第3章 過去に燃ゆる炎 ♢Side:不知火 焔4
私が【レジスタンス】の一員となってから、早くも1週間の時が過ぎた。
その間に何かあったのかと問われれば特に何もなかったのだが、私にとっては全てが初めてのことで、とても新鮮なものに映った。
———まず一に、学校に通いながら秘密組織に属するということ。よくマンガの世界とかで見かける設定と酷似しているが、これは私のような環境にいなかったとしても経験できるものではない。
ちなみに、私が【執行者】という存在を知ったのもこの時。私が正式に【レジスタンス】に入った時に、リーダーから奴らのことを聞かされた。
だからこそ、この時に私が担当していたのは神藤先輩の作戦補佐。サーバントがおらず、身体的な部分でも役には立てないため、私は自分の得意なことで彼らに貢献していたのだ。
———そしてもう一つが、仲間たちとの輝しい日々。俗に言う青春と呼ばれるものも、多分この時が一番経験できていたように思う。
「おう、不知火! 今日も変わらず一番乗りだな!」
この時の私の日課となっていたのが、放課後になったらすぐ【レジスタンス】アジトに赴くということ。当時、アジトとなっていた第二棟旧1年生教室は私の教室からが一番近く、この足でも5分もかからずたどり着くことができた。
部屋の扉を開くとまだ人が集まっておらず、返ってくるのはだいたいリーダーの豪快なお出迎えのみ。だから、他のメンバーが集まるまでは2人きりで雑談したりもするのだが、毎回思ってしまうのは彼がどうやって私よりも早くここに来ているのかという疑問である。
リーダーのクラスは神藤先輩と同じ。配置で言うと、ここからはほぼ真逆の位置に属しているはず。
仮に、ホームルームが終わった直後全力ダッシュしたとしたって、私とすれ違わず先に着くなんてことはほぼほぼあり得ない。
一体、彼はどんなチート能力を使ってここまで来ているのか......そんな実にくだらないことに頭を捻っていると、続々と他のメンバーもやって来るまでが日常のワンセットである。
畠中先輩とは、よく読書の話で盛り上がっている間柄。
ふんわりとした優しげな雰囲気に違わずやはり読書家らしく、けっこう......というか私よりも全然いろんなジャンルのものを読破している。
さらに言うと、読みたい本は借りる派ではなく買う派らしく、自宅はちょっとした図書館となっているらしい。
アルバイトしてるのも、きっとその図書館をさらに豪勢なものにするためなのだろうね。
大河先輩とは、時々町まで買い物に行く仲だ。
女性向けの服を買いにいったり、コスメ?とかいうものを選んだりと、秋雨先輩も連れて(というか、強制連行されて)楽しくやっている。
ちなみに、先輩が言うには私と秋雨先輩は素材がものすごく良いらしく、コーデ次第では楊貴妃やクレオパトラが生まれるらしい。
ま、肝心の私と秋雨先輩に全くその自覚がなかったんだけどね。
田中先輩———じゃなかった、一先輩は時折やって来てはなぜか飲み物をくれる。
いつもバスケの練習で姿を見せないが、やって来ると必ず私に缶コーヒーを渡してきて、『お前も大人の味を覚えろ』とよく分からない格言とともにブラックの良さを勧めてくる。
おかげさまで、この歳でブラックを飲めるようになったし、飲んだ時は彼の言うような大人の気分に浸ってみる。
口調やその他もなんだか不器用な兄みたいで、そのことを伝えたあたりから、なぜか私に名前で呼ぶように言ってきたんだっけ。
秋雨先輩は......その、うん、彼女にもとても良くしてもらってるよ。
初めて会った日はアンモナイトの化石をもらったし、この前なんて未確認飛行物体の呼び方を教えてもらったし......
あ、一応言っとくけどイジメではないからね!
彼女に悪気はないし、むしろそういう無自覚に残念やっちゃうところが可愛いんだよ!
顔もめちゃくちゃ可愛いし、これぞギャップ萌えっていうやつだよね、うん!
