第13章ノ2 復活ののろし
「くぅうう!! 久しぶりのここでのラムネ、染みわたる!!」
さいかは、キンと冷えたラムネを一気に飲み干した。灼熱のような外の暑さから逃れ、今はクーラーが効いた店内で優雅にカウンターに腰掛けている。さいかは、ぐでんと椅子の背もたれに体を預けてのけぞった。
「ねぇ! さいか!! 夏祭り復活って本当?」
ほまれは、のんびりくつろぐさいかの肩を勢いよく揺さぶった。
「わぁ! そんな急かさないでよ、ほま! まだ完全に決定したわけじゃないから!」
その言葉を聞き、ほまれの勢いがピタリと止まった。
「そうなの……?」
「うん……。最近、ほまたちのおかげで、少しずつ商店街にお客さんが戻ってきたじゃん。それを見て、お父さんがなんとか商店街の人たちにも働きかけてみようって」
自分たちの行動が、少なからず月見商店街の力になっているという事実に、ほまれは胸が熱くなった。さいかと再会したときに交わした夏祭り復活の願いが、早くも叶うかもしれないのだ。
「それに……近々、ずっと工事してた宇宙開発機構の社宅が完成するんだって」
さいかはポケットから月見商店街一帯が記された地図を取り出した。商店街から少し離れた敷地が赤丸で囲われている。どうやら大規模なマンションが建設されているらしい。
「あー! もしかしてあそこ?」
ほまれが思い出したように言った。
「新しそうな施設の隣でまた工事してるから何かと思ってたら、社宅だったんだ」
ほまれが小さかった頃にはなかった新しめの大きな施設。入口には『NYASA』と大きく書かれていて、おそらく山本さんたちが働いている会社はここなのだろうと想像していた。その隣に目隠しで囲われた大きな建物が建設されていたが、まさかそれが社宅だとは思いもしなかった。いったい何人ぐらいの人がこの街に引っ越してくるのだろうかと、ほまれは想像を膨らませた。
「その社宅が完成したら、この辺りの人口、相当増えるわね……」
ひめは、腕を組みながら話に入ってきた。
「家族を巻き込めたらこっちのもんよ。会社で働くサラリーマンをターゲットにするのも大事だけど、飲食店選びって、奥さんやお子さんの意見が結構大事にされるからね」
ひめは、実家の居酒屋での経験を振り返るように、自信ありげに言った。
「そう! だからアピールも兼ねて、夏祭りを今月末に開催するのはどうかって、この間の会議で出たの」
さいかは真剣な眼差しで頷いた。 夏祭りで出店をやれば、新しく越してくる人たちに味を知ってもらえるまたとない機会だ。『こいこい』を含め、月見商店街の味が美味しいとわかってもらえれば、定期的に足を運んでもらえるかもしれない。
これは、月見商店街のこれからを懸けた一大プロジェクトになる。 ほまれは直感的にそう思った。
「まぁでも……まだ出店できるお店が少なすぎるんだよね…」
そこまで言い終わると、さいかは空になったラムネの瓶をカウンターにコトンと置いた。
「また何か進展があったら知らせに来るね!」
「うん、ありがとう! うちらも手伝えることあったらいつでも言って! なんだってやるから!」
ガラガラ、と引き戸が閉まる音が響き、さいかが持ち込んだ嵐のような熱気がふっと収まる。ほまれは、ガラス戸の向こうへ駆けていく親友の背中が見えなくなるまで、力いっぱい手を振って見送った。
「夏祭り……できるといいですね」
静かな店内で、しずくがほまれの隣にすっと立ち、小さく声をかけた。
「うん! そのためにも、『こいこい』をもっと盛り上げよう!」
ほまれは気合を入れるように両手でパチンと軽く頬を叩いた。
「そうですね……。お店を盛り上げるには、どうすればいいのでしょう……」
しずくは透き通るような青白い腕を組み、紫色の瞳をきゅっと細めて真剣に考え始めた。
「もっとこの変態猫を前面に押し出すとか? ぬいぐるみとか、シールとか缶バッジとかいっぱい作ってさ。外でキャーキャー言ってる子たちに売りつけて、一儲けするのもありよね」
ひめが、ご自慢の髪をくるくると指で巻きながら、冗談めかして言った。その言葉に反応したのか、大五郎が「にゃごっ」と抗議するように耳をピクッと動かす。
「それもいいけど、グッズ目当てだと一時的に盛り上がるだけで終わっちゃうよ。美味しいって思ってもらって、定期的に通ってもらえるような策を練らないと……」
ほまれは現実的な経営者の顔に戻り、うーんと唸る。
「だったら……新しい、かわいい制服を作る……」
厨房から、小町がか細く愛らしい声でぽつりと呟いた。その表情はどこか、夢見る乙女のような顔をしている。
「お姉ちゃん、それ……自分がただ可愛い服を着たいだけじゃん……」
すかさず小鶴が、冷静なツッコミを入れた。
「まぁ、冗談はさておき。マジの回答するなら……『メニュー数を増やす』ってのが一番手っ取り早くて確実かもね」
ひめが、さっきまでのおちゃらけた態度から一変して、スッと声のトーンを一段落とした。
「今の『こいこい』は、圧倒的にメニューが足りない。ウチの実家の半分以下だもん」
ひめの率直な言葉に、ほまれは腕を組んで深く考え込んだ。 メニュー数を増やす。確かに、新しい料理を目当てに来てくれる新規のお客様も増えるだろうし、選べる楽しさがあれば、常連客が足を運ぶ頻度も上がるかもしれない。
しかし、頭の中でシミュレーションをしてみると、現実的な障害はいくつも浮かび上がってくる。 メニューが増えるということは、それだけ仕入れる食材の種類も増えるということで、そうなれば管理も難しくなる。 仕込みや調理の工程も複雑になれば、必然的に厨房に立つ自分や従業員たちの負担も増えるだろう。
「でも…そうなると、みんな今よりもっと大変になるんじゃないかな…」
ほまれは、視線を落とし考え込んだ。
「別にっ。やれることはやるべきよ。大変だろうと何だろうと。私は、中途半端なことしてこの店がなくなるほうがよっぽど困るけどね」
ひめはモップを持つ手にグッと力を込めながら、あっけらかんと言い放った。その迷いのない声に、ほまれはハッと顔を上げる。
「そうです…。私、最初に来た時よりもできることが増えました。もっと、みんなの役に立ちたいです」
しずくは、真っ直ぐな紫色の瞳でほまれを見つめた。『こいこい』へやってきた時よりも幾分か艶を取り戻した淡い水色のボブヘアが、ふわりと揺れる。
「ありがとう……。小町と小鶴も、忙しくなっても手伝ってくれるかな……?」
ほまれの自信なさげな問いかけを吹き飛ばすように、双子は言った。
「「もちろん!」」
屈託のない笑顔とともに放たれた言葉に、ほまれの覚悟は決まった。
「よし。さっそく今日から、メニュー強化週間をはじめます!」
ほまれは気合を入れるように、『こいこい』の制服の袖をグッとたくし上げた。




