第3章 過去に燃ゆる炎 ♢Side:不知火 焔
———私がこの力に目覚めたのは、今から5年前のこと。
私が専属執事によるつまらない英才教育を受けていた最中、突如としてペンを握っていた右手が光りだし、その日を境に私のいる世界は激変した。
あまりにも突然の出来事を前に、執事やメイドといった周囲の人々は、取り繕うのも忘れ慌てふためく。
私も驚かなかったのかと問われれば嘘になるが、不思議なことに、私は漠然と自分の身に何が起こったのかを理解していた。
そう。これは、私が世界を守護するために、運命から与えられし力———遥か遠くの世界で自らの命を懸けて戦う者たち、それすなわち召繋師の力に目覚めたのだと理解する。
無論、こうなる前から私も召繋師という存在については認知していた。ただ、認知しているとは言っても所詮はテレビやメディアで耳に入れてる程度だし、ましてや自分がそれになるなどとはこの閉ざされた空間では思いもしない。
ん......? あぁ、そうそう。
言い忘れていたことなのだが、私はこう見えて名家のご令嬢。もっと正確に言えば、貴族の末裔に当たる家の出自に当たるね。
驚いてくれたかい?
まぁ、私のこの気品溢れるオーラのせいで、全然隠せてはいなかっただろうけどね。ふふん。
おっと......段々話が逸れてしまってるね。これではまた、いつものごとく奏に怒られてしまう。
こほん。まぁ、そういうわけで私も突然に召繋師の力に目覚めることになったわけなのだが......それはもうお母様は大喜び。
やれ『ようやくこの時が来た!!』だの、やれ『私の娘なのだから当然よ!!』などと、医者から止められてるにも関わらず、その日はワイン2本も開けていたのを覚えている。
いくら召繋師の力が特別とはいえ、普通に考えればこの反応は過剰。むしろ、危険が伴う世界に足を踏み入れようとしているのだから、親としては複雑な感情を抱いて然りだろう。
しかし、お母様がそういった顔を見せることはなく、決して自ら望んでるわけでもないのに、もはや私が召繋師になることだけを是としている。
......と、察しのいい人たちは、だいたいここまでの話で気づいてしまうことだろう。
そう———こうなった全ての原因は、私のこの足にある。
私とこの足の付き合いは長い。
雨の日も風の日も、極寒の吹雪や夏の嵐の日にも......そうだね、強いて言うのであれば、生まれた時からずっとの付き合いとなる。
原因は生まれつきの筋肉の異常だとかなんとかだったような気もするが、途中から考えるのをやめた。どうせ考えたところで治るわけでもないし、時間と杖さえ使えば日常生活に問題はない。
———しかし残念ながら、そうはいかないのが名家の出自であるということ。
君たちも一度くらいは聞いたことがあるだろう?
こういう家って、異常なくらいいろいろと仕込まれるってさ。
習い事、学業、資産運用......他の貴族たちの前に出ても恥ずかしくないような、礼儀作法や教養。
私の場合、どれだけ内面の教育を施されようとも、この生まれつきに言うことを聞いてくれない足が邪魔をする。どれだけ礼儀や作法を叩き込まれようとも、この足では美しく完璧なお辞儀でさえもすることはできない。
お辞儀は貴族にとって当然の嗜み。カーテシーと呼ばれるこれができないことには、相手は内面など見てくれない。
貴族社会の中において、私の抱えるこれはあまりにも致命的。故にお母様も、表では私を後継者候補だなんて宣っているが、実際のところはこの家における厄介な置き物程度にしか思われていない。
———だが、そんなお邪魔虫でしかなかった私に、超常的な力が宿った。しかも、決して努力だけで手に入るものではなく、まさしく運命に選ばれた者のみが扱えるという代物。
当然、そんな力が扱えるのであれば、足に異常があったところでマイナスにはならない。むしろ、そういった理から外れたような力ならば、私の足もどうにかできる。強情なお母様は、私を見てそんな結論にたどり着く。
ほどなくして、私はいきなり適正試験とやらを受けさせられ、よく分からないうちに学園への入学が決まった。帰ってくるなり部屋にあった私物は全部運び出されており、私はその日のうちにお母様の手配した学園の近くにある寮へと強制移住させられることになった。
そこからは......正直、いろいろありすぎて覚えていない。
乗ってきたリムジンからはほぼ無理やり降ろされ、寮長からの説明も、疲れからかほぼほぼ耳には残らなかった。
入学までも1週間弱くらいしかなく、学園公認の寮だからか護衛や付き人といったものもいない。今までとは全く違う1人きりの生活を前に、残りの日数はほぼほぼ慣れるのに時間を費やしてしまったね。
とまぁ、そんな具合に時は過ぎ、あっという間に入学式当日。この足もあるため、少し早めに寮を出た私は、迷うことなく無事に学園へとたどり着いた。
「......うちの敷地とどっこいどっこい———いや、こっちの方が少し広いかも」
ようやく学園の門を潜ったその時、最初に出た感想は実にくだらないものだった。
一応何回か下見に来てるわけだし、ある程度の予測はできる。ただ、実際に中に入ってみるのとでは景色は違うし、もっと言ってしまえばそういった気分に浸りたかったのだ。
......だがそれとは別に、強烈な疎外感に私は吐き気を催した。
今すぐこの場から立ち去りたい。
ここは異物である私がいて良い場所ではない。
だってそうだろう?
