第12章ノ2 変装
真夏の太陽が容赦なく照りつける月見商店街。シャッターの閉まった店舗が並ぶ通りを、五郎はいつもより少し早足で歩いていた。 その少し後ろを、電柱や看板の陰に隠れながら、ほまれたち5人がぞろぞろと後をついていく。
「ちょっと、五郎さん歩くの早すぎ……」
ひめが文句を言いかけたその時、前を歩いていた五郎がピタリと足を止めた。 ほまれたちは慌てて、近くの路地に身を隠す。
五郎は振り返ることはせず、少しだけ顎を上げ、まるで風の匂いを嗅ぎ分けるように鼻をひくつかせた。周囲を警戒するその動作は、人間というよりも、路地裏で敵の気配を探る野良猫そのものだった。
「……五郎さん、何してるんだろう」
「しーっ。見つかっちゃうよ」
ほまれが小声で呟き、しずくがそっと口元に人差し指を当てる。 五郎は何かを確信したように、商店街の端にある遺跡公園へと歩き出した。
そこには、日傘をさして立つ一人の女性の姿があった。 黒髪のツインテールに、分厚い眼鏡。今朝「こいこい」の裏口に現れた、あの女性記者・澪だ。
五郎が近づくと、澪は日傘を少し傾け、彼を見上げた。二人は言葉を交わすでもなく、ただじっと互いの目を見つめ合う。その間には、ほまれ達には到底入り込めないような、重く、張り詰めた空気が漂っていた。
やがて五郎が短く顎をしゃくると、澪は静かに頷き、二人は並んで歩き出す。そして、公園の向かいにある古びた純喫茶の重厚な扉を開け、中へと消えていった。
「……入っていった」
角の喫茶店の窓越しに覗き込むと、五郎があの女性記者と向かい合って座るのが見えた。
「これ以上近づいたら、ばれちゃうよ……!」
小鶴が、しずくの背中に隠れながら小さく悲鳴を上げる。5人は喫茶店のはす向かいにある一本の電柱の陰に、上から下まで数珠つなぎになって、息を殺して身を潜めた。
「そんなこと言ったって、ここじゃ何話してるか聞こえないじゃん」
耐えきれなくなったひめの体がじりじりと電柱からはみ出していく。
「よし……。変装して近づこう!」
名案を思い付いたとばかりに、ほまれは右手のこぶしを掌に打ち付ける。
「変装って、何にも持ってきてないけど」
ほまれの提案に、ひめがあきれたように突っ込みを入れる。だがほまれの目はすでに決意に固まっていた。
「ひめと私はストレート髪を下ろして、小鶴と小町は、私たちの使ってるゴムでツインテールにする。しずくちゃんは後ろで一つ結びにして、お姉さん風にしよう!」
「……それ、ただ髪型を変えただけじゃない。」
ひめは呆れたように突っ込みを入れつつも、ほまれの気迫に押されて、器用に自分のツインテールを解き始めた。
「いくら五郎さんでも、気がつくと思うけど……」
小町は不安げに首をかしげる。しかし、ひめが自分のゴムを使って手際よく小町の髪を結い始めると、新しい髪型になるのが楽しみになったのか、すぐに大人しくそれを受け入れた。一方の小鶴は案外ノリノリで、ほまれからゴムを受け取ると、自分から器用に髪を結び直していく。
「私……お姉さん風になんて、なれるでしょうか……」
しずくだけは、自分に自信が持てないのか、俯いてモジモジとしていた。
「ほら、私が結ってあげるから!」
じれったいとばかりに、ひめはほまれからゴムを受け取ると、しずくの背後に回った。細い指先を器用に使って、しずくの淡い水色の髪を、うなじが見える低い位置でしっとりとまとめ上げていく。
少し大人びた雰囲気になったしずくの横顔に、ひめは「よし、完璧!」と力強く頷いた。
「こっちもできたよ!」
小町の髪を慣れない手つきで結い上げたほまれが、満足げに顔を上げる。
「よし、みんな。私たちはいつもの自分じゃない! 今の髪型にふさわしい女になるのよ!」
ほまれが高々と拳を突き上げると、4人は喫茶店のガラスにうっすら映る自分たちの姿を確認し、深く頷き返した。
まず、髪をストレートに下ろしたひめとほまれが先陣を切った。二人は、自分たちが想像する理想のお嬢様になりきり、ペンギンのような小さな歩幅でしずしずと歩き出す。
「おほほほ。午後は紅茶でティーパーティーかしら」
ほまれが、横を歩くひめへ視線を投げた。
「そ……そうだすわね」
ひめの微妙に訛ったお嬢様言葉に、後ろに続く3人は必死で吹き出すのをこらえた。
次に続いたのは、高めのツインテールで、天真爛漫な幼女になりきった小鶴と小町だ。二人はわざとらしく手を繋ぎ、それを大きくぶんぶんと振り回しながらスキップで続く。
「おねえちゃーん、私、メロンソーダー!」
「私は、ミックスジュースにするー!」
普段の二人よりも数段高い、かわいらしさを強調した裏声が店内に響き渡った。
そして最後尾。後ろで短めの一つ結びにしたしずくが、緊張でガチガチになりながらも、歩を進める。
(おとなっぽく……おとなっぽく……)
しずくは心の中で、必死に自分へ言い聞かせた。
「きょ……今日は、ここで読書でも、たしな……たしな……もう……かしら」
しずくの消え入りそうな声が、静かな店内に溶け込もうとした、その時。
「……何やってるんだ、お前ら」
五郎が口をあんぐりと開け、入店したばかりの5人に身も蓋もない声をかけた。




