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ティムール死せず  作者: 灰神楽ねこ


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1/9

デリーの炎

一三九八年十二月。デリーの北西、ジュムナー川のほとり。

ティムールの陣営には、十万の捕虜がいた。


数は正確ではない。捕らえた者の中には、戦闘で得た兵士もいれば、村から連行された農民もいた。商人、職人、巡礼者もいた。

捕虜は諸将の部隊に分けて拘束され、夜になると、縄を解こうとする者の悲鳴や、見張りに殴られる音が聞こえた。


夕刻、諸将が本営に召集された。

冬の空気は冷たかった。天幕の外では馬の鼻息が白くなっていた。


ティムールは敷物の上に座り、右脚を伸ばしていた。

六十二歳。右手の指にも古傷があり、立ち上がるときには杖を使うことがあった。

だが、彼の前でその脚に視線を落とす者はいなかった。


ジャハーンシャー・バルラスが捕虜の報告を終えると、ティムールは尋ねた。

「敵は」

「デリーの軍勢は、市の北方に集結しております。スルタンの軍には戦象がございます」

「数は」

「百を下らぬと」

「象ではない。敵の数だ」


ジャハーンシャーが兵数を答えると、ティムールはしばらく黙っていた。

外で馬がいなないた。


「捕虜を殺せ」


誰も動かなかった。

ジャハーンシャーは顔を上げた。

「全員でございますか」

「そう言った」

「十万に近い数でございます」


ティムールは彼を見た。

ジャハーンシャーは口を閉じた。


「明日、余が敵と戦っている間に、あの者どもが縄を解いたらどうなる」

「後方を襲われます」

「何人の兵を残す」

「二万もあれば――」

「二万」

ティムールはその数字を繰り返した。

「敵の前に二万を置くのと、後ろに二万を置くのと、どちらがよい」

ジャハーンシャーは答えなかった。

「日が暮れるまでに済ませよ」

命令はそれで終わった。


諸将が立ち上がると、一人の若いアミールが足をもつれさせた。敷物の端に膝をつき、慌てて立ち直ったが、ティムールは見向きもしなかった。


外へ出たジャハーンシャーは、しばらく天幕の前に立っていた。

彼の部隊には五千人ほどの捕虜がいた。

その中には、昨日まで道案内をしていた老人もいた。川の浅瀬を教えた礼として命を助けられると信じていた男だった。


ジャハーンシャーは馬を呼んだ。

「各千人隊長を集めろ」

声が少し掠れた。

「日没までだ」


その夜、陣営の各所で処刑が始まった。

初めは捕虜たちも何が起きるのか分からなかった。数人ずつ連れ出される者を見て、別の場所へ移されるのだと思っていた者もいた。

やがて、戻ってくる者が一人もいないことに気づいた。


叫び声が上がった。縄を引きちぎろうとする者がいた。見張りの足にすがりつく者がいた。ある男は、自分がムスリムであることを繰り返し訴えた。

剣を持つ兵の中にも、手が震える者がいた。

それでも処刑は続いた。



本営では、ティムールが翌日の戦場の地形を聞いていた。

川の位置、敵陣までの距離、地面の乾き具合、象の通れる道。

報告を聞きながら、彼は時折、右脚をさすった。


夜半、処刑の終了を知らせる使者が来た。

「終わったか」

「はい」

「逃げた者は」

「なお調べております」

「夜明けまでに調べよ」

ティムールは使者を下がらせた。

それから、翌朝の出陣時刻を命じた。


******


翌朝、霧が晴れると、デリーの軍勢が見えた。

平原の向こうに、巨大な動物が並んでいた。

象である。

背には櫓が組まれ、武装した兵士が乗っていた。額には金属の防具が取りつけられ、長い牙には刃物が結びつけられているものもあった。


その姿を見たティムール軍の前列から、低いざわめきが起こった。

馬が耳を伏せた。

中央軍のアミールの一人が、象の列を指した。

「あれが突進してまいれば、騎兵では支えきれませぬ」

ティムールは馬上から敵陣を眺めていた。

「誰が支えろと言った」

