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異世界少女と家族生活 〜たまたま契約したので、世界救ってみていいですか?〜  作者: わたぁめ
〜過去縛りし秩序から、解放してもいいですか?〜
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第3章 過去に燃ゆる炎 ♢Side:不知火 焔5


 先輩(せんぱい)や他の仲間(なかま)たちとの、(かがや)かしくも、少しだけ甘酢(あまず)っぱい日々(ひび)(つづ)く。


 あの時からさらに人数(にんずう)()え、部屋(へや)もそれに(ともな)って(さわ)がしくなった。

 共に(おこ)ったり、共に笑い合ったり———戦いの()てに胸を(いた)めることもあったりと、私の過ごしてきた青春(せいしゅん)は、(けっ)して綺麗(きれい)なことばかりではない。



 私の(あゆ)むこの道には、(かなら)ずや誰かの(かな)しみが()(まと)う。【執行者(しっこうしゃ)】の悪意(あくい)によって、この学園から去っていった人たちもたくさん見てきた。


 それでも私にとって、この日々(ひび)が他の何よりも(いと)おしい。こんなことを言ってはアレかもしれないが、監獄(かんごく)のようなあの家にいる(ころ)よりも、(はる)かに充実(じゅうじつ)している。



 きっとこれが、(しん)の意味で生きるということ。自分が自分として、生きていくということなのだろう。


 

 あの時の私にとって———(いな)、今の私にとっても、あの日々(ひび)は本当にかけがえのない(たから)(もの)


 だが、そんな私を嘲笑(あざわら)うかのように、(すべ)ての終わりはあまりにも突然(とつぜん)(おとず)れた。




 「〈3王〉フィア直属(ちょくぞく)特務(とくむ)情報(じょうほう)執行官(しっこうかん)。マリス———ただ今参上(さんじょう)......なンちゃッて!」



 【執行者(しっこうしゃ)特務(とくむ)情報(じょうほう)執行官(しっこうかん)———マリス。


 【レジスタンス】のメンバーならば誰しもが耳にしたであろう名であり、(のち)の私にとっても未来(みらい)永劫(えいごう)(わす)れることはないであろう名前(なまえ)


 かの人物(じんぶつ)によって【レジスタンス】は過去(かこ)二度(にど)壊滅(かいめつ)(むか)えており、今この時三度(さんど)()となる壊滅(かいめつ)(むか)えようとしていた。



 その方法(ほうほう)というのが、【レジスタンス】内部(ないぶ)人間(にんげん)(そそのか)し、内側(うちがわ)から破壊(はかい)していくというもの。人の感情(かんじょう)心理(しんり)といったものをとことんまで利用(りよう)し、それを周囲(しゅうい)にも連鎖(れんさ)させることによって(そう)じて破滅(はめつ)へと(みちび)いていく。


 今回(こんかい)その(にえ)として(えら)ばれてしまったのが、人知れず(なや)みを(かか)えていた畠中(はたなか)先輩(せんぱい)神藤(しんどう)先輩(せんぱい)とも(とく)に距離が(ちか)く、それ(ゆえ)(なや)みを(かか)えていた彼は、あろうことかあのマリスともあろう人物(じんぶつ)(すく)いを(もと)めてしまった。



 人の感情(かんじょう)というのは繊細(せんさい)だ。誰しもが完全(かんぜん)なように()()うものの、(かなら)ずやどこかしらに(ほころ)びを(かか)えている。



 今回(こんかい)畠中(はたなか)先輩(せんぱい)(けん)だってそう。私たちに(たい)して、彼はなんてことないように()()っていたにも関わらず、胸の内ではずっと薄暗(うすぐら)嫉妬(しっと)(しん)と戦っていた。


 このマリスという道化(どうけ)はそういったものを誰よりもめざとく見つけ出し、各々(おのおの)にとって一番(いちばん)(すく)いとなるであろう(えさ)(もち)いては、最後(さいご)地獄(じごく)()()とす。



 人の(さが)とでも言うべきそれは、(たと)え頭の中で分かっていても(あらが)うことは(かな)わず、【レジスタンス】の皆や神藤(しんどう)先輩(せんぱい)のような人でさえぐちゃぐちゃにする。


 

 「あぁ、くそ......!! 神藤(しんどう)!! 俺が時間を(かせ)ぐ!! だから......その間に、目ぇ()ましやがれッ!! 

