第3章 過去に燃ゆる炎 ♢Side:不知火 焔2
あの運命の出会いから3日が経ったある日、私は自分が未だその余韻に浸り続けていることを思い知る。
放課後のいつもの中庭、日当たりの良い木製のベンチ。今日は教科書や参考書といった類のものは手にしておらず、代わりにこの前やったテストの回答用紙が広げられている。
これこそ、私の勉学における努力の結晶。五つある科目の中の、そのうちの一つが今目の前には鎮座していた。
結果......97点。何回見返しても、97点。こんなのは、この学園に来て初めてのことだ。
自慢ではないのだが、私が今まで受けたテストは全て満点。どんな小さなものでも落とすことなく、学業に関しては入学早々常にトップを独走していた。
......ま、そうは言っても、別に私は学業に完璧を求めているわけではないし、これはあくまでも初めてのことに驚いているというだけ。よくあるどこかの教材CMのように、私がこの結果に危機感を感じる、だなんてことはないだろう。
「ふっ、ふふっ......ふふふっ」
ただ、なんというか......この時の私がそれを気にしなかったのは全く別の理由なわけで、これまた違った意味で危機的とも言えた。
———そう。恥ずかしい話、私は先輩との出会いにずっと浮かれていたのだ。
「神藤 敬一先輩......じゃあ、神藤先輩、になるのかな?」
「僕がどうかしたのかい?」
「ひゃわっ!?」
低くて、とても爽やかな王子様ボイス。
脳内で延々と再生されていたそれを生で耳にし、私はベンチごと視界を一回転させてしまう。
「おっと! ......重ね重ねすまない。驚かせてしまったかな?」
「あ、いや......そんなことはない、です」
なんとかギリギリで先輩が支えてくれたものの、私は未だ現実となった先輩の顔を直視できないでいる。
まず一に、この構図が恥ずかしい。次に、自分の妄想によって起こってしまった不注意を、その妄想相手に救ってもらったという状況。ほんとに、我ながら恥ずかしいったらありゃしない。
......それと、さらに言わせてもらうのであれば、先輩の顔が良すぎる。手を伸ばすという体勢上そんな最強顔面が目の前にあり、乙女の心臓は大暴れして止まらない。
「ケガはないかい? どこか痛むところとかは......」
「だ、大丈夫です! この通り、私は元気ですから!」
私はこんな不埒なことを考えているというのに、神藤先輩はそれでもこんな私を気遣ってくれている......ほんと、我ながらあまりにも情けなすぎる。
初めての異性との交流に浮かれるのは分かる。初めての感情に振り回されるというのも分かる。
だが、これは明らかにやりすぎだ。
学業の方もそうだが、他のことももう少し自重していかないと。
「いやはや、迷惑ばかりかけて申し訳ない。今日は君に一緒に来てもらいたい場所があるんだ」
「来てもらいたい場所、ですか?」
不意に神藤先輩が口にしたその言葉で、私もようやく現実世界へと帰還する———
え、今なんて言った?
私に、一緒に来てもらいたい場所があるって言ったの?
いやいや、まさか......私に限ってそんなことあるはずがない。
注意力散漫になっている今、聞き間違いなんじゃないかとも考えたが、先輩の表情を見る限りそうではなさそう。
だとすると、これ......実は遠回しにデートに誘われている......のかな?
デート......うん、デートっていうとあれだよね?
恋人同士が一緒に出かけて、最後はキっ、キスをして終わるっていう、あの......
え、え、え!? 本気で言ってる!?
私、そんな空想の産物にお誘いされてる!?
いや、もちろん嫌とかではないよ!
だけどこういうのって順序が大事なのだし、もう少しお互いのことを知った上で......
(って、ダメダメ! それじゃさっきの二の舞でしょ!)