アミールは黙った。


彼は側近を呼んだ。

「昨日掘らせた溝は」

「完成しております」

「杭は」

「打ち終えました」

「牛を前へ」


牛や水牛の群れが、軍の前方へ引き出された。荷車や木材も運ばれた。

ティムールはそれらを配置させた。

中央正面には障害物を置き、象の突進を妨げる。騎兵は左右に展開させ、敵の側面を狙わせる。

敵の象を見て動揺していた兵たちは、命令に従って持ち場を移った。


一人のアミールが進み出た。

「陛下。占星術師たちが、お目通りを願っております」

ティムールは顔を向けた。

「何用だ」

「本日の星回りについて」

「呼べ」



ほどなく、三人の占星術師が連れてこられた。

最年長の男は白い髭を胸まで垂らしていた。彼は地面に膝をつき、挨拶を述べた。

ティムールは黙って聞いていた。


男は慎重に話し始めた。

「偉大なるアミールよ。今朝の天象を調べましたところ、火星と土星の位置に、まことに憂慮すべき徴が――」

「何が起こる」

男は言葉を詰まらせた。

「戦いをお始めになるには、吉兆とは申せませぬ」

「敗れると言うのか」

「そのように断じるものではございません。ただ、サーヒブ・キラーンたる御身におかれましても、星々の結合を慎重に――」


ティムールの表情が変わった。


「星だと」

男は頭を下げた。

「はい」

「サーヒブ・キラーンだと」

その声を聞いて、近くにいた将兵が振り向いた。

「星が余に命じるのか!」

占星術師は地面に額をつけた。

「決して、そのような――」

「余の勝ちも負けも、喜びも悲しみも、星が決めると言うのか!」


ティムールは馬を進めた。

三人の占星術師は身を縮めた。


「余が信じるのはアッラーのみだ。天の星を数えたところで、明日の命が保証されるものか!」


彼は右手を上げた。

周囲の者たちが一斉に静まった。


「クルアーンを持て」

書物が運ばれてきた。

ティムールはそれを開かせ、現れた章句を読ませた。

朗誦が終わるまで、誰も口を開かなかった。


ティムールは占星術師たちを見下ろした。

「下がれ」

三人は這うようにして退いた。



ティムールは馬首を返した。


「太鼓を打て」


軍太鼓が鳴り始めた。

最初は中央軍の太鼓だった。続いて左右の翼から応じる音が起こり、平原全体が低く震えた。


敵陣でも太鼓が鳴った。

そして、象の群れが動き始めた。


******


デリー軍の中央が前進した。

象はゆっくりと歩き始め、やがて速度を増した。地面が震え、櫓の上から矢が降ってきた。

ティムール軍の前列で、馬が暴れた。

象の一頭が鼻を振り上げ、金属の飾りを鳴らした。兵士が落馬した。

「退くな!」

千人隊長が叫んだ。

しかし、中央の騎兵は後退を始めていた。


敵陣から歓声が上がった。

デリーの将兵には、ティムールの中央が崩れかけているように見えた。

象はさらに前へ出た。


そのとき、先頭の一頭が溝の前で足を止めた。

後続の象が押し寄せ、列が乱れた。

木材と荷車が行く手を塞いでいた。象使いが鉤棒を振るい、前進させようとしたが、象は横へ向きを変えた。

そこへ矢が飛んできた。

櫓の上の兵士が倒れ、別の象が悲鳴を上げた。

象使いが背から落ち、巨大な動物がその場で旋回した。


ティムールは高所から戦場を見ていた。彼のそばには、伝令が数人控えていた。

「右翼を進めよ」

一人が駆け出した。

「左翼はまだ動かすな」

二人目の伝令が待った。


中央では、象の群れが障害物の前で混乱していた。デリーの歩兵が、その後方から押し寄せてくる。

ティムールは、敵の右翼に視線を移した。

そこでは騎兵が前進を始めていた。


彼は手を上げた。

「今だ」


左翼への伝令が走り、ティムールの騎兵が一斉に動いた。

砂埃が天を覆うように舞い上がった。

敵の側面へ回り込んだ騎兵が矢を浴びせ、デリーの隊列が乱れた。後方の兵は前へ進もうとし、前列の兵は象を避けようとして押し戻された。


一頭の象が突然向きを変え、続いて別の象が走り出した。

象使いが叫んだが、巨体は止まらなかった。

