第3章ノ1 かわいい制服
(き、きまずい……。昨日は色々なことがマッハで過ぎ去ったせいで何とかなっていたけど……)
ほまれは、朝食に出された納豆をかき混ぜながら、必死に話題を探していた。 今朝は、ほまれもひめと同じ時間に起床した。リビングには五郎が用意してくれた朝食が並んでいたが、当の本人は「買い出しがあるから」とそそくさと店を出て行ってしまった。
図らずも二人きりになってしまったせいで、食卓には重たい沈黙が流れている。 昨日とは打って変わった、朝のけだるい時間。昨日あれほど自分をリードしてくれたひめも、今はただ黙って箸を動かしている。
(一応、私の方が先輩なんだし……こういう時は何か話しかけなきゃダメだよね)
「あの!」 「あのさ!」
意を決して口を開いた瞬間、ひめも同時に顔を上げた。
「えっと、どうしたの、ひめちゃん」
「え、いや、ほまれちゃんこそ何?」
気まずさのあまり、ほまれの視線が泳ぐ。沈黙を破るためだけにひねり出そうとした話題は、この瞬間に霧散してしまった。
「ええと……ひめちゃんから先にどうぞ」
ほまれはぺこりと頭を下げ、譲るように手を差し出した。
「じゃあ、遠慮なく……。実はさ、お店の制服、ちゃんと作った方がいいと思うんだ。昨日の割烹着じゃダボダボで清潔感が出しづらいし。かといって腰巻エプロンだと……なんか、可愛くないでしょ?」
ほまれは虚を突かれた。衣服に無頓着な彼女は、「多少ぶかぶかでも、昨日の割烹着でいいや」くらいに考えていたのだ。だが、言われてみれば確かに、だらしない格好で接客をするのは失礼かもしれない。
「そ、そうだね……。でも、ここら辺に服屋さんなんてないし。ましてやお店の制服なんて、どこで売ってるんだろう……」
「それなんだけどさ! 私にいいアイデアがあって!」
ひめが箸を置き、キラキラとした瞳を向けてくる。
(ノーメイクなのに、完成された目だなぁ……)
ほまれは、話の内容も忘れて、ひめの美しい瞳に見惚れてしまった。
「ほまれちゃん、聞いてる?」
「あっ、ごめん! アイデア、聞かせて!」
ほまれが慌てて聞き返すと、ひめは得意げな笑みを浮かべて身を乗り出した。
「この割烹着を、可愛くリメイクするのはどうかな?」
「リメイク!?」
驚きで、ほまれの声が少し裏返った。手先はどちらかと言えば器用な方だが、割烹着をリメイクするとなると話は別だ。かなりハードルが高いように思える。だが、ひめの自信に満ちた様子を見る限り、何か考えがあるのかもしれない。
「そう! さっき戸の隙間からちらっと見えたんだけど。古いミシンがあったの! あれが使えれば、サイズ直しもできるし、なんなら可愛くデコれると思うんだ!」
その言葉に、ほまれの脳裏をかすめる景色があった。 幼い頃、おばあちゃんの膝の上で、一緒に布をミシン掛けした記憶。 「ほまれ、お目目がいいから助かるわ」と言って笑うおばあちゃんに頼まれて、小さな指で一生懸命に針の穴へ糸を通した。指先に残るあの柔らかな糸の感触と、誇らしかった気持ちが、一気に蘇ってきた。
「あ! それっておばあちゃんのミシンかも」
ほまれのすぐ横の部屋は、祖母が昔使っていた部屋だ。そこには、足踏み式の古いミシンがそのまま残されていたはずだ。
(確かに、あれが今でも動くなら……なんとかなるかもしれない)
二人は朝食を食べ終えると、さっそく祖母の部屋へと向かった。 わずかに開いていた重たい引き戸を、二人で押し開ける。 すると、カーテンの隙間から差し込む日光を浴びて、重厚な黒いミシンが神々しく輝いていた。
「なつかしい……」
ほまれは導かれるようにミシンへ駆け寄ると、その冷たく滑らかな機体を優しくなでた。
「おばあちゃんとここでいろいろ作ったなぁ。もう十分あるのにさ、コースターとか、クッションとか……置ききれないほど作っちゃって。よく二人でお母さんに怒られたっけ」
少し潤んだ瞳で、ほまれは小さく笑った。
「素敵な思い出……! でもそれならなおさら、ここでただ眠らせておくより、使ってあげた方がおばあさんも喜ぶよ!」
ひめの真っ直ぐな言葉が、部屋の淀んでいた空気を塗り替えるように響いた。
「そうだ……」
ほまれは、何かを思い出したように顔を上げた。