「あ、いたいた。おーい、不知火くーん!」
と、校門を目指し歩いていた道中、聞き覚えのある爽やか王子様ボイスが私の耳朶を打った。
シンデレラとは立場が逆転。魔法の時間より遅れてやってきた王子は、肩で息をしながらもワイシャツの襟を整える。
「いやぁ、ごめん、ごめん。日直の仕事やってたら顔出せなくなっちゃって......今帰りなのかい?」
「はい。他の皆も、さっき解散したばかりで」
「そうだったのか......じゃあ今日は、このまま君と一緒に帰っちゃおうかな。なんて」
そう言って、悪戯っぽく笑う先輩はまるで幼い少年のようで、それと一緒に野生的で危険な背徳感を醸し出す。
そんな先輩の思わせぶりな仕草に少しドキッとしながらも、私はそっと自らの隣に彼の場所を作ってやった。
「それにしても、やってしまったな。これ後から絶対明に怒られるよね」
「ですね。というか、リーダーのことだから今日中にでも家に乗り込んでくるかもしれませんよ?」
「え!? ちょっと、さすがにそれは困るんだけど......」
眉を八の字にして、あたふたとし始める先輩......冗談のつもりで言ったのだが、どうやら本気で慌てているようだ。
ふふっ、可愛い。いちいちこういう反応をしてくれるから、先輩は本当にからかいがいがある。
普通に考えて、その程度のことで家に凸してくるなんてあり得るわけないのに......いや、どうだろう。リーダーだからこそ本当にやりかねない、のか?
「それにしても、不思議なものだね。君と初めて会った時は、まさかこんな関係になると思わなかったよ」
ふと、会話の途切れた無音の折に、先輩が空を見上げながらそんなことを呟いた。
なんてことないやり取りのように思えるが、私にはなんだかその言葉が胸にチクリと刺さってしまい、つい弱音となって漏れ出てしまう。
「......やっぱり、でしゃばりすぎでしたかね」
「いいや。そんなことないよ」
優しく返してくれる先輩だったが、一瞬だけ足に向けられた視線のせいか、私には彼が気を遣って言ってくれているように感じた。
......先輩もそうだけど、本当に皆良い人だ。
私の足も、最初こそ注目を集めてしまったていたのだが、今では皆適度に気を遣われるくらいに落ち着いている。
「私、ずっと考えていたんです。自分はなんのためにこの学園にやって来たのか、この力をなんのために使うべきなのか、って。ずっと......ずっと悩んできました」
何も言わずに聞いてくれるという優しさのせいか、私の胸の内に積もった弱音の吐露は止まらない。
「私には先輩たちと違って、背負うものがありません。半ば強制的に連れてこられただけで、そこには自分の意思なんてありませんでした。
だからこそ......そんな自分を変えたいと思ったからこそ【レジスタンス】に入る決意をしましたが、他の皆を見てると、どうしても自分だけ中途半端のように思ってしまって......」
最後の最後まで、先輩は何も言わない。
だからこそ、彼の優しさが私には伝わってくるが、それと同時に私の抱えるこれが彼にどう伝わったのかも分からない。
......正直な話、私は彼らの追う【執行者】に対して、これといった感情は持ち合わせていない。確かに、聞いてる限りは奴らの悪行は許せるようなものではないが、所詮私にとっては二の次。私にはそれが皆を裏切ってるような気がしてならなく、どうしようもなく不安であった。
「そうだね......君が何を抱えているのかは分からないけど、僕が組織にいるのもそんな大した理由ではないよ」
「え、そうなんですか?」
と、思いっきり素の自分で反応してしまう私を横目に、先輩はなおも優しく微笑みかけてくる。
「憧れっていうのかな。強い力を使って誰かを助けたり、いろんな人に慕われるような、そんな誇らしく思える自分にずっとなりたかった。
そうしたら、たまたまこの学園で【執行者】っていう悪いやつらがいて、それに対抗する正義の味方がいた......僕もアイツらの行いには怒りを覚えたけど、どっちかっていうと、それに抵抗している自分でいたいと思ったのが大きい」
それは———美談も何もない、本当に自分本位とか言えないような話だ。
自分の力に酔い、誰かを助けるのもカッコいい自分でいたいがため。そこには善意なんてものは存在しなく、正義の味方としてはとてもじゃないが褒められたような話ではない。
だけど私には、その純粋な想いが自分の抱くこれと重なって見えて、驚くと同時に、どこか安心のような嬉しさがあった。
「......知りませんでした。てっきり、世界の全てを守ろうとでもしているのかと」
