第14章ノ1 化け猫伝説
容赦なく照りつける真夏の太陽が、店のガラス戸を白く飛ばすほどの強い日差しを投げかけている。フル稼働している年代物のクーラーが「ウゥーン」と低い唸り声を上げているが、それでも『こいこい』の店内には、どこかまとわりつくようなじんわりとした熱気が漂っていた。
梯子の下にあるテーブル席は、さながら小さな内職工場のようだった。
「はぁあ〜……。定期的にやってくるこの箸を袋に入れる作業、地味に大変すぎる……」
ほまれはテーブルの上に山と積まれた割り箸の束を睨みつけ、額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら頬をぷくっと膨らませた。
「私は……こういう作業、好きです……」
不満げなほまれとは対照的に、しずくの手つきは正確だった。すっすっとリズム良く箸を袋に滑り込ませていく。クーラーの風に淡い水色のボブヘアを揺らすその横顔は、この単調な作業の時間を心底楽しんでいるかのように穏やかだった。
その隣では、双子が洗い立ての大量のおしぼりをたたむ作業に没頭している。
「くるくるくる……」
小町がつぶやきながら、手際よくおしぼりを筒状に丸める。
「くるくる、くるりんっ……」
小鶴もその隣で、小町と全く同じテンポで合いの手を入れながら作業を進めていく。まるで二人の間にだけ音楽が流れているかのような見事なシンクロ率で、カゴの中にはあっという間におしぼりの白い山がうずたかく築かれていった。
「というか……ひめはさっきから2階で何してるんだろう……」
ほまれはふうっと息を吐き、梯子の上を見上げた。中二階のスペースで何かごそごそと作業をしているであろうひめの、頭のてっぺんだけがチラチラと見え隠れしている。
その瞬間。 ガタッ!とひめが立ち上がったかと思うと、おもむろに梯子につながるガラス窓を勢いよく開け放った。
「できたぁっ!」
勝利宣言のような弾んだ声と共に、ひめが高々と何かを掲げる。 ほまれは目を細め、グッとひめの手に焦点を合わせた。
「だい……五郎……?」
誇らしげなひめの手には、大五郎の特徴を見事に捉えた、手作り感あふれる可愛らしいマスコットぬいぐるみが握られていた。
「そう! 特製・大五郎キーホルダー!」
ひめは満面の笑みを浮かべ、それを見せびらかすようにいそいそと梯子を下りてくる。
「ひ、ひめ! 気を付けて!!」
トントンと軽快に下りてくるたびに、彼女の短いミニスカートがふんわり、ひらりと危うげに宙を舞う。今にも下着が見えそうな無防備すぎるその姿に、ほまれは慌てて目を逸らしながら声を張り上げた。
「見ないでよ! すけべ」
梯子を下りきったひめは、ニタニタといたずらっぽい笑みを浮かべてほまれをからかう。
「こ、これひめちゃんが作ったの? すごいね!」
小町はひめの手から大五郎マスコットを受け取ると、目を丸くしてしげしげと眺めた。
「うん、ちゃんと特徴捉えててすごい。特にこの……前髪と、ちょんまげ」
小鶴も横からのぞき込み、マスコットの頭からぴょんと伸びた黒毛の束を指先でツンツンとつつく。
「えへへ、結構似てるでしょ。なんかこの商店街の起爆剤にならないかな~って作ってみたんだけどぉ」
ひめは得意げに胸を張った。だが、ふと声のトーンを落とし、意味ありげに口角を上げる。
「でぇ、これ作ってて、ひとつ気がついたことがあるんだけどさ……」
もったいぶるように言葉を区切るひめに、ほまれは嫌な予感がした。
「な……なに?」
ほまれは思わず身構える。
「大五郎と五郎さんって、どこか似てない?」
ひめのストレートすぎる言葉に、ほまれの肩がビクンッと大きく跳ねた。
「そそそそ、そうかな……!?」
動揺のあまり声が上ずり、割り箸を握る手にギリッと無駄な力が入る。
(……なんなんだ、このたまに発揮されるひめの鋭すぎる勘は……!)