 お前らも、動けるやつは全員(ぜんいん)ここから退避(たいひ)だぁっ!!!!」



 もはや、私たちにできることはない。


 

 マリスの策略(さくりゃく)によって(あた)えられたのは完膚(かんぷ)なきまでな敗北(はいぼく)で、それに気づいた時には(すべ)てが(おそ)すぎた。


 

 そこからの景色(けしき)は本当に地獄(じごく)のようで......正直(しょうじき)、こうやって(かた)るのですら息が()まる。


 そこにあった(あたた)かな光はぐちゃぐちゃに(にご)り、いつもと同じだったはずの(ゆか)悲鳴(ひめい)と共に誰かの(なみだ)によって()らされていく。


 (みな)断末(だんまつ)()(かな)しみや(いか)り、内に(かく)されたおぞましい憎悪(ぞうお)()()て、私や(いま)不動(ふどう)(つらぬ)くリーダーたちの心を(えぐ)る。



 本当に、あの時のことを考えれば考えるほど、()きそうになる。



 それでも私には、これが何かの間違いなんじゃないかって、必死(ひっし)になって虚空(こくう)へと(すが)(つづ)けていた。



 「こっちだ、不知火(しらぬい)!」


 「(いや)だ! リーダー!!! 神藤(しんどう)先輩(せんぱい)ッ!!!!」


 「いいから、いくぞっ!!」



 (なか)強引(ごういん)に手を引かれ......というか、私が(あば)れるせいでそれだけじゃ()りず、私は(なか)強引(ごういん)(かつ)がれるようにしてその場を後にした。



 ———今でもよく(おぼ)えているのは、段々(だんだん)と小さくなっていく2つの背中(せなか)


 (みな)が我先にと()け出していく混沌(こんとん)中心(ちゅうしん)で、ずっと見ていた背中(せなか)意地(いじ)だとでも言わんばかりに(うご)かない。


 あの時の私には、力強くもそれがひどく(はかな)いものに見えてしまい、(とど)かないと分かっていながらも必死(ひっし)に手を()ばしてしまう。



 手を()ばし、()ばして()ばして()ばし(つづ)け、指先(ゆびさき)が自分の意思(いし)とは(べつ)にその先を(もと)める。



 もう一度だけでいいからあそこに行きたい。



 もっと2人の(そば)にいたい。



 この拘束(こうそく)から(のが)れようと無我(むが)夢中(むちゅう)になるも、私を(かつ)ぐ誰かはそれを許してはくれない。


 無理(むり)やりに体をよじるも、(こし)(あた)りの筋肉質(きんにくしつ)(うで)が、何があっても落とさないと言わんばかりに(から)みつく。言葉にせずともその意思(いし)は強く、(さか)さまになった私の視点(してん)からは、ただただ見覚(みおぼ)えのある坊主(ぼうず)(あたま)後頭部(こうとうぶ)だけが(うつ)っていた。



 「よし、まだ誰も来てはいないな」



 乱暴(らんぼう)に足でドアを蹴飛(けと)ばしながら、私を(かつ)ぐ誰かはズカズカとどこかの部屋(へや)の中へと入り()む。


 その人物(じんぶつ)はひらすらに大股(おおまた)のままに(すす)んでいき、やがて(ふる)掃除(そうじ)用具(ようぐ)()れの(とびら)を開く。



 「げほっ! っ、さすがに使ってないから(ほこり)がすごいな。こんな中に女子を入れるのは気が引けるが、この(さい)我慢(がまん)してもらう他あるまい」



 そんなことを言いつつ、坊主(ぼうず)(あたま)のその人物(じんぶつ)は少しでも中の(ほこり)()(のぞ)かんと、ひらすらに(みずか)らの(うで)(うご)かし(つづ)ける。



 普通(ふつう)に考えて、今さらそんなことをやったところで何も変わりはしない。そんなことをしている(ひま)があるのならば、雑巾(ぞうきん)か何かを持ってきて()(はら)っていった方がまだ効率的(こうりつてき)だ。