櫓が傾き、兵士が地面に投げ出される。

逃げる象が味方の歩兵を踏み潰した。


ティムールはそれを見ていた。

「中央を進めよ」

「しかし、象がまだ――」

伝令の一人が言いかけた。

ティムールが無言で顔を向けると、男は言葉を呑み込んだ。


「中央を進めよ!」

伝令は馬を走らせ、軍太鼓の調子が変わった。


中央軍が前進を始めた。

デリーの歩兵は、左右から迫る騎兵と、正面から進むティムール軍の間に押し込められた。


スルタンの旗が大きく揺れた。

敵の指揮官たちは、象を立て直そうとした。しかし、逃げる兵と暴れる象が道を塞ぎ、命令は届かなかった。


ティムールは右手を伸ばした。

「敵の旗を見失うな」

近くにいたアミールが答えた。

「御意」

「逃げ道を塞げ」

騎兵がさらに進んだ。


デリーの戦列は完全に崩壊した。

敗走する兵士が川へ向かった。武器を捨てる者がいた。鎧を脱ぎ捨てる者もいた。

象の一頭が、櫓を載せたまま戦場を横切って逃げた。ティムールはその姿を見送った。


「追え」

彼は短く命じた。

「スルタンを逃がすな」


******


戦いが終わると、ティムールは馬を下りた。

従者が差し出した杖を受け取り、右脚を引きずりながら天幕へ入る。

諸将が集まり、戦果が報告された。

捕らえた象の数。奪った旗。敵の死者。戦利品。

ティムールはそれらを一つずつ聞いた。


やがて、ジャハーンシャーが進み出た。

「デリーのスルタンは逃走いたしました」

ティムールは彼を見た。

「どこへ」

「市内へ戻ったのち、さらに逃れたと」

「追手は」

「出しております」

「遅い」

ジャハーンシャーは深く頭を下げた。


ティムールはしばらく黙った。


「象は」

「多数を捕らえました」

「サマルカンドへ送れ」

ジャハーンシャーが顔を上げた。

「象を、でございますか」

「そうだ」

「長い道のりになります」

「歩かせよ」

ティムールは水を飲んだ。

「石を運ばせる」


誰もすぐには意味を理解しなかった。


ティムールは続けた。

「サマルカンドに、大きなモスクを建てる」

その声には、先ほど占星術師に向けた怒りの痕跡はなかった。

「インドの石工も連れていけ」

諸将は命令を受けた。


ティムールは外を見た。

夕日がデリーの方角へ沈みかけていた。


******


デリーは降伏した。

市内には、なお多くの住民が残っていた。

ティムールの軍が入城しても、はじめは秩序が保たれていた。住民は家に閉じこもり、商人は店の扉を閉ざした。


しかし、やがて徴発と略奪が始まった。

兵士たちは金銀を求めて家々に押し入り、抵抗した者を殺した。住民が反撃し、各所で戦闘が起きた。

火が放たれ、乾いた木材と布が燃え、炎は家から家へ広がった。

逃げる人々が通りにあふれた。

子を抱えた女が倒れた。老人が門の前で踏みつけられた。寺院や邸宅から煙が上がった。

兵士たちは財宝を奪い、捕虜を連れ出した。


ティムールは報告を受けた。

「市内で騒乱が起きております」

「誰が始めた」

「兵が財を求め、住民が抵抗したと」

「将は何をしている」

「鎮圧に向かっております」

ティムールは窓の外を見た。

遠くに煙が上がっていた。

「財を集めよ」

彼は言った。

「職人を殺すな」

使者が去った。


別の使者が来た。

「市の南部でも火災が広がっております」

ティムールは答えなかった。

「住民が多数、殺されております」

沈黙が続き、使者は顔を伏せた。


ティムールはようやく口を開いた。

「逃げたスルタンは見つかったか」

「いまだ」

「追え」

使者は退いた。


デリーの火は、それから幾日も燃え続けた。


******


一四〇四年、秋。

サマルカンド。


ビービー・ハーヌム・モスクの巨大な門が、青空の下にそびえていた。

石工たちは足場に登り、壁面の装飾を直していた。釉薬をかけた煉瓦が陽光を受け、青く光っていた。

広場には、各地から集められた職人たちがいた。

ペルシア人、アゼルバイジャン人、シリア人、インド人。

言葉も服装も異なる彼らが、同じ建物のために働いていた。