またもや妄想爆発。
さっきの誓いはどこへやら、私はまた同じ過ちを犯してしまったようだ。
はぁ......ほんと、ここ最近の私はおかしい。
だいたい、彼とは恋仲どころか会うのすらまだ2回目だ。互いにまだ名前くらいしか知らないような状況なのに、これは明らかな自意識過剰というものだろう。
「君とは一度ゆっくり話したいと思っていたし、この前のお詫びも兼ねてね......あ、もしかして何か予定とかあったかい?」
「あ、はい......大丈夫です! 私に予定なんてものはありませんから!」
......うん。言ってて自分でも悲しくなってくるのだが、私に予定などというものがないのは紛れもない事実。
別段友人と呼べる存在が全くいないというわけではないのだが、この足のせいもあってか私がそういった場に誘われるということはほぼほぼない。
ま、仮に誘われたとしたって、あんな閉じ切った空間で育ってしまった私には、どうすればいいかなんて分からないんだけどね。
「そっか、それはよかった......じゃあ、及ばせながら、今日はこの僕がエスコートさせてもらってもいいかな? マイプリンセス」
そのセリフは、あまりにも様になりすぎてて直視できなかったが、今思うと先輩の頬にも少し赤みが差していたような気がした。
———と、まぁ、そんなわけで。
そこからは先輩にある場所まで連れていかれることになるのだが、いかんせんこれがほとんど覚えていない。
そこからは互いにだんまりで、顔すらまともに見れないままに延々と歩き続け、気づいたら目的の場所に到着していたのだ。
だからこそ、この時ばかりはその場所への道順も覚えられていない。
ただ唯一覚えているのは、エスコートという行動の中では避けられない、先輩の温かな手の感触だけだった。
「さぁ、着いた。ここなら誰にも邪魔されることなくお話できるよ」
無限にも思えるような静寂が、先輩の柔らかな声音によって終わりを迎える。
......確かこれ、今は使われていない準備室、だよね? 最初の案内で、いくつかそういう部屋があるって聞いたのを覚えている。
こういった場所は大抵立ち入り禁止だし、ここも例外なく普通の生徒は入ってはいけない部屋だ。
———本当ならばこのまま引き返すべきだ。
頭の中では分かっていても、ふわふわとした何かがそんな思考に蓋をする。
「って、なんで皆いるの!! 今日は皆予定があるんじゃなかったの!?」
と、まさしく先輩の手がドアノブに触れた瞬間、部屋の中にはやりたい放題という表現の似合うパラダイスが広がっていた。
中にいるのは、ザッと数えて男女4人。それぞれがそれぞれ思うように好きなことに勤しんでいる。
「実は自分、バイトのシフト変更になっちゃって......」
「私彼氏にドタキャンされた! 絶対浮気でしょ、これ!!」
最初にそう答えてくるのは、窓際でぼんやりとしている優しそうな少年と、イスの上でスマホをいじっていたいかにもギャル風といった感じの少女。
言葉から察するに、少年は突然に予定がなくなったことで時間を持て余し、少女は少女でSNSにでも自分の鬱憤を書き連ねていたのだろう。
「俺は、バスケの試合が延期になった」
「知ってますか、副リーダー。宇宙の神秘というのは実は間近にあるもので、人間はそれを未知のものと決めつけては、自分の中で取り入れられずにいるだけで———」
「分かった。その話は後でゆっくり聞かせてほしい......」
その次に話かけてきた2人......坊主頭の背が高い青年となんとも言えない感じの小柄な少女がトドメとなり、先輩はとうとう頭を抱え出してしまう。
「あの、先輩。この人たち、は......?」
「ごめん、少し待って......この頭痛が治まったら説明するから......」
いつもスマートに決めてくる先輩も、この時ばかりは顔が青い。
そう......例えるならば、家で2人きりになれるかと思って連れ込んだら、家族全員勢揃いだったというような状況。
今回の場合、その身内が相手に合わせたくない変人の集まりだったと考えると、そりゃまぁ、先輩だって顔の一つや二つ青くしたくもなるだろう。
「ん? おう、神藤! お前も来てたんだな!!」
と、部屋の最奥にあった机とイス。ちょうど、部屋の出入り口からだと死角となる位置から、さらにもう1人の大柄な青年が顔を覗かせる。
「明。君、今日は補習なんじゃなかったのかい?」
「補習、補習か......そういえば、そうだったかもしれんな!! ガハハハハハ!!!」
「笑い事じゃない! 今すぐ職員室に行って、謝ってこい!!」
この時の先輩はなんというか......まさしく、鬼と呼ぶに相応しい形相だったのをよく覚えている。