「僕のことなんだと思ってるのさ。君の思うような、そんな大層な人間じゃないよ」
そう言って困ったように笑う先輩の横顔に、私はまた鼓動が早くなっていくのを感じる。
そんな私の様子が彼の目にはどう映ったのかは知る由もなかったが、不思議と私は先輩から目を離せないでいた。
「分かったでしょ。だから僕はずっと、君はすごいなぁって、思っているんだよ。さっき話した通り、自分は何をすべきかなんて、僕なら考えもしないもん。
......まぁでも、だからこそ君の周りには自然と人が集まってくるんだろうね。明や他の【レジスタンス】の皆ともすぐ打ち解けちゃうし、後ろにいるその子も、ね」
「え?」
すると、神藤先輩の視線の先にあった草むらから突然、赤っぽいようなオレンジっぽいような何かが飛び出す。
私も遅れてそちらの方へ体を向けるが、その何かが胸の中に入り込み、私はその場で尻もちをついてしまう。
「また来たんだね、その子。昨日もそんな感じだったよね」
「はい......でもなんだか、日に日に距離が近くなっているような気が......」
渡り廊下の中心。ちょうど外と繋がっている通路のど真ん中で、私は胸の中に飛び込んできたその不思議な隣人へと改めて目を向ける。
それは———ぴょんぴょんと飛び回る、不思議な生きた火種。その火種は、まるでここは自分のものだと言わんばかりの我が物顔で、尻もちをついた私の膝の上に堂々と陣取っている。
「うーん、どうやらよほど君のことが気に入っているようだね。好き好きオーラ全開に見える」
「うぅ......でもどうしてこの子、いつも私を見るなり飛びかかってくるんでしょうか......?」
この火種と初めて会ったのは数日前。先輩と2人で見回りをしているところ、偶然出会ったのが始まりだ。
あの時もちょうど、ここにある草むらから飛び出してきては、いきなり私に向かって体当たり。しかも、それで気が済んだのか、来た草むらの中に帰っていってその日は姿を見せなかった。
———今さら言うことではないかもしれないが、当然ながらこれはこの世界の存在ではない。ぴょんぴょん動き回っていたり、周囲が燃えていないことからも間違いなく、〈異世界よりの来訪者〉の一種であった。
後で調べてもみたのだが、おそらくはまだ確認できていない新種。なぜこんなところにいるのか、そもそもどういった存在なのかも今のところは不明である。
それ以来、私がここを通る度今と同じような体当たりをしては、帰っていくの繰り返しなのだが、なぜか今日に限ってはずっと、私の膝の上に居座り続けていたのだ。
「きっとこの子も、君の優しいところに気づいている。だから、もっと遊んでほしくてこんなことをしてるんじゃないかな」
「ほ、本当にそうでしょうか......?」
正直なところ、私にはこの火種に下に見られているような気がしてならない。
だけど、そんな私の思考もお見通しだと言わんばかりに、先輩はまたもや悪戯っぽく笑ってみせる。
「君はね、もうちょっと自分に自信を持つべきだよ。君は気づいていないのかもしれないけどね、君には素敵なところがたくさんあるんだよ。じゃなきゃ、皆もあそこまで君のことを好きにはならないし、その子だってそんなに懐いたりはしない。
———だからね。君は今の自分を変えたいと言っていたけれど、僕は無理に変わろうとしなくてもいいと思うんだ。君は、今のままで充分に素敵だ。そんな君だからこそ、僕も一緒にいたいと思えるんだから」
その瞬間、私の周囲を流れている時間が、全て止まったような気がした。
今までずっと否定され続け、この世界のどこにも居場所なんてない。私と世界は違うのだと、ずっと思いながら生きてきた。
ようやく見つけたこの場所もやっぱり不安で、心のどこかでは迷いがずっとあった。
本当にここにいてもいいのか?
ここにいても受け入れてくれるのか?
また、あの家と同じようになるのではないか。そんな不安と葛藤が、ずっと私の中に渦巻いていた。
だけど今———ようやく全てを壊してくれた人がいた。
私のそんなくだらない葛藤を、気にすることはないと、受け入れてくれる人がいた。
......あっさりだ。
こうしてみると、本当に一瞬の出来事のように思える。それこそ、今までの苦しみがバカバカしくなってくるくらいには。
ようやく、真の意味で私は解放されたのか。
戸惑いもあるが、どこか嬉しい自分がいて———
あぁ、そうか。そういうことか......
私が【レジスタンス】に入ったのは、ただ自分を変えたかったからだけじゃない。
私、先輩と一緒にいるこの時間がどうしようもなく好きなんだ。
次回投稿は、4月12日 日曜日 12:00 です。
よろしくお願いします。




