第11章ノ3 ピーマンの肉詰め
ふたたびほまれはピーマンに向かい合った。
「ひめ、小町ちゃん、小鶴ちゃん、しずくちゃん。少し手伝ってくれる?」
ほまれが声をかけると、「しょうがないわねー」とひめが腕まくりをし、他の三人も目を輝かせて頷いた。
ほまれがピーマンを先ほど同様に半分に切ると、小町と小鶴が小さな指を使って、一生懸命に中の種を取り除いていく。
その間に、大きめのボウルに豚肉350g、みじん切りにした玉ねぎ1個、塩コショウ、卵1個、生姜汁大さじ2分の1、醤油大さじ2分の1、塩ひとつまみ、片栗粉大さじ1.5を入れる。
「わたし、こねこねしてみたいです……」
「もちろん!しずくちゃんお願い!」
しずくがそっと両手を差し出し、ひんやりとした肉だねを指の隙間から押し出すようにして、粘り気が出るまで丁寧によく混ぜ合わせた。
「次は、薄力粉をピーマンにつけてもらおうかな」
ほまれが小さな茶こしを渡すと、双子は半分に切っておいたピーマンの内側に、ポンポンと楽しそうに薄力粉を振っていく。
「雪みたいだね!」
はしゃぐ二人を横目に、今度はひめがスプーンを手に取った。しずくがこねた肉だねを、粉を振ったピーマンに次々と詰めていく。
「焼くとお肉が縮むから、ピーマンから少し肉だねをはみ出させて、こんもりとした半月型になるようにお願い!」
「なるほどね、任せなさい」
ほまれのアドバイスを受け、ひめは手際よく綺麗な半月型の肉詰めを量産していった。
フライパンにサラダ油大さじ1を引き、肉の方の面を下にして焼く。ジューッという食欲をそそる音に、手伝ってくれた四人がコンロの周りから期待に満ちた顔を覗き込んだ。焼き色が付いたらひっくり返し、酒を入れて蓋を閉め、5分ほど蒸し焼きにしていく。
中まで火が通ったら取り出し、皿に盛りつけていく。先ほどのフライパンに残った肉汁に、醤油大さじ2、みりん大さじ2分の1、酒大さじ1、砂糖小さじ2分の1を入れて火にかけ、照りが出るまで煮詰めてソースを作る。
「お待たせしました。『ピーマンの豚肉詰め・ほまれ特製ソース』です」
ほまれは、こんがりと美しい焼き色のついた肉詰めピーマンを源蔵の前にそっと置いた。熱々の豚肉から溢れる肉汁と、火を通すことで香ばしさを増したピーマンの香りが湯気となって立ち上る。
源蔵は箸を手に取ると、ずっしりと重い肉詰めをそのまま大きく一口かじった。パリッというピーマンの小気味よい音に続いて、じゅわっと肉汁が溢れる音が響く。
ほまれは祈るように手を握りしめ、源蔵の顔を真っ直ぐに見つめた。
「…………」
源蔵はゆっくりと咀嚼し、目を閉じた。やがて静かに目を開けると、その皺くちゃな顔に、今日一番の深い笑みが広がった。
「……見事だ。豚肉の濃厚な脂と甘みが、ピーマンの強い苦みと香りをしっかりと受け止めている。ピーマンがただの『器』ではなく、主役として堂々と肉を引っ張っておるよ。よくやったな」
「よかった……」
ほまれはその場にへたり込みそうになるのを必死に堪えた。
「じゃあ私たちもいただきまーす!」
ひめの合図で、双子としずくも一斉に肉詰めに箸を伸ばす。
「小町、これ好き!ピーマンの苦みがお肉に合わさっておいしい!」
「小鶴もこれ好き!」
全員が満面の笑みを浮かべ、ほまれの料理を口々に絶賛した。その光景に、ほまれの胸の奥がじんわりと温かくなる。すると、源蔵が皿に残っていた最後の一個をほまれの前にスッと差し出した。
「さぁ、料理人さん。自分でも食べてごらんなさい」
「えっ……」
ほまれは固まった。だが、源蔵の目は優しくも逃げ場を許さない。ほまれは意を決し、震える手で箸を持つと、自らが作り上げた「至高の肉詰めピーマン」を口に運んだ。
周囲が固唾を呑んで見守る中、ほまれはゆっくりと咀嚼する。その表情から先ほどの怯えが消え、職人として己の味を客観的に確かめる、真剣で凛とした顔つきに変わっていく。
「……うん。豚の脂が青臭さを包み込みつつ、ピーマンの苦みがしっかりスパイスのように効いていて、全体の味を引き締めている。素材の味が最大限に生かされている……。我ながら、完璧なバランスで上手くできました……」
プロ顔負けの完璧な食レポに、源蔵が満足げに深く頷いた。
その瞬間。
「……うぅっ……」
凛としていたほまれの顔が、突如として激しく歪んだ。両目に涙をいっぱいに溜め、ほまれは情けなく口元を抑えて叫んだ。
「でも……やっぱり、苦いぃぃっ……!!」
一瞬の静寂の後、「こいこい」の食堂に、堪えきれなくなった全員の大爆笑が響き渡った。
その瞬間、入口の引き戸がカラカラと開き、買い出しの荷物を抱えた五郎が入ってきた。
「店の真ん前にトラックが止まってるが……って、源蔵さん!」
五郎は店内の源蔵の姿を認めると、荷物を置き、小走りで駆け寄って深々と挨拶をした。源蔵は五郎へ視線を移すと、ほまれの祖父を懐かしむように目を細めた。
「五郎くん……。桐の木の爺さんのところに、こんなに才能のあるお孫さんがいたんだね」
「はい。彼女には、私も驚かされることが多いです」
五郎がコンサルタントのような真面目な顔つきで頷くと、源蔵は満足そうに「そうか」とこぼした。
「この若い才能を糧に、月見商店街を頼むよ」
源蔵はそう言うと、あれほどテコでも動かなかった椅子から、よっこらしょと立ち上がった。そして、ほまれに向かって、この日一番の優しい笑顔を向けた。
「ほまれちゃん。小町と小鶴と、これからも仲良くしてやってな」
「……はい!」
源蔵が店を後にすると、嵐が去った後のような心地よい疲労感と静かな活気が「こいこい」に降りてきた。五郎は不思議そうに、ほまれと空になった皿を交互に見比べた。
「何があったか知らんが……よかったな、ほまれ。あの爺さんはなかなか頑固だぞ」
五郎が感心したように言うと、ほまれは口の中にまだほんのりと残るピーマンの苦味を思い出しながら、遠い目をしてぽつりと一言つぶやいた。
「…………知ってる」