門の前に、一人の老人が立っていた。

背は高く、肩幅が広かった。右脚をかばうように立ち、杖を持っていた。

ティムールである。


彼は門を見上げていた。

石工の親方が、少し離れたところに控えていた。

「まだ終わらぬのか」

ティムールが尋ねた。

親方は頭を下げた。

「装飾の一部が、冬の寒さで傷みました」

「直せ」

「御意」

「来年までに」

親方は顔を上げた。引きつっていた。

「来年でございますか」

ティムールは彼を見た。

親方は慌てて頭を下げた。

「必ずや」

ティムールはそれ以上何も言わなかった。


彼は杖をつき、ゆっくりと歩き始めた。

近くにいた職人たちが慌てて作業の手を止め、道を開けた。

その中に、デリーから連れてこられた石工がいた。

男は四十歳ほどだった。六年前、デリーで妻と二人の子を失っていた。


ティムールが近づくと、男は顔を伏せた。

彼は、目の前の老人が誰なのか知っていた。デリーで何が起きたのかも知っていた。

ティムールは彼の前で足を止めた。

「おまえはインドの者か」

男は答えた。

「はい」

「名は」

男が名乗った。


ティムールは、男の手に持たれた石を見た。

「何を作っている」

「花の文様でございます」

「見せよ」

男は石を差し出した。

ティムールはそれを受け取り、しばらく眺めた。

細かな花弁が彫られていた。

「よい」

それだけ言って、石を返した。

男は深く頭を下げた。


ティムールは歩き去った。

男はそれから長い間、顔を上げなかった。


******


その日の午後、シャー・ルフが父のもとを訪れた。

ヘラートから来た彼は、三十代の半ばに差しかかっていた。父に似て背が高く、顔立ちは穏やかだったが、眼差しには慎重さがあった。


彼は広間に通された。

ティムールは低い座に腰を下ろしていた。

シャー・ルフが挨拶を述べると、父は短く頷いた。


「座れ」


シャー・ルフは向かいに座った。


しばらく沈黙があった。


父の前に置かれた卓には、東方の地図が広げられていた。

シャー・ルフはそれを見た。

「遠征の御準備でございますか」

「そうだ」

「どちらへ」


ティムールは答えなかった。

代わりに、地図を指した。


サマルカンドから東へ。

モグーリスタンを越え、さらに遠くへ。


シャー・ルフは父の指先を追った。

「ヒターイでございますか」

「そうだ」

シャー・ルフは顔を上げた。

「父上。ヒターイは、これまでの敵とは違います」

ティムールは黙っていた。

「人口も、軍勢も、都市の数も。デリーやアナトリアとは比べものになりませぬ」

「知っている」

「距離もございます。軍を進めるだけで、幾月もかかりましょう」

「知っている」

シャー・ルフは言葉を選んだ。

「では、なぜ」


ティムールは地図から目を離した。

「余は昔、東へ向かおうとしたことがある」

シャー・ルフは黙って聞いた。

「ピール・ムハンマドがインドで苦戦した。余は軍を南へ向けた」

「存じております」

「デリーを取った」

「はい」

「西へ行った。バヤズィトを捕らえた」

ティムールは杖を手に取った。

「今度は東だ」


シャー・ルフは父を見つめた。

「父上は、何をお求めなのですか」


ティムールは答えなかった。

広間の外から、庭園の水音が聞こえていた。


シャー・ルフは続けた。

「父上が築かれたものは、あまりに大きい。これ以上広げれば、誰が治めるのです」

「おまえたちだ」

「私どもに、それだけの力があるとお考えですか」


ティムールは息子を見た。

「ないのか」


シャー・ルフは答えなかった。

父の目は動かなかった。


「父上」

彼はようやく口を開いた。

「御身に万一のことがあれば、帝国は――」

「万一とは」

「お年のこともございます」


ティムールはしばらく息子を見ていた。

シャー・ルフは視線を逸らさなかった。


やがて父は言った。

「余が死ぬと」

「そのようなことを願っているのではございませぬ」

「分かっている」

ティムールは杖を床に置いた。

