第4章 回り始める運命 ♢3
自宅を出発してから、早数分。夜の闇と静けさに包まれながら、俺とフブキは通学路の公園あたりまでやって来ていた。
「よーし、フブキ。気合い入れていくぞー! 気合いで負けてたら、勝てるものも勝てないからな!」
言って、右手を大きく頭上へ突き上げる。近所迷惑にだけは注意しつつ、来るべき決戦に向けて闘志を燃やす。
......実際問題アージはめちゃくちゃ強い。それも、今まで戦ってきた【執行者】の中でも群を抜いての実力。俺たち一般の生徒たちとはそもそもの次元が違う。
アイツがあの時見せた“黒印の呪い”とか言う力。あれは俺たち召繋師を殺すための力であり、使われた時点で終わりだ。不知火やジル•ドレさんが持っているような強力な力でさえも、あれの前では全く対抗手段となり得ない。
唯一の弱点らしい弱点と言えば、発動までにかなりの時間がかかること。“黒印の呪い”が発動するまでの時間はざっと見て12分———あの針が一周し終えるその前に、決着をつけなければならない。
「......奏、なんか変」
「え。まだ俺、そんな感じだった?」
なんだかやけにジトっとした視線を感じるなと思っていたら、その主たるフブキからまたもやダメ出しを喰らう。
......やっぱり、自分でも気づかぬうちにまだ引きずっていたのだろうか?
鈍感な俺とは違い、フブキはちょっとした感情の変化や機微に鋭い。俺の中では決着がついたと思っていても、仕草やその他のところに染みついちゃってるのかもしれない。
「......違う。いつもの奏には戻ってる。でも今のは......なんか気持ち悪い。頭打った?」
「打ってねぇよ! でも、心配してくれてありがとうな!」
違いました。ただ単に、さっきの俺がスベッていただけでした。
はぁ......いくら悪意がないとはいえ、さすがにさっきのはグサっときたぞ。
今まで彼女が嫌の意思表示をすることはあったものの、気持ち悪いなんて具体的に言われたのは初めてだ。
ただ———
「......正直言うとさ。ちょっとだけ、怖いんだよ。時間も時間だし、こういう気持ちになるのも初めてで......いや、それも嘘だな。ちょっとじゃないし、単純に俺は、アージのようなヤバい相手にビビってるだけなんだよ」
人生初となる夜遅くの外出も不安の一つ。でも一番大きいのはやはり、これからとんでもない強敵と戦わなければならないことへの恐怖。
気丈に振る舞うよう努力はしているものの、さっきから俺の手足の震えは止まらない。フブキの目に気持ち悪く映ったのも、きっとそれが原因だろう。
「だらしないの。おまんはそれでも漢か!」
「!」
と———日が沈んだ公園には相応しくない、やたら暑苦しい声が俺のことを叱咤する。
声のした方向、街灯の下に見える3つの影を見やると、その顔ぶれは俺にとってあまりにも馴染みのあるものだった。
右から、おさげ髪が特徴的な、小柄で丸っこい瞳をした少女。左は、こんな夜でも黒っぽい羽織を纏う、美しいホワイトブロンドの髪と鏡面のような瞳を持つ少女。真ん中に、バンダナがトレードマークの、さっきの声の主たるスポーツマン風の少年。
鏡美 雛子、西条 レイ、流門 大介———まさしく、不知火以外のフルメンバーが集結していたのだ。
「お前ら、どうしてここに......」
「ん。愛する旦那様のことならなんでもお見通し。......私たちの愛があれば、このくらいのことは造作もない」
「そ、それなら私も......! ......じゃなくて、実は不知火さんからメールもらったからなの」
「不知火から?」
目を見開く俺に、鏡美が一つ一つを思い出すかのようにして続ける。
「......放課後、彼に私の全てを話した。答えが出れば、きっと今日にでも乗り込むだろう、って......」
「だから私たちはここに集って、ずっと奏が来るのを待っていた。家の場所も私が知ってたから。......ちなみに、雛子が奏のお風呂タイムを覗こうと大暴れして、それ止めるのが一番大変だった」
「それ、レイちゃんの話でしょ! 私と流門君で止めるの大変だったんだからね!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ彼女らの足元には、コンビニ弁当と思われる残骸と、なんだかすごく高性能っぽい望遠鏡。さっきの言葉通りわざわざ俺が来るまで待っててくれたっていうのと、ちょっとした犯罪が行われようとしていた跡が垣間見える。
......言わずもがな、こういう品を常備していそうなのはレイ。普段の行動や鏡美の人柄を考えても、真犯人が彼女なのは間違いなさそうだった。
「それはそうと、1人で行こうなんて水くさいぜよ! なんで、俺らにも声かけてくれなかったんじゃき!」
「いや、だって。これは俺らの問題だし、さすがにお前らを巻き込むわけにはいかないって......」
