第11章ノ1 好き嫌い
太陽の容赦ない日差しが、じりじりと肌を焦がすように照りつける。ほまれは自室の窓から身を乗り出し、ベランダの柵に取り付けられた物干し竿にパタパタと洗濯物を干していた。
ふと隣の窓に目をやると、同じように身を乗り出したひめが、勢いよくバスタオルを広げているところだった。バッサバッサとはためくタオルが目隠しのように揺れているが、その隙間からチラリと見え隠れする下着は……どう見ても、ほまれのものとは段違いの立派なサイズだった。
「ちょっと! そんなに人の洗濯物をじろじろ見ないでよ。すけべ!」
「み……見てないよぉ!」
ほまれが顔を真っ赤にして否定したその時、一台のトラックが低いエンジン音を唸らせて真下で止まった。運転席から一人の老人が顔を出し、眩しそうに額に手をやりながら、二人のいる二階を見上げた。
「やぁ、ほまれちゃん。元気かい?」
聞き覚えのある声に、ほまれは慌てて身を乗り出し、老人に向かって声を上げた。
「芒野さん!」
その声を聞きつけ、ほまれの後ろから小町と小鶴がひょっこりと顔を出す。
「「おじいちゃん!」」
双子は弾けるような満面の笑みを浮かべ、身を乗り出してちぎれんばかりに手を振った。
* * *
「コーン茶です。どうぞ……」
一階の食堂。冷房の効いた涼しい店内で、しずくが水滴のついたグラスを、こぼさないよう両手で慎重にテーブルへと置いていた。芒野源蔵は、しずくに軽く会釈をすると、グラスの中で氷を涼やかに鳴らしながらお茶を煽った。
「おいしいお茶だね。トウモロコシの豊かな香りが、口いっぱいに広がるよ」
「ありがとう……ございます」
自分が今朝方、煮出しておいたお茶を褒められ、しずくはどこか誇らしげに小さく微笑んだ。
「ところで、おじいちゃん。この中、何が入ってるの?」
小鶴は源蔵の隣に陣取ると、テーブルの上にどんと置かれた大きな段ボールを指さした。
「あぁ、そうだそうだ。さぁ、開けてごらん」
源蔵に促され、小鶴が小町と目配せをする。二人は期待に胸を膨らませて、ガムテープの封を解いた。パカッと蓋が開かれると、中には夏の光を跳ね返すほどつややかな、瑞々しい緑色のピーマンが、箱がはち切れんばかりにぎっしりと詰まっていた。
「わぁ! いっぱいだ!」
小鶴が歓喜の声を上げる。小町もその鮮やかな緑色を、まるで宝物でも見るかのように愛おしそうに見つめた。
「小町……うれしい。これ、おじいちゃんと一緒に苗を植えたやつ。こんなに大きく育ったんだ……」
「こいこい」に来る前、双子が源蔵とともに畑で汗を流して植えた、大切な、大切な収穫物だった。小町が、テーブルの後ろで見守る三人に手招きをする。
「みんなも……見てみて」
ひめとしずくは、にこにこしながら段ボールをのぞきこんだ。
「すっごい。大きい、あおあおとしたピーマンじゃん!」
ひめが段ボールからピーマンをひとつ取り出すと、しげしげと見つめた。
「す…すごいです。おいしそう」
しずくも段ボールの縁に手を突き、興味深そうに中を見つめる。 しかし、ほまれだけはその場から一向に動こうとしない。
「どうしたの? ほまれちゃん。おいでよ」
小鶴が再度こちらに来るように催促する。
「う……うん」
ほまれは小さく頷くと、油の切れた機械のようなぎこちない動きでじりじりと段ボールに近づき、そっと覗き込んだ。
「……す……すごい、たくさん……あるね……」
ほまれは引きつった笑みを浮かべ、喉の奥から絞り出すように言った。そんな彼女の明らかな異変を知ってか知らずか、ひめは手に持っていたピーマンを無防備にほまれの顔へと近づけた。
「おいしそうじゃん。ほまなら何作る?」
瞬間、ピーマン特有のあの鮮烈で青臭い香りが鼻腔をかすめ、ほまれの顔が激しく歪んだ。
「う、うがげっ!!」
「どうしたの……? ほまれちゃん」
小町が心配そうに覗き込むと、ほまれは逃げるようにバッと一歩下がり、しょんぼりとうなだれた。
「ご……ごめんなさい……」
「……あ。もしかして。ほま、ピーマン嫌いなの?」
ひめがジトッとした目でほまれを見る。ほまれは、申し訳なさからさらに首を亀のように縮めると、消え入りそうな声で小さく頷いた。
「う、……うん」
「マジで!? 高校生にもなってピーマン嫌いとか、子供か!」
ひめの容赦ないツッコミが食堂に響き渡る。ほまれは顔を真っ赤にしながらも、縋るような視線を段ボールに落とした。
「だ、だって……あの匂いと、苦みと、あと……全部がダメなの……」
「全部って……」
ひめが呆れたようにため息をつく。一方で、自分たちが丹精込めて育てた「宝物」を拒絶された形になった小町と小鶴は、顔を見合わせて固まっていた。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
ほまれは、必死に双子を傷つけないための言葉を探す。
「いや、あの、二人のピーマンがどうとかじゃないの! 世の中の全部のピーマンがダメなの。これでも何回かチャレンジしようとしたんだよ? でも、その度にどうしても食べられなくて……それで……」
必死に弁解するものの、次の言葉が続かず、ほまれは言葉に詰まってしまった。気まずい沈黙が流れる中、それまで静かにコーン茶を飲んでいた源蔵が、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「まぁ、仕方ないじゃないか。誰しも、苦手なものの一つや二つはあるさ」
源蔵はほまれの方へ向き直ると、その柔和な瞳で彼女を真っ直ぐに見つめた。
「だが……料理屋のお孫さんなら。その大嫌いなピーマンでも、おいしく食べられる方法を編み出せるんじゃないかな?」
源蔵の静かで、逃げ場のない迫力を持った言葉に、ほまれの体がビクッとこわばる。その穏やかな笑顔の奥には、可愛い孫娘たちが育て上げた野菜に対する、農家としての確かな矜持が、静かな炎のように燃えているのを感じた。