ほまれが心の中で頭を抱えていることなど露知らず、ひめは自分の推察に満足げに頷いた。
「なんかさ……この特徴的な大五郎の前髪の感じとかぁ。五郎さんはちょんまげは無いけど、同じような感じで髪の毛後ろで束ねてるしぃ」
「たしかに……言われてみれば、そうかも……」
小鶴が、手の中のマスコットをジーッと見つめながら考え込んだ。
「でさでさ、もっとスゴイことに気がついちゃったんだよねぇ……私!」
ひめは一層テンションを高め、まるで名探偵のように不敵な笑みを浮かべる。
「な……なに……?」
これ以上掘り下げるのはやめてくれと言わんばかりに、ほまれは割り箸を握りしめたまま身をかがめた。すでに全身からじっとりと嫌な汗が吹き出している。
「大五郎がいるときは五郎さんがいなくて! 五郎さんがいるときに大五郎はいない!!! つまり、二人が同時にいたことがないの!!」
ビシッと人差し指を突き出すひめ。 静まり返った店内に、彼女の自信満々な声だけがこだまするように響き渡る。 あまりの核心の突かれっぷりに、ほまれは言葉を失い、ただただ目をまん丸に見開いて硬直するしかなかった。
「た…たしかに小町も二人一緒にいるところ、見たことない……」
「でしょでしょ!? 一つ屋根の下で暮らしてるのにおかしい。ぜぇえええったいにおかしい!」
ひめは、確信めいた顔で鼻息を荒くする。 完全に退路を断たれたほまれは、もうどうフォローしていいのかわからず、石像のように固まることしかできない。
「でも……それってどういうことなんだろう。大五郎ちゃんがいるときに……五郎さんはいない……」
小鶴は顎に手を置き、真剣な顔で考え込む。
「五郎さんがいるときに……大五郎ちゃんはいない……」
小町も、パズルのピースを繋ぎ合わせるように繰り返す。
「「それって……もしかして……」」
双子の声がピタリと重なり合い、答えが導き出されそうになった、まさにその瞬間。
「それって、今度こそ『化け猫』だったりしてぇ」
「ひっ!?」
どこから入り込んだのか。テーブルの下から唐突に現れたさいかの顔に、ほまれは素っ頓狂な声をあげる。
「い……いつの間にいたの……」
ほまれが胸を押さえて息も絶え絶えにツッコミを入れるが、ひめたちはさいかの神出鬼没ぶりをすっかりスルーしていた。
「そういえばなんか、前にも化け猫のうわさなかったっけ? って、あれはしずくのことか」 さいかがテーブルの下から這い出してくるのを気にする様子もなく、ひめが平然と話を進める。
「ここら辺にはさ……昔から、化け猫伝説があるんよ」
さいかが空いた椅子にちょこんと座り直し、わざとらしく声をひそめて語り始める。
「むかーし、むかし。月見商店街には、ここら辺一帯を守っている巫女がおりました。彼女の名は『お松』。お松は月のように美しい容姿をしておりました。しかし、彼女を求めて男たちは次々と狂い始め、争いが絶えなくなってしまった。お松はこの土地を深く愛していたけれど、自分がいることで平穏が失われていくことにひどく思い悩んでしまった。 そんな彼女の心をただ一つ支えていたのが、一匹の三毛猫でした。お松から度重なる相談を受けていた三毛猫だったけど……ある日、とうとう彼女は海へと身を投げてしまう。そして、身寄りのなくなった三毛猫は、主人の帰りを待つあまり、そのまま怪異へと変わり果ててしまうのでした……」
さいかは口上を終えると、満足げにふうっと一息ついた。
「なんか、どっかで聞いたことあるようなないような、ありきたりな言い伝えね」
ひめはつまらなそうに、自分の髪の毛をくるくると指で回した。
「まぁ、伝説なんてそんなもんよ。でも! 化け猫を見たっていう話は、今でもちょくちょく聞くんだから!」
「それってしずくちゃんのことで一件落着したんじゃなかったっけ……」
ほまれは、なんとかこの話題を終わらせようと必死に口を挟む。
「それはそれ! これはこれ! 大五郎と五郎さんの秘密には関係ない!」
ひめがきっぱりと言い放つ。
「そうそう! 化け猫伝説について調べてみれば、大五郎ちゃんと五郎さんのことも何かわかるんじゃない?」
さいかが身を乗り出してひめに詰め寄る。ひめもまんざらでもない様子で、面白そうにさいかを見つめ返した。
(この二人がこんなにも意気投合しているの……初めて見た……)
ほまれは、予期せぬ最悪のタッグ誕生に、引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
「じゃあ! お店が始まるまで、いろいろ調べに行ってみない?」
ひめが、ポンッと拳を手のひらに打ちつける。
「ああ……」
ほまれは、がくっと深く頭を落とした。もはや、ほまれ一人の力ではこの暴走列車の収拾がつかない展開になってしまった。 ……しかし、心のどこかで、ほまれ自身も大五郎について、もっと深く知りたいという小さな好奇心が芽生えていたのも事実だった。
「 そうと決まったら、私、さいかが案内人を務めます『月見商店街・化け猫オカルトツアー』の開催です!」
さいかは椅子から元気よく立ち上がり、ビシッと頭上を指差した。
「よおし!」
ひめも呼応するように勢いよく立ち上がり、自慢の胸を豊かに揺らしながら、気合を入れるようにぐっと胸を張った。




