第2章 悲しみ暮れる団欒の場 ♢3
「......焔、今日も起きなかった」
2日後。もう時期自宅へとたどり着く帰り道にて、隣を歩っていたフブキがそんなことを漏らす。
少し幼さの残る仕草で仄かな灰色を揺らし、さっきコンビニで買ってやったコロッケパンを右手に握る姿は一見いつも通りのようにも見えるが、俺にはその横顔がなんだか寂しげなもののように思えた。
「......そう簡単に解決できる問題じゃない。明日もまた、2人でアイツのところに行ってやろう」
実際今日も眠っているアイツのところへと行ってみたのだが、結果は同じ。不知火が目を覚ますことはなく、部屋ではずっとアイツのものとは思えない静かで可愛らしい寝息だけが聞こえていた。
珍しいことに、今日に限って他に誰も来ることはなく、なんとなく居づらくなってしまった俺も足早にフブキを連れてその場を去ってしまった。
そんな経緯もあってか帰りの足取りはずっと重く、時間と運命次第のこの状況に対し、俺は少しだけ焦りのようなものを感じていた。
「あたっ!? ......なんだ、鍵かかってんのか?」
と、ようやく自宅までたどり着いたと思った矢先、俺は思いっきり玄関ドアに頭をぶつけてしまう。
......妙だな。
いつもこの時間なら母ちゃんは帰ってきているはずだし、誰か中にいればうちは鍵なんかかけない。母ちゃんから遅くなるなんて話は聞いてないし、いくらいつもより早く帰ってきたとはいえ、母ちゃんよりも早く着くなんてことはありえない。
もしや、一度帰ってからまた外出でもしてしまったのだろうか?
じんわりと広がる痛みに顔をしかめつつ、俺は持っていた鍵で玄関扉を開く。
「ん? あら、おかえり。今日は早かったんだね」
なんて俺の中にあった予想は、玄関先から聞こえてきた母ちゃんの声によってあっさりと壊される。
見たところ、格好もいつもとなんら変わらないエプロン姿だし、何か特別な理由があるわけではなさそうだ。
「友達のお見舞いだったんでしょ? その子、もう大丈夫なの?」
「いや、まだなんとも言えない———って、母ちゃん手に持ってるそれなんだ?」
「え? 手に———」
すると、母ちゃん引き寄せられるように視線を手元に向け、次の瞬間先程までの態度がまるで嘘でかのように慌てふためく。
「こ、これ!? あー、なんというか、その......昔の写真、とかではないよ?」
と、持っていたものを後ろに隠し、平静を装った早口で弁明をする母ちゃんなのだが......うん、さすがにその誤魔化し方じゃ無理がある。
こういったセリフの場合、だいたいは違うと否定しているものこそがそいつの隠そうとしてるもの。
一瞬すぎてよくは見えなかったが、言われてみればあれは写真立てのようにも思えた。
「ん......昔のリコ、気になる」
「そうだよ、母ちゃん。何も隠そうとしなくたっていいじゃんか」
「うっ......それは......」
なんて、しばらくの間難しい顔をしていたが、何を思ったのか突然母ちゃんはまるで駄々っ子がやるかのように抵抗し始める。
「と、とにかく! 嫌なものは、嫌なの!! なんなら私も、昔奏の描いてた恥ずかしいマンガをアプリで出品するよ!?」
「大人げな!? そんなのまともな大人のやる行為じゃねぇだろ!!」
「あー! あー! 聞こえませーん!! モラハラDV息子の正論なんて分かりませーん!!」
くそ......どこまでも往生際の悪い。これで30越えてるとか正気なのか?
そりゃ確かに、俺だって逆の立場なら恥ずかしいかもしれないが、何も家族の前で———フブキの前でまでこんな駄々っ子になりはしない。
しかも、彼女の場合は純粋な好奇心から言っているわけだし、ますます母ちゃんが頑なになる理由が分からない。
「はぁ......悪い、フブキ。どうやらこの子どもおばさんは、お前の望みを叶えちゃくれないみたいだ」
「子どもおばさんって、あなたねぇ......!」
「事実だろ。弁明の余地はない」
終始顔の左側に視線が突き刺さってくるが、全部無視。
フブキには悪いけれど、これ以上子どもおばさんの戯言に付き合うのはごめんである。
「ん、残念......それより、奏。昔描いてた、まんが? って———」
「あー、そういえば!! 俺も母ちゃんに聞きたいことがあったんだよな!!!」
話の矛先が俺に切り替わりそうになるその刹那、ギリギリのすべり込みでなんとか話題を違う方向へとズラすことに成功。
......え? これじゃ、母ちゃんとやってることは変わんないだろって?