「昔使っていた端切れとか、着なくなった服とかいろいろ使えそうなものがあるかもしれない」
視線の先には、押し入れの横に鎮座している桐箪笥があった。
「え、いいじゃん! 探してみようよ」
ひめがさっそく動き出す。二人は宝探しでもするかのように、箪笥の引き出しや押し入れをガサガサと物色し始めた。
「これなんか、どうかな?」
ほまれが奥から引っ張り出したのは、色とりどりの布切れだった。
「こっちも素敵! 見て、これ!」
ひめも負けじと、隅の方から繊細なレースの端切れを見つけ出す。
二人は畳の上に、布たちを広げた。
「これだけあれば、なんとかなりそうだね」
ひめは昨日大五郎から手渡された、少し色あせた割烹着を撫でながら言った。
「でも……」
ほまれは、不安げに首をかしげた。
「本当に、私たち二人だけで直せるかな?」
自分の言葉で空気を凍らせてしまったあの日から、ほまれの自信はひび割れたままだ。何かを新しく作り出すということに、どうしても指先がこわばってしまう。
「大丈夫! こういうリメイク、私得意なんだ。せっかく働くならさ、可愛い制服の方がテンション上がるじゃん!」
自信満々に笑うひめを見て、ほまれの胸が少しだけチクりとした。何にでも物怖じせず突き進む彼女のまぶしさに、引っ込み思案な自分を比べて引け目を感じてしまったのだ。
(ううん、落ち込んでちゃダメだ。……今の私にできることを探さなきゃ)
ぎゅっと拳を握りしめる。昨日の料理で五郎たちに褒められたあの小さな手応えが、すくむ背中をそっと押してくれた気がした。
「よし。じゃあ、私はこっちの布で腰ひもつくるね!」
ほまれは布を手に取ると、完成形を頭に描きながら、迷わずハサミを入れた。
「いいネ! 絶対可愛くなるよ」
ひめもまた、割烹着を広げて流れるような手つきで形を整え、ミシンへと向かう。
カタカタカタ……。 静かな和室に、足踏みミシンの心地よいリズムが響き渡る。 やがてミシンの音が止まったとき、二人の顔には自然とパッと明るい笑みが浮かんでいた。
「完璧! ほら見て、ほまれちゃん!」
完成したのは、祖母の割烹着の面影を残しつつ、繊細なレースをあしらった世界に一つだけの「こいこい」特製制服だった。上下はそのまま割烹着の形を活かし、余った布でミニスカート風に仕立て直している。腰の部分には、ほまれが格闘して作り上げたリボンが結ばれていた。
「私、このピンクのリボンの方にしよーっと!」
ひめが迷わず、自分の雰囲気にぴったりの華やかな一着を手に取った。
「私は……この赤いのにしようかな」
ほまれは、りんご飴のような真っ赤なリボンが白地に映える一着を、愛おしそうに手に取る。
二人はさっそく袖を通し、鏡の前でくるりと回った。
「……似合うかな……」
ほまれが不安げにひめを見る。
「最高だよ! ほま、めっちゃ可愛い!」
「……ほま?」
不意に呼ばれた聞き慣れない愛称に、ほまれの心臓がトクンと跳ねる。ひめの言葉に、ほまれの頬はリボンの色と同じように赤く染まった。
「あっ、ごめん! なんか……つい、ほまって呼びたくなっちゃった。嫌だった?」
ひめが少し焦ったように顔を覗き込んでくる。
「嫌なんかじゃない! ……じゃあ私も、『ひめ』って呼んでいい?」
ほまれが恐る恐る尋ねると、ひめはパッと花が咲いたような笑顔になった。
「もちろん!」
二人は顔を見合わせ、どちらからともなくえへへと照れくさそうに笑い合った。 古い和室の重たい空気は、新しい制服に身を包んだ二人によって、一気に華やかで軽やかなものへと塗り替えられていった。
すっかり打ち解け、鏡の前ではしゃいでいると、廊下の方からコツコツと重たい足音が近づいてきた。
「おい、遊んでないでそろそろ仕込みの時間だぞ……」
スパーンと引き戸が開き、呆れたような顔の五郎が姿を現した。
「あ、五郎さん!」 「見て見て、新しい制服!」
二人が一斉に振り向き、ポーズを決める。五郎は足を止め、じろりと二人を上から下まで眺めた。わずかな沈黙。彼はふっと口角を上げる。
「……フン。なかなか可愛いじゃないか」
さらりと、だが確かな熱を帯びた言葉。
「え……」 「……ありがと」
驚くほど直球なセリフに、二人はわずかに顔を赤らめた。