「おまえは、余が死んだ後のことを考えている」

「はい」

「ならば考えよ」

シャー・ルフは眉を寄せた。

「父上」

「余は生きている」

それだけだった。


長い沈黙が続いた。

シャー・ルフは、父の顔に何かを探した。しかし、そこには何も現れなかった。


やがてティムールは立ち上がった。

右脚に体重をかけると、わずかに顔をしかめた。シャー・ルフが立ち上がろうとすると、父は手で制した。

「座っておれ」

ティムールは窓の方へ歩いた。

庭園には水路が走り、秋の陽光が木々の葉を照らしていた。遠くに、モスクの巨大な門も見えた。

ティムールはそれを眺めた。


「余がいない間、サマルカンドを頼む」

シャー・ルフは父の背を見た。

「御意」

ティムールは振り向かなかった。

「モスクを完成させよ」

「はい」

「庭園の水を絶やすな」

「はい」


しばらくして、ティムールは言った。

「ウルグ・ベグは元気か」

シャー・ルフは少し驚いた。

「はい。書物ばかり読んでおります」

「馬には乗るか」

「乗りますが、書物の方を好みます」


ティムールは小さく鼻を鳴らした。

それが笑いだったのか、軽蔑だったのか、怒りだったのか、シャー・ルフには分からなかった。


「連れてこい」

「ウルグ・ベグを、でございますか」

「出陣前に会う」

シャー・ルフは頷いた。


ティムールは再び庭を見た。

「下がれ」


シャー・ルフは立ち上がって、父に礼をした。

広間を出る前に、一度だけ振り返った。

ティムールは窓辺に立って庭の方を見ているままだった。


******


夜、サマルカンドの街に灯がともった。

市場の店が閉まり、モスクから祈りの声が聞こえた。

シャー・ルフは宿舎で書簡を書いていた。


父が東へ向かう。

その知らせを、各地へ伝えなければならなかった。


彼は筆を止めた。


父の言葉が耳に残っていた。

――余は生きている。


シャー・ルフは窓の外を見た。

サマルカンドの夜空には、無数の星が輝いていた。

六年前、デリーの戦場で占星術師が不吉を告げたことを、彼も聞いていた。

そのとき父は激怒したという。

星の運行など、余の運命には関わりがない。

そう言い放った男が、翌日、デリーの軍を破った。


シャー・ルフは筆を取り直した。

書簡の冒頭に、父の名を書いた。


アミール・ティムール。


彼はしばらく、その文字を見つめていた。


******


同じ頃、ティムールは本営で東方からの報告を聞いていた。

ヒターイの皇帝は、甥から帝位を奪った男だった。

その名は朱棣。

北方で長く軍を率い、戦争によって皇帝となったという。


ティムールは使者に尋ねた。

「ヒターイの皇帝はどこにいる」

「南京にございます」

「カンバリクは」

「明では北京と呼んでおります」

ティムールは地図を見た。

「そこには誰がいる」

「燕王であった朱棣の旧領にございます。現在も北方の重要な拠点となっております」

「道は」

使者が地図の上に指を置いた。

ティムールはそれを眺めた。


しばらくして、彼は指を伸ばした。

「ここに山がある」

「はい」

「越えられるか」

「道はございますが、冬は雪に閉ざされます」

「春は」

「雪解けの水が出ます」

ティムールは頷いた。

「では、冬に越える」


使者は顔を上げた。

「冬でございますか」

ティムールは彼を見た。

「雪があるのだろう」

「はい」

「水もある」

使者は黙った。


ティムールは地図を閉じさせた。

「準備を進めよ」



使者が下がると、ティムールは一人になった。

外では夜風が吹いていた。

彼は右脚を伸ばし、しばらく動かなかった。


やがて、机の上に置かれた小さな石を手に取った。

昼間、インドの石工が彫っていた花の文様だった。

ティムールはそれを眺めた。

細かな花弁が、石の表面に刻まれていた。


彼は石を置き、東方の地図を再び開いた。

その先には、明の国があった。

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