と、そこで俺の言葉は、重ねられた2人の少女の手によってかき消される。
「それは違う、奏。......私たちだって、リーダーをやられて悔しい気持ちは同じ」
「これは宇野君たちだけの問題じゃないよ。私たちみんなの問題なの」
伝わってくる手の温もり。向けられる真っ直ぐな視線を前に、俺は少しだけ気圧される。
そんな俺たちの様子を少し離れたところから見ていた流門は、呆れたかのように嘆息した。
「......それとも何か? おまんにとって俺たちは、ただの足手まといでしかないってことなのか?」
「む......それは心外。雛子はともかく、私たちは囮以外でも役に立てる」
「私も囮以外で役に立てるでしょ! ......え、立てるよね!?」
言ってて不安になったのか、鏡美が必死の形相でレイをゆする。
ゆらゆらと、されるがままのレイは何も言わない......というか、ニヤケ面でなんか嬉しそう。察するに、内心大好きで仕方ない鏡美にしがみつかれて気持ちよくなってる、ってところか。ほんと、どうしようもない変態だな。
......それにしても、この展開は予想できなかった。てっきり、フブキと2人だけの戦いになると思っていたから、本当に狐につままれたような気分だ。
ここでコイツらを追い返すのは簡単だ。帰ったと見せかけてからまた出発でもいいし、なんなら別日に改めてってのでもいい。【執行者】相手に殴り込みなんていう危険な真似は、本当は俺のようなバカ1人でやるべきことだ。
ここでのコイツらの登場は、おそらく不知火のある思惑が関係している。......コイツらが目の前に現れれば、俺は巻き込むまいと遠ざけたがる。それでもコイツらはしつこく食い下がってくるだろうから、結果的に俺の方が殴り込みを断念せざるを得なくなってしまう。そうやって、俺がバカになるのを止めようとしているのだろう。
だが———
「......奏。私も、みんなと一緒がいい」
「奇遇だな。俺も同じことを考えてた」
———悪いな不知火。俺はお前が思うよりも利口じゃない。お前の行動予測に引っかかるような、ちゃんとした人間じゃないんだ。
自分の中の罪悪感なんて見て見ぬふり。一度バカやるって決めたバカたちは、後先考えずに行動するものなんだ。
「......鏡美、レイ、流門。俺に......力を貸してくれ。俺には、お前たちの力が必要だ」
ほんの少しの緊張と一緒に、頭を下げ右手を差し出す。
それを見たレイが頷き、鏡美が柔らかな笑みを浮かべる。......ただ、そんな中でも1人、流門だけは難しい表情を見せていた。
「......名前」
「名前?」
「そうだ。なんで俺んことも名前で呼んでくれんのじゃき」
え、そこ?
何を言い出すかと思ったら、そのこと?
らしくない顔してたし、なんかもっとこう......別の深いことを言われるもんだと思っていたよ。
「......あん時俺は確かに大介で良いって言ったはずなのに、どうしておまんはこうずっと距離のある呼び方をするんぜよ」
「いや、その......なんか、照れくさくて......自分なりに努力はしてるつもりなんだが......」
「っ! じゃ、じゃあ私も......これからは、雛子でいいよ......なんて......!」
「雛子。今はそれどころじゃないでしょ。めっ」
「ちょ———レイちゃん!」
何やらまたぎゃーぎゃーと騒ぎ出し、鏡美とレイがもみくちゃになる。......が、今回のそれはそんなに長くは続かず、静かになった途端3人の視線が一気に俺に集まった。
「わ、分かった。......んじゃ、大介、も、力を貸してくれ......」
「なんで、最後声が小さくなるんじゃき!! 漢なら、もっと腹から声出さんかい!?」
「っ......今はこれが精一杯だから、勘弁してくれぇぇぇぇ!!!!」
......それは、おそらく俺の人生初となるであろう、夜のご近所さん迷惑であった。
「......で、無事たどり着いたのはいいんだが。改めて見ると、この鉄格子とんでもねぇな」
あれからさらに数十分。自宅を出て約1時間が経過したところで、俺たちはようやく学園の門へとたどり着く。
直通電車もない時間、近くにある駅を乗り降りした果てに現れたこの鉄格子の扉。普段は開いている状態しか見たことがなく、こうして夜の暗さもあると迫力がすごい。長旅の疲労も相まってか、嫌に大きく目に映る。
「......これ、どうやって開けるんだ?」
「ふ、普通に考えたら、あの上の鍵穴に鍵を入れるんだよね......」
鏡美の細い指の先。俺の身長だとギリギリ届かないであろう位置に、この鉄格子を開くための鍵穴が鎮座している。
すると、いつの間に顕現していたのか、水色の髪を揺らすミヅチが数本の鉄の棒を掴み、手前奥へと力を込める。
