第3章 過去に燃ゆる炎 ♢1
「やぁ、そろそろ来る頃だと思っていたよ。奏」
眩しい光に照らされる中で、少女がその端正な横顔をこちらへと向ける。
彼女の動きに合わせ短くも美しいスカイブルーの髪が宙を舞い、彼女だけのキラキラと瞬く幻想を作り出す。
「......不知火。体はもう大丈夫なのか?」
「おかげさまでね。まぁ、さすがにこのままハードなプレイ、とかっていうはキツイけど」
なんて冗談混じりに言ってみせる彼女は本当にいつも通りで、長い間ずっと眠り姫をやっていたようには見えない。
そんな彼女の様子に内心ホッとしながらも、俺はずっと胸の内に抱いていた疑問をぶつける。
「でもお前、本当にいつ目が覚めたんだよ。なんなら、一言連絡くらいくれたってよかったんじゃないか?」
「............」
......あれ? 俺今変なこと言った?
心なしか、なんかムスッとしてない?
いや、まぁ......中々お目にかかれない表情だし、めちゃくちゃ可愛らしいとは思うのだが、なぜ彼女がこんな表情になるのか俺には皆目見当もつかない。
「......昨日の放課後、奏たちが帰ろうとしてた時。私、あの少し前くらいから起きてたんだけど」
「......は?」
一瞬何を言われてるのか理解できずに、思いっきり呆けた声を漏らしてしまう俺。
いやいや、そんなバカな......さすがにそんなのは嘘だろ!
いくら思い悩んでて周りが見えてなかったとはいえ、彼女が起きてたことに気づかないなんてことが———
「えっと......本当、なのか?」
「本当です」
「本当の本当の、本当なのか!?」
「だからそう言ってるでしょ。ずっと起きれそうなタイミング窺ってたら、なんか急に帰り支度始めちゃうんだもん。さすがにあれには驚いたよ」
「いやいやいや! だったらもっと早く言ってくれりゃよかったじゃねぇか!」
「私起きてます、だから早く気づいてください———なんて恥ずかしいこと言えるか! だから君はいつもデリカシーがないって言われるんだよ!!」
くそ......なんか言い返してやりたいが、言い返せん! 悲しいくらいに、相手の言ってることが正論すぎる!
......つーか、よくよく考えてみるとほんと最低すぎるな、俺。
なんであの状況で気づかない?
そりゃ逆の立場だったら俺も怒りたくなるわ。
「......奏。素直にごめんなさいしよ? 気づかなかった私たちが悪い」
「そうそう。君もフブキくんみたいに素直で良い子なら、始めから怒りはしないんだよ。
......ま、腹いせに君以外の皆にはちゃんと連絡したし? そのバカみたいなリアクションに免じて、今回のところは許してあげるけどさ」
グサグサと棘を刺されながらも、ようやく俺も釈放となったらしい。中々にメンタルは破壊されてしまったものの、自分のしでかしたことを思えば、これくらいの罰はあって然りであろう。むしろ、軽すぎるくらいまである。
......というか、今さらながら他の皆から何もアクションがないのもそれが原因か。じゃなきゃ、鏡美とかが俺に泣きついてきそうだし。
彼女が意図的に口止めしたのか、はたまた皆俺も知ってるものだと思い込んでいるのか......どちらにせよ、これも不知火による俺への仕返しの一つなのだろう。
「っ、そういえば、ジル•ドレさんは......」
と、そこまで言った辺りで俺も察するが、遅い。
あまりにも、本当に何もかもが遅すぎた俺は、その主たる少女にとって一番残酷であろうそれを口にさせてしまう。
「彼女ならばここにはいないよ。しばらくは、彼女にも会えそうにない......あの禁忌の力を使った代償、でね」
不知火の言う代償———それは俺たちが持ち合わせているものと同じでありながら、その本質は非常に歪だ。
本来、俺たち召繋師が負う代償というのは、サーバントが戦闘不能になった際に同じく反動を受けるというもの。戦闘不能となったサーバントは元の世界へと戻され、その主たる召繋師も一定時間サーバントとの繋がりを封じられることとなる。
———だが、リンク•ブレイクの力がもたらす代償というのは、それとは全くの別物。通常召繋師が受ける反動が激増するのは確かなのだが、その実態は分からないというのがこの力をこの力たらしめる所以となっている。
ウィングさんによれば、その時によって術者に降りかかる反動もバラバラらしく、永久に召繋師としての力を失うこともあれば、その場で命を落とす、なんて事例もあったらしい。
故に、俺たちには今不知火がどういう状態なのか理解する手段もなければ、調べ上げる方法も知り得ない。おそらくは、それは本人も同様のことであり、強いて言うのであれば感覚的にそれが分かるどうかという程度の違い。
どちらにせよ、ジル•ドレさんが隣にいないということを口にする不知火の表情が、リンク•ブレイクの力がもたらすその残酷さを物語っていた。
「......悪い。今のは本当に俺が無神経だった」
「いいって、いいって。別に気にしてないから」
「っ、だけど、お前っ......!」
すると、不知火は外の方へと視線を向け、わざとらしくその場で伸びをして見せる。
「あーあ。勝負には負けるわ、戦えない体になっちゃうわで、もうほんとに散々だよ。