皆は自分の力の正しい使い道を知っていて、そのための努力に勤しんでいる。例え根本にあるのが憧れや自惚れといったものだったとしたって、誰かの役に立とうしてることには変わりない。
それに比べて私はどうだ?
力を自分の体のためだけに使おうとして、あまつさえ守ろうとしているのは自分の家というとてもちっぽけな世界。そこには自分の意思なんてものは存在せず、ただただ偉大なるお母様の操り人形が突っ立っているだけ。
果たして私は、本当にこの場所にいてもいいのだろうか?
そんな、疑問と懊悩に苛まれながらまたしても時間だけは過ぎていき、私はダラダラと現状のぬるま湯につかり続けた。
そんなある日のこと———
「ここは......よし、正解。この公式さえ覚えていれば大丈夫かな」
と、いつものように教科書を片手にした私は、独り中庭にて歓喜の声を漏らす。
気がつけばもう5月———私がこの学園にやって来てから、もう1ヶ月が過ぎようとしていた。
無論、私を取り巻く疑問に答えなどは出ていない。
この時の私にはサーバントもいなければ、身体面での結果を残すこともできない。ただ幸いというか、あの英才教育のおかげで学業の方は慣れていたため、なんとかそちらで自分の居場所を確保していたのだ。
「フハハハハハハハ!!! 残念だったなぁ、【レジスタンス】の諸君!!! 悪いが、ここは逃げの一手を打たせてもらうよ!!! ハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
そんないつも通りの、考えなければいけないことを先延ばしにしたぬるま湯の日常は、突如聞こえてきた奇声によって壊される。
何事かと私も身を屈めていると、目の前の草むらから謎のメガネをかけた男が飛び出してきた。
「......は?」
「えっ?」
そこからは、もはや説明するまでもあるまい。
運命のエンカウントを果たしてしまった私とメガネの男はごっつんこ。マンガとかでよく星マークが出るような構図で、それぞれ後方へと弾き飛ばされる。
(痛ッ......! 一体、何が起きたの......?)
痛む頭部を押さえながら、私は対面の尻もちをついている男へと視線を向けた。
そこには、おかしなマント姿の丸メガネをかけた男———後に当時の【執行者】幹部と明かされる男エンヴィは、自らのコードネームに違わない妬むかのような目つきで私を見つめてくる。
「ぐっ、おのれ......まさかこんなところにも伏兵を用意しているとは......!
こうなれば仕方ない。もう一度ガングートを呼び出して———!!」
エンヴィの契約サーバントである〈嫉妬の悪魔〉ガングート。その者が望む願いを歪んだ形で叶えるという怪物が権限する前に、春の嵐が彼らの周囲を包み込む。
「———シルフィード!!!」
そんな、鋭い声が響くと同時に、温かな風が凄まじい速さで通り抜けた。
私の頬を撫でるそれは一直線にエンヴィのデバイスを弾き飛ばし、すぐさま溝内に強烈な一撃を加える。
「すぐに捕えるんだ!! 今度こそ、決して逃してはならない!!!」
「「「「はっ!!!」」」
と、声と同時に続々現れる謎の集団に、エンヴィは悲鳴を上げる間もなく取り押さえられる。
そんなあまりにも非日常的な光景に私が呆気に取られている最中、その中の1人、長身の男がゆっくりとこちらに近づいてくる。
「君......ケガはないかい?」
「え、ええ......大丈夫です......」
うわっ、話しかけてきた......しかも、かなりのイケメン。
多分だけど先輩、だよね?
確か、あのネクタイの色は3年生.....だったはず。
うぅ......つい反射的に答えちゃっだけど、この後どうすればいいの......?