「......鍵がかかっている。これでは開きそうにない」
「だいたい、なんで夜に行こうと思ったんじゃ。こうなんのは目に見えてたぜよ」
「......っ、夜の方が人目も少ないかと思ったんだよ!」
半分は本当のことだが、半分は嘘。実際のところは、居ても立っても居られなくなったっていう理由の方が正しい。
「......ん。もうめんどうだから、バルムンク呼んで全部粉々にしちゃおうか」
「ちょっとレイちゃん!?」
レイがデバイスを構え、力を込め始める。狼狽する鏡美をよそに、俺は自分の顎に手を当てる。
「......もしそれをやれば、向こうも俺たちの存在に気づくだろう。ここでバルムンクの力を浪費するのも得策じゃないし、それは他に何も方法が見つからなかった時の最終手段ということにしておこう」
俺がそう言うと、レイは力を込めるのをやめ、素直にデバイスを仕舞った。
———レイのサーバントである〈神装綺〉バルムンクの力は強大だ。神話の世界の住人である彼は、風の力を司る騎士。レイの言うように、人間が作る鉄格子なんぞ簡単に破壊できてしまうだろう。
だがそんな強大な存在であるバルムンクも、この世界では長時間戦えないという弱点を抱えている。力が強すぎるが故に燃費が悪い。実体化させるのも含め、力を振るえば振るうほどに主であるレイの負担となり繋がりを維持できなくなる。
だからこそ、レイは普段バルムンクを顕現させず、その加護だけを使うように心がけている。こんなところで力を使うべきでないというのは、彼女にとっても同じことなのだろう。
「ん〜、そんじゃあ、コイツをミヅチの水の刃でスパッてやるっていうのはどうじゃ?」
「それではさっきと大して変わらんだろう。......第一私の水でも、この硬さの物質を切断するのは無理がある」
言ってミヅチが小さな水の刃を飛ばすも、鉄格子に当たった瞬間弾け飛んだ。一応被弾したところ見てみもしたのだが、もはや傷がついているのかすらも分からない。
ミヅチも大海の神などと呼ばれているわけだし、本気を出せばこの鉄格子も破壊することはできる。ただ、彼が本気を出すということはここにバカデカい竜神が現れるわけであって、バルムンク以上に見つかるリスクが高すぎる。
......他にも、鏡美のサウンド•フォックスは、音を出すという特性上力を使えば見つかる。フブキの力はそもそも無機物には効かない。持てるカードはどれも、有効打にはならなそうだった。
「あの、レイちゃん......? 今度は何を始めたの......?」
「しっ。今集中してるから」
何事かと思って目をやると、そこには鍵穴らへんにまとわりつくような構図をした、黒い羽織の後ろ姿。
その不審者はまるで舐め回すかのように内部を覗きつつ、くねくねと怪しく腰をくねらせる。
「ん......大体分かった。これは電子ロック内蔵とかじゃなくて、ただ鍵で開け閉めするだけの単純なタイプ。見たところ、赤外線カメラの連動とかもないから、ピッキングさえやっちゃえば安全に中に入れる」
「うん......すげぇけど、さっきの動きって何か関係するのか?」
相変わらずの謎知識。私、やりきりました感を出してる変態不審者レイに、俺は半眼を作ることしかできなかった。
「ただ、実はそのピッキングが一番の問題。シンプルかつ頑丈な作りだからこそ、難易度も異常なくらい跳ね上がる」
豊かな胸元で腕を組み、白い眉間に浮かび上がるくらいにしわを寄せるレイ。
俺の勝手なイメージでは、こういうのはレイに任せておけば安心って感じだったのだが、彼女の言うように今回のはレベルが違っていたようだ。
「......やっぱ、ぶっ壊すしかないんか?」
「違うだろ、大介。こういう時こそ、私の出番だ」
すると、ミヅチが自分の指を液体状に変化させ、扉の鍵穴の中に入り込ませる。
「......なるほど。ミヅチの水ならば鍵穴に入れるし、内側からピッキングできる」
「おぉ! さすがはミヅチ! 漢ぜよ!」
「ん......ミヅチはすごい。とてもカレーパン」
......俺にはよく分からない賛辞だが、当のミヅチは嬉しそう。作業に集中してるのかこっちこそ向かないものの、ちょっとだけ体が揺れているのが分かる。
———それから、ガチャガチャと金属の擦れ合う音が響くこと、数十秒。ひときわ大きな音が鳴ると共に、ゆっくりと鉄の扉が奥側に開いていく。
「......今さらだけど、引き返すなら今のうちだぞ?」
ここから先に進めば、もう後戻りはできない。皆より少しだけ前に出て、俺は後方を振り返る。
が———
「......ごめん。やっぱ今のなし。最後まで、お前らにも付き合ってもらうからな」
俺は口角を上げ、頼れる共犯者たちと共に夜の学園の門をくぐった。
次回投稿は、5月10日 日曜日 12:00 です。
よろしくお願いします。