......ま、ここでジル•ドレのお説教を聞かなくていいのは、不幸中の幸いなんだろうけど」
「それは......お前の本心なのか?」
思わず口に出てしまったその言葉を最後に、不知火のわざとらしい軽口も止まる。
言いようのない沈黙に彼女は少しだけばつの悪そうな表情をすると、小さく首を横に振り、すぐにキザったらしく呆れたように肩をすくめる。
「......あのねぇ、奏。あまり察しが良すぎるのもモテなくなるよ? 乙女心っていうのは繊細なんだ。絹糸を扱うように、それこそ赤ちゃんと接するかのように優しく慎重に———」
と、そこまで言いかけたところでまた言葉を止め、不知火は全て諦めたように小さくため息をついた。
「やっぱり、君の目は誤魔化せないか。先輩といい君といい、本当にこういうところでの勘が良すぎるよ」
一見するとまた、取り繕ったかのような軽口と笑顔。だけど何度もそれを見てきた俺には、いつものやつとは違って見えた。
———例えるならばそれは、敗北を悟った時の笑顔。
長きに渡る嘘に負けし少女は、ようやく飾らない本当の言葉を口にした。
「ああ、そうだね......本当は、今すぐにでもジル•ドレに会いたい。会って謝りたいよ。
彼女にはずっと、私の辛い感情を押し付けてきた。もしもこのまま、こんな形で別れることになったらと思うと、怖くて震えが止まらなくなる......」
そう言ってみせる彼女の表情は弱々しく、今にも泣き出してしまいそうなくらいに脆い。
そこにいるのは、正義を掲げる反乱組織のリーダーでも、歪んだ憎悪を抱く復讐者でもない。
自分の中の感情に蓋をしては、そのことに悩み苦しむ、たった1人の普通の女の子だった。
「ふぅ......お見苦しいところを見せた。さっきのことは、どうか忘れてほしい」
しばらくして、声のトーンとかはいつも通りに戻ったのだが、なぜか顔だけは頑なにこちらへ向けようとはしない。
まさか、彼女に限って恥ずかしくて顔向けできない———なんてことはないのだろうが、それでも俺は俺のやり方で話を切り出す。
「分かったよ。ただし、一個だけ条件がある」
「条件?」
と、不思議そうな顔で振り向く不知火に、俺は思いっきり自分の人差し指を向けた。
「お前の隠してること———俺に全部洗いざらい話せ。それで流門の一件の約束と、さっきの口止め料にしておいてやる」
それはまさしく———俺が初めて彼女の予測を乗り越えたであろう瞬間。
大きく見開かれた緋色の瞳が、言葉を失った半開きの唇が、沈黙となって俺にそれを伝えてくる。
「......最低」
意外にも、この長い沈黙を最初に壊したのはフブキ。
彼女は終始ジトっとした視線を俺の方へと向け、まるで糾弾でもするかのように、顔をずいっと近づけてくる。
「......奏は最低。女をたらしこむ浮気者。もらはらでぃーぶい彼氏」
「彼氏ではないよ? 使い方も合ってないし、絶対意味分かってないよね?」
「ん......そんなやり方でオトメのひみつを暴こうだなんて、ごんご......ごんご———土鍋ごはん?」
「道断ね!? それじゃおいしく炊き上がっちゃうだろ!!」
......彼女のことだ。おそらく読み漁ってる本にそんな感じの表現でもあったのだろうが、いかんせん意味の方は理解していない。
途中から自分の食べたい物に変わっちゃってるし、きっと頭の中に残っていた語感と濁音だけで口にしたのだろう。頭文字しか合ってないけどね。
「ふふっ......ほんと、君は最低だね。この状況でその話を持ち出してくるとか、君のデリカシーはどうなってるんだ?」
「うるせ。俺がそういう奴だってことは、お前もよく知ってんだろ」
「まぁね。君がとにかく女の子の秘密を知りたがる変態さんだってことは、私も理解しているつもりだよ」
くそっ......なんだか大いな誤解があるような気もするが、まぁこの際それはスルーしておいてやる。
そもそも彼女の触れられたくないであろう部分に触れようというのだ。非常に不本意ではあるのだが、あながちその表現も間違いではない。
「約束を果たす前に一つだけ聞かせてほしい。君は一体、私のどこまでを知っているのかな?」
「神藤店長がいた頃の【レジスタンス】に入ったお前の話......それと、願いを叶える契約の灯の存在」
「!」
俺がその単語を出した途端、不知火は明らかに動揺したような様子を見せる。
いつも何もかもを見透かしたかのように細められている瞳はまたもや大きく見開かれ、彼女の仮面に素の感情を浮き彫りにさせる。
「......驚いた。前者は予想もできたが、まさか君の口からその言葉が出てくるとはね。一体、誰から聞いたのか......いや、ここで詮索するのも今さらか」
なんて、諦めたかのように肩をすくめた後、ベッドの上で不知火は体を俺の方へと向ける。
「あらかじめ言っておくけど、本当につまらない話だよ? 君の期待するような大層な内容じゃないけど、それでもいいかい?」
「ああ。問題ないよ」
その瞬間、静かに答える俺の視線と、不安げながらも真っ直ぐに向けられる不知火の視線とが交わる。
その場に広がる、朝の喧騒さとは無縁の無限にも近しい静寂の果てに、震える少女の唇はそっと開かれるのであった。
次回投稿は、3月22日 12:00 です。
よろしくお願いします。