 だけど私にとっては、そんな()器用(きよう)すぎる姿が何よりも安心感(あんしんかん)()られて、坊主(ぼうず)(あたま)人物(じんぶつ)———(いな)(はじめ)先輩(せんぱい)と目が合う(ころ)にはもう、私はすっかりと落ち着きを取り(もど)していた。



 「......いいか。何があっても絶対(ぜったい)にここから出てはダメだ。(いき)をひそめて、ひらすらじっとしてろ」


 「でも、(はじめ)先輩(せんぱい)は......」



 私の目の前にあるこのロッカーは、よく掃除(そうじ)用具(ようぐ)などを入れる細長(ほそなが)いタイプ。どう考えても、2人の人間(にんげん)(はい)るようなスペースなんてない。


 だが、(はじめ)先輩(せんぱい)はそれを知ってか知らずか———(いな)、知っていながらも、いつもと変わらないぶっきらぼうな口調(くちょう)で言う。



 「(あん)ずるな。【レジスタンス】とか以前に、俺はお前らの先輩(せんぱい)なんだ。さっきはまんまとやられちまったが、今度(こんど)はちゃんと(まも)ってみせるさ」



 それは、私が【レジスタンス】に入って以来(はじ)めて見る彼の表情(ひょうじょう)で、二度と見ることの(かな)わないぎこちのない笑顔であった。



 それからは———(いや)(しず)かな時間だけが(つづ)いた。



 周囲(しゅうい)喧騒(けんそう)からは隔離(かくり)され、暗闇(くらやみ)()まった視界(しかい)端々(はしはし)には、小さく()れ出てきた(ひかり)のみが(うつ)る。



 一体、どれくらいの時間が経ったのか。


 まだほんの少ししか経っていないような、それこそ永遠(えいえん)(ちか)い時間を過ごしていたかのような......あいまいで、自分でもよく分からない。


 こんなわけの分からない感覚(かんかく)の中でパニックにならないのは、ここが安寧(あんねい)暗闇(くらやみ)(ゆえ)なのか———私はただ、ひたらすらに時間が過ぎるのを待った。



 「! 先輩(せんぱい)———」



 一瞬、(はじめ)先輩(せんぱい)(もど)ってきたのかとも思ったが、違う。



 ロッカーの隙間(すきま)から見えるのは黒いローブ姿の(かげ)———ちらりと見える両腕(りょううで)腕章(わんしょう)が、まさしく道化(どうけ)(ごと)(わら)っている。



 「ふむ......中々(なかなか)に良イお部屋(へや)だ。(たし)かニここならバ(かく)れルにハもってこイだナ」



 ぐるりと、まるで爬虫類(はちゅうるい)のような仕草(しぐさ)部屋(へや)見回(みまわ)し、悪意(あくい)(いだ)きし道化(どうけ)......もとい、マリスが感嘆(かんたん)するかのような声を()らす。


 何がそんなに気に入ったのやら、1人でぶつぶつと満足(まんぞく)げに(うなず)き、やがてその口元(くちもと)におぞましい不気味(ぶきみ)()(えが)いた。



 「さーて、まだ駆除(くじょ)でキてイナいネズミがいルかもしレなイ。徹底的(てっていてき)にこノ場を(あら)い出セ」



 そんな、マリスらしからぬ淡白(たんぱく)号令(ごうれい)合図(あいず)に、身をひそめる私をあぶり出すための()りが(はじ)まった。

 

 マリス(ひき)いる〈人形(にんぎょう)〉の部隊(ぶたい)がそこら中の荷物(にもつ)をどかしていき、文字(もじ)(どお)徹底的(てっていてき)に私を(さが)して回る。その人数(にんずう)(おお)さから出口(でぐち)完全(かんぜん)(ふさ)がれており、これでは見つかるのも時間の問題(もんだい)と言えた。



 ......だいたい、なんで奴はこの部屋(へや)のことを知っている? 