大丈夫だ。いつかきっと多分その時に、俺は彼女に堂々と見せるさ。
いつかきっと多分その時に、ね。
「......聞きたいこと? この大人げなくて、子どもで、どうしようもないろくでなしのお母さんに?」
「いや、そこまでは言ってねぇだろ」
一体どこまで子どもおばさんを貫くつもりなのか、絶妙にめんどくさい方向で拗ねてみせる母ちゃん。
しかし、先程立てた俺の鉄の誓いの前ではそれも空しく、俺はいつも通りの本当に何事もなかったかのように質問を投げる。
「母ちゃんさ、仮面を着けたブロンド髪の人って知り合いにいるか? 背が高くて、黒っぽいマントを付けた......」
って、しまった......自分で言っててなんだけど、これじゃただの不審者じゃん。
いやまぁ、確かにあの人が不審者であることは間違いないのだが、母ちゃんの前でも同じ格好してるとは限らないし、もっと別の特徴を伝えるべきだったか。
「......奏。その人って、奏たちの前でなんて名乗ってる?」
「え、ウィング、だけど?」
瞬間、母ちゃんはまさしく鳩が豆鉄砲を食らったかのようにフリーズし、その数秒後にようやく我に返る。
「ウィング、って......ぷっ、それほんと? いや、確かに言いそうではあるけれど......ぷはっ」
ようやく現実世界に帰還したと思った矢先、もはやこらえきれないといった様子で笑い始める母ちゃん。
一体何がそんなにツボなのか、いつまでも止む気配はなく、終いにはうずくまって自分のお腹を押さえ始める。
「いくらなんでも笑いすぎだろ」
「いやぁ、ごめん、ごめん......あの頃とあまりにも変わってなくて、つい」
変わってないって......まさかあの人、母ちゃんの前でもあんな変質者やってたっていうのか?
あんな趣味の悪い仮面を着けて、しかも自分のことを横文字で名乗るようなことを当時の母ちゃんの前で?
......うん、ダメだ。
言ってて自分でも、頭がこんがらがってきたぞ。
「うん、そうだね......その人のことなら、よーく知ってるよ。こうちゃんにとっても、私にとっても、とても......とっっても大事な人なんだ」
笑い転げていた姿とは一転、まるで遠い過去を慈しむかのように、優しい表情で微笑む母ちゃん。
その姿はまるで、この前のウィングさんと瓜二つで、なんだか俺には2人の姿が重なって見えたような気がした。
「意外だったな。まさか、母ちゃんの知り合いにあんな変な人がいたとは」
「あはは......まぁ確かに、私も最初は色々と驚かされたね。なんていうか......見てる世界がちょっと違う、みたいな」
なんて、少し苦笑してみせるも、母ちゃんはすぐに先程の優しい表情へと顔を戻す。
「でもね、奏。私は———いや、私たちは彼の不器用な優しさを知ってる。例え誰にも理解されなくとも、誰かを守ることのできる優しい強さを。
......だからね。これは、お母さんからじゃなくて、1人の友達としてのお願い。少し変わってるところもあるけれど、これからも仲良くしてあげてね」
と、この時の母ちゃんの顔は、かつてこの世界で過ごしていた純粋な少女のようなものに見えた。
翌日、いつもより早く起床した俺たちは、かなり早い時間に学園へ———否、レジスタンスアジト付近へとたどり着く。
周囲を見回してみても生徒たちの姿はなく、いつかの“召繋師狩り”事件の時のように、学園が妙な静寂に支配されているような気がした。
「ん......今日も、焔のとこ行く?」
「おうよ。いい加減、あのねぼすけナルシストにも起きてもらわないと困るからな」
調子がいいように聞こえるかもしれないが、これは紛れもない俺の本心。俺の望み———彼女と本当の意味での仲間となる上で、避けては通れない道となる。
彼女が何を思い、何を抱いているのか———〈3王〉の登場でぐちゃぐちゃにこそなってしまったが、そもそも流門との一件だってそれを知るためのものだった。
昨日はなんとなくあの場から逃げてしまったものの、今日こそは必ず目覚めた彼女と話をしてみせる。
(......さすがに、誰も来てはいないか)
妙な背徳感が漂うせいか、なぜか誰もいないかを確認しつつ、俺は室内へと侵入する。
こんな時間だし、当然室内に先客などいるはずもなく、窓から差し込む朝日も、遮られることなく真っ直ぐと伸びている。
そう———ある一箇所だけを除いては。
「え———」
部屋全体を照らす光......俺の位置からだとちょうど逆光となるその中心部分に、ベッドの上に腰かける人影のようなものが見えた。
窓の方へと視線を向け、どこか儚さを漂わせる、とても華奢な人影———初めこそそれが誰のものなのか分からなかったが、段々と光に目が慣れてくるにつれ、彼女の持つ特徴的なスカイブルーの髪がかすかに揺れているのが目に入る。
「やぁ、そろそろ来る頃だと思っていたよ。奏」
と、眩しい朝日に照らされた少女の横顔は、俺たちにとってはあまりにも覚えのありすぎるものだったのだ。
次回投稿は、3月15日 日曜日 12:00 です。
よろしくお願いします。