ちなみに、その話を本人にすると本気で嫌がるので、けっこう———というか、実は絶対に踏んではいけない地雷だったりする。
「やれやれ、うるさいやつだな。だったらお前も責任取って俺と一緒に———ん?」
と、またもや不穏なことを言いかける青年の視線と、私の視線とが交わる。
すると何を思ったのか突然、青年は猛スピードで私の方に近づいてきて、自分の顔を私の目の前まで近づけてくる。
「あの......なんですか? 顔、近いん、ですけど......」
「............」
私がそう問いただすも、青年は微動だにしない。
その大柄な体格も相まった迫力にしばらくの間気圧されていると、青年は表情をさっきまでの豪快さのある笑顔へと戻す。
「......うん、採用! これからよろしくな、少年!!」
「アホか———!!!!」
その瞬間、またもや鬼の形相となった神藤先輩のドロップキックが、青年の背中に炸裂。
スラリとした長身から繰り出される美しくも強烈な一撃を前に、青年は思いっきり数メートル後方へとふっ飛ばされる。
「痛ってぇ......何すんだよっ、神藤!!!!」
「何すんだじゃない! 君、自分が何を口走ったか分かっているのか!!」
「???」
痛そうに背中をさすりながらも、青年はいまいち神藤先輩の言ったことを理解していない様子。
......まぁ、無理もない。
自分で言うのもなんなのだが、私の顔立ちは中性的で、パッと見性別がどっちなのか分かりづらい。
あれだけの至近距離でもなお間違えるのはこの人が初めてだが、決してあり得ない話ではないだろう。
「......おぉ、そうか。確かによく見ると少女だな! うむ、少女よ! これからは俺たちと共に戦う仲間だ!!」
「だから違うって言ってんでしょ!!」
「ぐぶっ!?」
性別の問題は解決したのだが、もう一つの勘違いはまるで解決しない。
なぜだか知らないが、彼の中で私は仲間ということになっており、どうしても一緒に戦ってもらいたいようだった。
......うん。というか長くない?
私がこの回想やってる間ずっと、2人で取っ組み合ってんだけど。
「あの......さすがに、ちょっとやりすぎなんじゃ......」
「気にしなくていいぞ。いつものことだ」
かなり激しい攻防......もとい、一方的な攻撃が行われている中でも、周りの人たちは誰も気にするような素振りはない。
さっきの坊主頭の先輩もさることながら、優しそうな少年もギャル風の少女も、それぞれが自分の中での呆れを全面に出している。
「うちのリーダーなら大丈夫ですよ。見ての通り体だけは頑丈なので」
「てかさ、てかさ!? 君めっちゃ可愛いね! お名前なんていうの!?」
「あ、えっと、その......」
もはやギャル風少女の中で先輩たちのことなどどうでもいいらしく、ついには珍客たる私にターゲットが切り替わる。
ギャルという存在は文献の中の知識として知ってはいるが、いかんせん実物を見るのは初めてだ。
彼女たちの中には、彼女たち特有の言語があって、なんだっけ......確か、ちょべりばって返せばいいんだっけ?
「......彼女は、不知火 焔くん。僕の連れてきた客人であって、断じて組織の新メンバーではない」
「えぇ、違うの!? ショック!!」
咄嗟に神藤先輩が出してくれた助け船を前に、ギャル風少女はオーバーリアクション気味にその場へと崩れ落ちた。
......本当に、文献で見た通りのわざとらしさ。こんなものが実在するとは。
しかし、そんな光景を横目に見ていた大柄な青年は、まるでさっきまでとは別人かのように視線を鋭いものへと変えた。
「......神藤。組織と関係のない部外者を連れてくるのは、さすがの俺も関心せんぞ」
「彼女はエンヴィと僕たちの戦いに巻き込まれた被害者だ。決して無関係だなんてことはない」
と、さっきのあれが仲の良いケンカだとするならば、今目の前で行なわれているこれは本気の意見のぶつかり合いだ。
普段柔和な雰囲気の先輩は凄まじい氷のような圧を出し、それに相対する青年も不動の鋼のような闘気を発する。
周りの人の表情を見てもただ事ではない。そう思った私はほぼ無意識のうちに、先輩の制服の裾を掴んでいた。
「あの......! 皆さんの言ってる、その組織っていうのは......」
「ん? あぁ、すまない。そういえばまだ言っていなかったね」
すると、神藤先輩は先程までの圧を引っ込め、この先私が一生忘れることはないであろう言葉を口にする。
「僕たちは、【レジスタンス】。この学園の絶対悪たる、【執行者】に反逆する者たちの集い———って感じの組織だ」
次回投稿は、4月5日 日曜日 12:00 です。
2話投稿予定です。