 (はじめ)先輩(せんぱい)はけっこうな距離を走っていたはずだし、こんな短時間(たんじかん)で———しかも、私がいるここをピンポイントで見つけ出すなんてこと、普通(ふつう)に考えたら()可能(かのう)(ちか)い。



 (かり)に、それらをなんらかの手段(しゅだん)でクリアしたにしたって、奴にはリーダーたちという足止(あしど)めがあったはず.......それこそ、ここに来るためには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 「あ......ぁ......」



 無理(むり)だ......勝てるわけがない。



 召繋師(リンカー)としての実力(じつりょく)だけじゃない。作戦(さくせん)遂行力(すいこうりょく)やその他諸々(もろもろ)のことが(すべ)て、あまりにも(かく)が違いすぎる。


 事前(じぜん)に話は聞いていた。だけど目の前にいるこれは、それとは(まった)(べつ)次元(じげん)()(もの)だ。



 こんなのが相手とか、もはや先輩(せんぱい)たちがいたとしたって勝ち目は(うす)い。ましてや私1人では、勝てるどころか逃げることだって———



 「今......そっチの方デ音ガしなかっタか?」


 

 ......正直(しょうじき)なことを言おう。


 この時の私も、今の私にも、この瞬間自分の身に何が起こったのかは分かっていない。



 身じろぎしたことによって体のどこかが当たったのかもしれないし、さっきまでの思考(しこう)が思わず口に()れ出ていたのかもしれない。こうして今()(かえ)ってみても、出てくるのはそうだったのかもという憶測(おくそく)ばかり。



 ただ、その時の私にも唯一(ゆいいつ)分かったことと言えば、マリスの意識(いしき)と視線といったものが私の(かく)れていたロッカーに()()ぐと向けられていたということだった。



 (マズい......マズい、マズい、マズい、マズい、マズい!!!)



 自分の置かれている状況(じょうきょう)が分かった途端(とたん)、さっきまでの落ち着きはまるで(うそ)であったかのように消え去った。



 体の自力(じりつ)神経(しんけい)(みだ)れ、呼吸(こきゅう)のリズムが(くる)う。吐息(といき)()らしてはダメ、もっと冷静(れいせい)にならなければと思うほどに、私は段々(だんだん)と私ではなくなっていった。



 あぁ、そうか......これこそがきっと、恐怖(きょうふ)という感情(かんじょう)



 先輩(せんぱい)たちが......おそらくはあのお母様(かあさま)も、ずっと、ずっと戦い(つづ)けてきたもの。何かを()そうとする人間(にんげん)の前に(あらわ)れ、その覚悟(かくご)見定(みさだ)めては弱者(じゃくしゃ)愚者(ぐしゃ)といったものを喰い(つぶ)す。


 喰われた(たましい)地獄(じごく)へと(みちび)かれ、永遠(えいえん)(つづ)苦痛(くつう)と共に死ぬことすら許されない修羅(しゅら)の道を()いられる。




 だからこそ、何かを背負(せお)うには覚悟(かくご)がいる。



 でも、そんなものに向き合う強さなど、(から)っぽだった私が持ち合わせているわけがない。



 私はただ、あの時間が(つづ)いてくれればそれでよかった。



 皆のように、身を(ささ)げる覚悟(かくご)なんて持ちたくない。



 が———



 「......と、思っタけド気のせイか。ククッ、普通(ふつう)に考エて、こんナ場所(ばしょ)に人がイるわけよネ」



 一体何を思ったのか、マリスはロッカーに()れるその直前(ちょくぜん)に、くるりと(きびす)(かえ)した。



 奴はそのまま後方へと歩いていくと、手を上げ〈人形(にんぎょう)〉たちの作業(さぎょう)中断(ちゅうだん)させる。



 「はい、は〜イ。今回(こんかい)捜査(そうさ)ハここデ()()リ......これ以上(さが)シたっテ何モ成果(せいか)はナイだロうシ、ザンネンだけド(あきら)メるしかナイね」



 マリスが(かた)をすくめながらそんなことを言うと、さっきまで黙々(もくもく)作業(さぎょう)をしていた〈人形(にんぎょう)〉たちは、あっさりと撤退(てったい)準備(じゅんび)(はじ)めた。()らかした物は綺麗(きれい)(もと)位置(いち)へと(もど)し、まるで何もなかったかのような状態(じょうたい)にした(のち)に、自分たちも消えていく。


 

 本当に———あまりにも意味(いみ)不明(ふめい)すぎる行動(こうどう)。一体何が目的(もくてき)なのか、何度(なんど)考えても私には(まった)理解(りかい)できない。