当然とでも言うべきか、家柄上同年代の異性とろくに会話をしてこなかった私は、パニックになってその場に1人で凍りつく。
しかも、そうこうしてる間に先輩は私の目の前に膝をつき、少し痙攣気味の足へと目を向けてくる。
「その足......もしかして」
「はい......歩けないわけじゃ、ないんですけどね......」
いけない、いけない。
初対面の先輩を相手に、これ以上いらぬ心配をかけるわけにもいかない。
私は急ぎ転がってる杖で起き上がろうと試みるも、上手く力が入らず再びその場に崩れ落ちる。
繰り返すうちに段々と変になっていく空気感を前に、恥ずかしすぎてもはや私は顔さえ上げることができない。しかし、そうやって私が動かないでいるのを見かねてか、目の前に彼のものと思われる右手が差し出された。
(え? え!? これに掴まれってこと? 無理、無理! 絶対無理!!)
同年代の異性と会話すらしなかった女が、いきなり手を掴む......そんな過剰とも言えるスキンシップは、さすがにハードルが高い。
ただ、私がそうこうしてる間にも、前頭部辺りに彼の視線が突き刺さっているのもよく分かる。これ以上うだうだしていれば、きっとあらぬ誤解を生んでしまう。なんとなくだが、そんな感じがしてならない。
あくまでも冷静に.....向けてくれている善意だけを見るようにして、私はそっと彼の手に自分の手を重ねる。
「っ......と。ありがとうございます。助かりました」
「ああ、いや......こちらこそ———」
と、そこまで言ったところで、なぜか急に先輩の言葉が止まった。
あれ? あれ?
もしかして私、またなんか失敗した!?
どうしよう......頑張って平静を装ったんだけど、それが逆に感じ悪く見えちゃったのかな!?
またもや私は脳内ぷちパニック。
なんとかして、悪い印象を取り除かないと......!
「......こちらこそ、巻き込んでしまって申し訳ない。あやうく、君にケガをさせてしまうところだった」
「気にしないでください。......確かにきっかけはそうだったとしても、あなたのおかげで、こうして私はピンピンしてるんですから。うふふ」
うふふ? うふふって何!?
私普段こんなふうに笑わないよね!?
あぁ、またやってしまった......なんか、未来でも誰かに盛大にツッコまれているような感じがする。
うん......これ以上はもうダメだ。
どうやって取り繕おうとか、もはやそういう次元の話じゃない。一刻も早くこの場を離れて、これ以上失敗を重ねないようにしないと。
「そ、それじゃ、私はこれで......あの、その......お邪魔しましたっ......!」
「あ、ちょっと待った!」
と、逃げるように背中を向ける私に、先輩が大きな制止の声をかける。
「君が嫌じゃなければでいいんだが、その......君の名前を聞かせてくれないか?」
「え?」
突然に向けられたそんな言葉を前に、私は思わず素で呆けたような声を漏らす。
さすがにこれ以上は、私の頭もキャパオーバー。もうこの辺りから、私は取り繕うのが限界になった。
「な、な、名前ですか!? 私の、その、な......名前をっ!?」
「あ、いや......!? ......うん、そうだよね!! いきなり、初対面の女の子にこんなこと聞くとかあれだよね!? いやぁ、僕ったらいきなり何言ってんだろう!?」
もはや、私のきょどりが先輩にまでうつったのか、2人してパニックになりながらその場で奇声を上げ始める。
痴話喧嘩ともまた違う、傍から見ればバカ2人が何やってんだと思われるような光景。そんな、ある意味で地獄とも言える状況の中で、先に行動を示したのは先輩だった。
「ほんと、自分でもどうかしてた!! いまのはどうか忘れて———」
そう言って先輩が背中を向けようとした瞬間、私は反射的に風に舞う彼の制服の裾を掴んでいた。
「不知火、焔です。私の、名前......」
......正直なことを言うと、自分でもなんでこんなことしたのかよく覚えていない。だから、あくまでもこれは憶測でしかないのだが、理屈を越えた感情による衝動というやつだったのであろう。
自分にとって初めてだった何もかもを、このまま刹那の記憶にしたくない———
バッチリ目が合って、本当は恥ずかしくて仕方ないはずなのに、そんな淡い感情が、彼の瞳を掴んで離さない。
「副リーダー。そろそろ......」
「......あ、ああ! そうだったね!」
......私のこの気持ちが、彼にどう届いたのかは分からない。
仮に答え合わせができたとしたって、きっと私はそれが正解かを判断することはできないだろう。
なぜなら私は、この時自分に芽生えた小さな感情の名前を知らない。それが後にどう影響していくのかも、やがてどういったものへと変化していくのかも、この時の私には知りようもない。
だけど———
「僕の名前は、神藤 敬一。また近いうちに会おう、不知火 焔くん———!!」
そんな、去り際に向けられた彼の言葉こそが、初めて見つけられた、自分自身の答えのような気がした。
次回投稿は、3月29日 日曜日 12:00 です。
よろしくお願いします。




