不知火の思惑は上手くいき、俺というイレギュラーがあったものの結果的にフブキは自由の身となった。
しかし、さっきの独白が事実であるならば、不知火の目的はあくまでもフブキの持つ力。【執行者】があれだけ隠したがってる力ともあれば相当な代物なのだろうと、初めから利用するつもりで接触を試みたのだ。
「............、っ」
フブキがこの関係をどこまで理解してるのかは分からない。だが理由はどうあれ、今この瞬間に2人は利用しようとした側とされた側へと成り果ててしまった。その心中が複雑なものになるのも必然だ。
不知火にとっては、フブキも駒の一つ。それは俺たちやジル•ドレさんに対しても似たような認識で、何かあればすぐさま切り捨てられるようにと、昔のような本当の仲間を作ることを拒み続けてきた。
ならば、不知火にとっては全てが嘘だったのかと言われれば、多分違う。彼女もまた、そう思い続けなければならないことにずっと苦しんでいたのだ。
店長の話や、今までの彼女の姿を見ていれば分かる。彼女はおどけながらも冷徹を演じ、それでいて非情になりきれない優しさも持ち合わせてしまっている。
だからあの時、不知火は俺たちのことを助けてくれた。自分が戦えないような状態になってまで、最後までアージに向かっていった。
さっきはまるで自分のためみたいに言っていたが、あれは間違いなく彼女自身の優しさによるもの。傷つく俺たちのことを見捨てることができず、その渦中にいたアージにも真っ直ぐな怒りをぶつけてくれた。
だったら俺も、そんな彼女の優しさに報いればいい。
あの時助けてくれてありがとう、と。怒ってくれてありがとう、と。彼女の友人として、仲間としてただ感謝の意を伝えればいい。
だというのに———
「............、ジル•ドレさんを見て感じてた既視感って、お前と同じ姿をしていたからだったんだな」
次に俺の口から出たのは、話を逸らそうとしてるのがバレバレな誤魔化しの言葉。
それを本当に伝えてしまっていいのか———有り体に言ってしまえばそうする勇気が出なくて、俺はつい目を背けてしまう。
「ほう。さすがだね、奏。やっぱ君はそのことに気づいていたか」
と、俺の心中を知ってか知らずか、なんだかいつも以上に胡散臭く聞こえる喋り口調で、不知火はビシッと俺の方を指差す。
「お察しのとおり。彼女があの姿になったのは、私の願いと代償の影響———何よりも嫌いな私を燃やしてやりたいという想いと、私の足を取り込んだからというわけだね」
やけにハイテンションで、またもや物騒な内容を言ってくる不知火。
内容が内容だけに俺は半眼すら作れずにいると、まるでそれを面白がるかのように彼女はジル•ドレさんと同じ色の瞳を細める。
「ふふっ、最初の頃なんてほんとにひどかったんだよ? 自我を持つのが初めてだとかで、何をするにもぼーっと無表情で。しかも、あの時のジル•ドレはもっと髪が短かったから、本当に自分そっくりの人形を見ているみたいで気持ち悪かった。
さすがにあれだし、せめて服だけでも明るくと思って『じゃあ、全裸になれば問題ありませんね?』って返された時は、ほんといろんな意味で殺意が湧いたよね」
他にも、ガスコンロの火に『こんなのは炎とは言えません』とケチをつける。『たまには運動をした方がいいですね』と不知火に車イスごとランニングさせる。さらには、『人間というのは、動物の死骸を焼いて食べるものなのですか?』とファミレスの店員にクレームをつける等々、どっかで聞いたことあるセリフも混じえながらジル•ドレさんのやらかしトーク(?)は続いた。
中々かなりのひどさではあるものの、最初の頃のフブキだって似たようなものだ。フブキの場合は性格がおとなしめだったというだけで、そこが違かったらもっといろいろとやらかしていた。むしろ、今の天然お姉さんなジル•ドレさんのことを思えば、これだって容易に想像できるエピソードだと思う。
不知火が契約によって足の歩行機能を失い、ジル•ドレさんが彼女の日常生活の補助を務める。そうなった張本人がそれをやるってのも皮肉な話ではあるが、必然的に一緒にいる時間も増えたはずだ。
不知火の境遇を思えば、最初の頃はそれも苦痛でしかなかったのだろう。
だけど、ジル•ドレさんのことを話す彼女を———いや、今までの2人の様子を見ていれば、もうそれだけの関係でないのは分かる。
今の彼女にとって、ジル•ドレさんはもう復讐のための道具なんかじゃない。
きっかけそのものが歪であったとしても、2人はもう唯一無二の家族なのだ。
「......でもいつしか、そんな彼女もただの写しではなく、1人の女の子になっていた。見た目も違くなって、しかも私よりも綺麗な笑顔ときたもんだ。いやはや、それだけでも参ってしまうというのに、まさか彼女が君に恋———」
と、突然そこで言葉を止めた不知火は、キザったらしい表情を崩し、慌てたような、それこそ普通の少女がするかのような表情で顔を上げる。
「......違う。最後のは違う! これは、その............、そう! これは彼女のプライベートに関わること、だから!!」
「お、おう。分かったよ......」
......なんだかよく分からんが、相当聞かれちゃマズい内容だったらしい。ベッドから落ちるんじゃないかという勢いで、まくし立てられてしまった。
その数秒後。ハッと我に返った不知火は大きく目を見開かせ、口元を隠すようにしながら視線だけをこちらに向けてくる。
「......とにかく、これで君との約束は果たした。これ以上話すこともない。君もそろそろ自分の家に帰るんだ———というか、早く帰れ! このノンデリカシー男!!」
なんだかいろいろと腑に落ちない......しかも、明らかに口調が取り繕えていないような気もするのだが、ツッコんだらめんどくさくなりそうだったので俺はスルーすることを選んだ。
次回投稿は、4月26日 日曜日 12:00 です。
よろしくお願いします。