 第一(だいいち)に、あれだけ異常(いじょう)洞察力(どうさつりょく)を持っていて私に気づかないなんてことはない。下手(へた)をすれば、部屋(へや)に入ってきた時点(じてん)で気づいていたなんて(ふし)もあり()る。



 もし(かり)に、本当にマリスが気づいてなかったとしたって、他にもこれだけの大人数(おおにんずう)がいる。その中で誰1人として気づかない......というか、奴の独断(どくだん)に何も言葉を(はっ)さないというのが、私には不気味(ぶきみ)でならなかった。



 「あーア、これハマズっタなァ......まさか、コのマリス様とモあろう(もの)が、1人ダけ取リ逃ガしてしまうダなんテ。もしモ、ソイツが後からキバを向ケてなンてきたラ、それコそタイヘンなことニなっちゃウねェ......?」



 言葉とは裏腹(うらはら)(ふく)みのあるトーン。〈人形(にんぎょう)〉たちの背中(せなか)を目で追いながらもなお、マリスは道化(どうけ)のようにその場でくるくると回るのみ。



 ......アレを見てる(かぎ)り、やはりマリスにはこの場で私に危害(きがい)(くわ)える気があるようには見えない。(たん)なる気まぐれなのか、それとも時間(じかん)制限(せいげん)(てき)な何かがあるのか、ここから(のぞ)くだけではその(こた)えにもたどり着かない。


 

 そこにあるであろう理由(りゆう)が分からない以上、まだ完全(かんぜん)には油断(ゆだん)できる状況(じょうきょう)ではない。それでも、もしこのままやり過ごすことができたのならば、私の逃げ切れる可能(かのう)(せい)格段(かくだん)に高くなる。



 本当に———こういう時の私の(あく)(うん)はバカみたいに強い。



 どの道、私の足では奴らに見つかったその時点(じてん)で終わりだ。マリスの気が変わろうがそうでなかろうが、私にはここでじっとしてる以外選択(せんたく)()なんてない。



 (......違う)



 なんなんだ、その思考(しこう)は?


 私は本気(ほんき)で、そんな的外(まとはず)れなことを考えていたというのか?


 

 もう一度よく考えろ。



 奴はリーダーと神藤(しんどう)先輩(せんぱい)足止(あしど)めをなんなく突破(とっぱ)し、私の(かく)れているこの場所(ばしょ)へとやって来た。奴は私がここに(かく)れていることを知ってか知らずか部屋(へや)の中を探索(たんさく)し、見つかりそうになった寸前(すんぜん)で引き上げることを(えら)んだ。


 

 ん、そうだ......やっぱりあのまま奴が私を(さが)(つづ)けていたならば、私は間違いなく(つか)まっていた。もしも、奴に時間(じかん)制限(せいげん)(てき)な何かがあったとしたって、あのピンポイントなタイミングで引き下がるなんて絶対(ぜったい)におかしい。


 

 あの時(たし)かに、奴の目の前には勝利(しょうり)があった。ほんの少し()ばせば手が(とど)くような距離で、奴があえてそうしなかった理由(りゆう)は———



 (全部(ぜんぶ)(たわむ)れだった......?)

 


 ここに来た時......いや、そもそも(はじ)まりからが、マリスにとっては(あそ)びだった。


 奴は(はじ)めから勝利(しょうり)なんて(ほっ)していない。気まぐれなのか誰かに命令(めいれい)されてなのかは知らないが、(あく)趣味(しゅみ)(あそ)びの()てに私たちが勝手(かって)に負けただけ。



 だからこそ、マリスにとってここで私が生き(のこ)ろうがどうなろうが関係(かんけい)ない———むしろ、()()()()()()()()()()()と、私だけを唯一(ゆいいつ)生存者(せいぞんしゃ)として仕立(した)て上げたんだ。


 

 「たっタ1人きリ、他に誰ノ(たす)けモない———無力(むりょく)でガタガタ(ふる)えてルしかナカった能無(のうな)シは、()たしてコレからどんな物語(ものがたり)(つむ)イでイくのかなァ!!!???

 ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!」



 その不快(ふかい)(きわ)まりない嘲笑(ちょうしょう)は、私が本当の意味(いみ)(ひと)りになってしまったことへの手向(たむ)け。


 それに気づいた時にはもう、私の(うで)からは力が抜けてしまっていたのだった。




































 「本当に、立ち去っていったのか......」



 あれからさらに(すう)時間(じかん)———隙間(すきま)から()夕日(ゆうひ)(みちび)かれるようにしながら、私はようやくロッカーの外へと出た。



 (いや)(しず)まりかえった室内(しつない)は、(はじめ)先輩(せんぱい)と来た時と何一つとして変わらない。白っぽいベッドシーツも(みだ)れなく()かれており、他のダンボールの(はこ)記憶(きおく)配置(はいち)が変わっていない。



 ......というか、今さらながらここは保健室(ほけんしつ)か何かなのか?



 (かつ)がれていたからというのももちろんあるが、あの時はそんなことすら気にならなかった。



 「............」



 今思うと、こうやって1人きりになるのも(ひさ)しぶりだ。


 ここ最近(さいきん)の私はずっと人の()の中にいて、周囲(しゅうい)を見渡せば(かなら)ずや誰かしらがいた。



 今のこの状況(じょうきょう)だってそう。



 私がこの部屋(へや)のことに気づいていなくとも他の誰かが気づき、この部屋(へや)はなんの用途(ようと)に使われているのだろうと、ちょっとした冒険(ぼうけん)(はじ)まる。



 多分、大河(おおかわ)先輩(せんぱい)畠中(はたなか)先輩(せんぱい)の手を引き、秋雨(あきさめ)先輩(せんぱい)(ふる)い本や備品(びひん)を見ては目を(かがや)かせる。


 (うし)ろからは(はじめ)先輩(せんぱい)がハメを(はず)しすぎないよう呼びかけ、そんな皆の様子(ようす)を私はリーダーと神藤(しんどう)先輩(せんぱい)の隣から見守(みまも)っている。



 「......ぁ」



 あれ、おかしいな......?



 どうして私、()いているんだ?



 私は孤独(こどく)で、ずっと灰色(はいいろ)の世界を生きてきた。



 それが(もと)(もど)っただけで、こんなのは私にとって()れっこだ...... ()れっこのはずなのに、嗚咽(おえつ)は止まらず、(はい)過剰(かじょう)酸素(さんそ)(もと)めたがる。



 「っ、君は......」



 そんな私の声にもならぬ(さけ)びに呼応(こおう)するかのように、何かが突然(とつぜん)目掛(めが)けて飛び出す。



 それは、いつも私を見ると飛びかかってくる珍客(ちんきゃく)———言うまでなく、私と神藤(しんどう)先輩(せんぱい)が見つけた、あの不思議(ふしぎ)火種(ひだね)だ。



 火種(ひだね)は変わらずまるで生きているかのように飛び回り、されどもいつもとは違う加減(かげん)のこもった(いきお)いで私の(ひざ)陣取(じんど)る。



 「なぜ、君がここに......? もしかして、君も奴らに見逃(みのが)されて......」



 いや、そんなわけはない。



 彼......それとも、彼女なのか? 誰が使役(しえき)してるわけでもないこの火種(ひだね)を、マリスがわざわざ始末(しまつ)する必要(ひつよう)なんてない。

 

 そもそも、私たちが見つけるまで誰1人としてこの火種(ひだね)には気づいていないのだ。学園側も認知(にんち)しているわけではなさそうだし、これに関しては本当に気づかれていないだけと考えるべきであろう。



 「君も、(かな)しんでくれるのかい? ......ありがとう。やけどしてもおかしくない(あつ)さなのに、不思議(ふしぎ)と心は(あたた)かい」



 (ひざ)の中で(いま)だパチパチと音を出しながら()える火種(ひだね)だが、不思議(ふしぎ)(あつ)さは感じなかった。


 これが、周囲(しゅうい)()やさないというこの火種(ひだね)特性(とくせい)(ゆえ)なのか、それとも(たん)に自分の感覚(かんかく)(くる)ってしまってるだけなのか。この混濁(こんだく)とした思考(しこう)の中では、(こた)えは見つからなかった。



 「ねぇ......私はどうすればよかったと思う? 

 今の私には力がない。先輩(せんぱい)たちとは違う、ずっと誰かに(まも)られるだけの存在(そんざい)、で......」



 あぁ、そうか......そういうことか。



 口にしていてようやく、この胸の中にある何かの正体(しょうたい)が分かった。



 ———それは、(こい)



 誰しもが持っている衝動(しょうどう)で、私にとっては空想(くうそう)の中でしかなかった概念(がいねん)



 口調を変えたのも、組織(そしき)に入ったのも、(すべ)てはこの(あわ)恋心(こいごころ)のため。(みな)目的(もくてき)便乗(びんじょう)しているフリをして、私は1人......たった1人に()り向いてほしかっただけだった。



 私が(なが)している(なみだ)もマリスに負けたからじゃない。



 あの人との時間を、これからを、(すべ)(うば)われてしまったから。



 もう二度と......これが(かな)うことない(おも)いと知ってしまったから。



 その自覚(じかく)後悔(こうかい)を強くし、言霊(ことだま)となって(しず)かに()れ出る。



 「(くや)しいよ......ちゃんとした(れい)だって言えてないのに、こんなんじゃこの(おも)いを(つた)えることなんてとても......」



 自分の勇気(ゆうき)のなさが(なさ)けない。


 こうなると分かっていたのならば———いや、分かっていなかったとしても、もっと(はや)くに言うべきだった。



 先輩(せんぱい)相応(ふさわ)しくなってから言おうなんて言い訳だ。本当はただ、口にするのが(こわ)かっただけなんだ。



 私はそれを見ないフリして、それでも先輩(せんぱい)(そば)にはいたくて......ずっと、(うそ)仮面(かめん)(かぶ)(つづ)けた。



 そんな私の(みにく)懺悔(ざんげ)を、火種(ひだね)はただ鎮座(ちんざ)しながら聞いていた———()()()()()



 「(あつ)っ......!? なんだ、これ———?」



 突然(とつぜん)に上がる、周囲(しゅうい)()()がすような熱気(ねっき)———けれどもやはり何も()やすことはなく、ただただ(おのれ)のためだけに()える。

 

 天に向かって()(ばしら)になりつつあるそれは、もはや火種(ひだね)などと呼ぶにはおこがましく、私共々(ともども)(すべ)てを炎獄(えんごく)へと(いざな)う。



 (まさか、これがこの火種(ひだね)の? でもなんで———?)



 と、そこまで言ったあたりで、私は昔屋敷(やしき)書斎(しょさい)で読んだ書物(しょもつ)のことを思い出す。



 それは、かつてこの世界で共に共存(きょうぞん)していたとされる、不思議(ふしぎ)隣人(りんじん)たちの記録(きろく)太古(たいこ)人類(じんるい)交差(こうさ)し、今では〈異世界よりの来訪者(らいほうしゃ)〉として(つな)がっている......そんな(もの)たちが(しる)されている、(うそ)か本当かも分からない遺物(いぶつ)複製(ふくせい)



 ———そこに(しる)されていたものこそ、生きた契約の(ともしび)


 (なが)き時の中で()(つづ)け、人の(ねが)いと代償(だいしょう)(かて)として生き(つづ)ける。まさしく、禁忌(きんき)にも(ちか)いとされる、永遠(えいえん)(ほのお)存在(そんざい)であった。



 「......私は、私自身(じしん)(きら)いだよ。こんな嘘ばかりで()(かた)められ、本当の自分はこんなにも臆病(おくびょう)(みにく)い」



 私は右手(みぎて)()ばしては、先端(せんたん)(ほのお)()れた途端(とたん)()()める。


 もう一度()れようと懸命(けんめい)に手を()ばすも、小さく(ふる)える体は言うことを聞いてはくれなかった。



 「っ......これに身を(ゆだ)ねれば......私も先輩(せんぱい)たちと(おな)じ、力を......」



 いや、きっと違う。



 今目の前にあるのはそんな綺麗(きれい)なものではなく、もっとおぞましく———ドス(ぐろ)いものだ。


 この先にまで手を()ばせばきっと、私は(もと)場所(ばしょ)には(もど)れない。本当に書物(しょもつ)の通りであるならば、私のやろうとしてることは悪魔(あくま)の取り引きと同じだ。


 

 ......もしも、先輩(せんぱい)がこの火種(ひだね)のことを知れば、全力(ぜんりょく)で私のことを止めにかかるだろう。


 彼が(えら)ぶのは(ともしび)の契約ではなく、よく分からない火種(ひだね)との不思議(ふしぎ)日常(にちじょう)———だけど、もうあの日々(ひび)(かえ)ってくることはなく、あの(こま)ったような微笑(ほほえ)みも、今の無力(むりょく)な私では取り(もど)せない。



 「だから———全てを()やせ。(みにく)い私も、私を()()悪意(あくい)も、何もかもを(つめ)たく、(はい)すら(のこ)さず......代償(だいしょう)と共に()やし()くせ———」


 

 再び右手(みぎて)()ばし、私は()(さか)火柱(ひばしら)の中へと()()む。



 (うで)(すべ)()き消えてしまうような灼熱(しゃくねつ)(おそ)い、私の意識(いしき)(とお)くなる。


 だけど、消える寸前(すんぜん)何度(なんど)足掻(あが)き、右手(みぎて)の光を(たよ)りに(ともしび)との契約を(むす)ぶ。



 気づけば、()え上がる(ほのお)()(くろ)()まっており、その中心(ちゅうしん)には同じ色のドレスを(まと)っている誰かがいた。



 「綺麗(きれい)だ。なんて美しく......()()()()()



 私と瓜二(うりふた)つの容姿(ようし)をした、漆黒(しっこく)のドレスを(まと)女性(じょせい)



 ()え上がる(ほのお)の中で、銀糸(ぎんし)のような髪を(おど)らせる姿はまるで幻想(げんそう)のようで、それと同時(どうじ)に自分の(みにく)さをそのまま(うつ)し出されているかのようなおぞましさだった。



 「それが、君の本当の姿なのかい?」


 「いえ」



 色素(しきそ)(うす)い髪を()らし、彼女は私とよく()真紅(しんく)(ひとみ)を向けてくる。



 「これは、()()()()()()()()()()()()。あなたが代償(だいしょう)(はら)ってまで()やそうとしたものの姿です」


 「? それってどういう———」



 と、そこまで口にしたところで、私は彼女の言わんとしていることを(さっ)した。



 彼女こそがきっと、契約の(ともしび)そのもの———私の代償(だいしょう)を喰らい、私が消したいもの(わたし)の姿を(うつ)し出したもの。



 私の代償(だいしょう)肉体(にくたい)となり、私の(ねが)いが姿を形作る。


 

 なるほど......だから、こんなにも私に()ていて、()()()()()()()()()のか。



 「......そういえば、まだ名前(なまえ)を聞いていなかったね」


 「名前(なまえ)名前(なまえ)、ですか」



 すると、彼女は少しだけ言葉を()まらせた(のち)、すぐに人形(にんぎょう)のような()表情(ひょうじょう)で言った。



 「そんなものはありません。こうして自我(じが)を持つことさえ、私にとっては(はじ)めてのことですから」



 さも当然(とうぜん)のことだと言わんばかりに、私と同じ姿———今にも(ころ)してやりたくなるような見た目で、彼女は(かな)しいことを口にする。



 ふふっ、ほんと......聞けば聞くほどに、(あく)趣味(しゅみ)だ。



 その人間(にんげん)にとって一番(いちばん)いらないものを(うば)い、一番(いちばん)消してやりたいものの姿を(うつ)す。力を(あた)えられる()わりにそんな姿をした何かと過ごすことを()いられ、その人間(にんげん)が持つ感情(かんじょう)といったものすら(つな)がってしまう。



 本当に———禁忌(きんき)なんて言われるのも納得(なっとく)する。こんなのは、そこらの下手(へた)悪魔(あくま)よりもよっぽど悪辣(あくらつ)だ。




 ......ならば、()()()()()()()



 このどうしようもない(代償)と共に、私の(ごう)()るに相応(ふさわ)しい、君に相応(ふさわ)しい名を。



 「———ジル•ドレ......君の名は、〈獄炎(ごくえん)騎士(きし)〉ジル•ドレだ」




 次回投稿は、4月19日 日曜日 12:00 です。


 よろしくお願いします。

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