第7章ノ2 四色餃子
ほまれは、あえて「王道の餃子」を作ることにした。全員の個性を比べるための指標として、誰もが納得する標準的な味を目指す。豚ひき肉、キャベツ、ニラ。味付けは塩コショウと醤油のみ。奇をてらわず、素材の持つ甘みとバランスで勝負する構えだ。
対してひめは、自身の店でも振る舞っていた「パンチの効いた餃子」に取り掛かる。 王道レシピをベースにしつつ、そこへ容赦なくすりおろしニンニクと粗挽き胡椒を大量に投入していく。
「やっぱ、餃子はガツンとくるのが一番だよねぇ!」
鼻歌まじりに、ボウルへこれでもかとニンニクの香りを充満させていく。
一方、双子は独自の路線を突き進んでいた。小町が手に取ったのは、青々とした大葉だ。
「小町は、大葉入りにする……!」
キャベツを減らし、大葉を主役に据える。生姜と少量のニンニクで香りを整え、夏らしい爽やかな風味を狙うようだ。刻まれた大葉のすっきりとした香りがふわりと漂う。
それを見た小鶴は、皆がキャベツを使う中で1人、白菜を手に取った。
「小鶴は、さっぱりしたのが好き。白菜ならジューシーになるもん!」
たっぷり入れた白菜の水分を適度に絞り、豚肉の旨味と生姜のキレを合わせる。夏にぴったりの軽やかな餃子を目指すらしい。
五郎は、4人の少女たちが真剣に肉ダネと向き合う様子を、満足げに目を細めて見守っていた。
やがて全員がタネを作り終えると、ほまれが冷蔵庫から巨大な山を抱えてきた。
「……すんごい量の」
「餃子の皮だ…」
500枚はあろうかという餃子の皮の束に、小町と小鶴が顔を見合わせて絶句する。
「まぁ、これでも仕込みとしては少ない方よ。見てて?」
ひめは慣れた手つきで指先に水をつけると、洗練された無駄のない動きで次々と皮を閉じていく。パタン、キュッ、パタン、キュッ。そのリズミカルなスピードと仕上がりの美しさに、ほまれたちの目にも自然と気合が入り直した。
ほまれも、ひめのスピードには及ばないものの、一つひとつ丁寧に、均等なヒダを刻んで見事な半月型の餃子を並べていく。
一方、小鶴と小町は慣れない作業に苦戦していた。適切な分量がわからず、欲張って詰めすぎたタネが、皮の端から「むにょっ」と不格好に飛び出してしまう。
「小町……困った。うまく包めないよ……」
「小鶴も……全然ダメ。皮が破けちゃう」
2人が途方に暮れていると、隣で鮮やかに手を動かしていたひめが、ひょいと顔を覗かせて助け舟を出した。
「2人とも、よく見てて。……まずは、手のひらいっぱいに皮を広げるでしょ? 水はフチに少し太めに塗って……。タネはね、閉じる側に少し寄せて置くのがコツ。あとは、こうして包み込むようにギュッとヒダを寄せていくと……ほら!」
ひめが魔法のように一瞬で完成させた美しい餃子を披露すると、双子の目がキラキラと輝いた。 2人はひめの鮮やかな手さばきを必死に思い出しながら、慎重に次の皮を手に取った。教わった通り、タネの量と位置に気をつけて指を動かしていく。
すると、先ほどまでの不格好な塊が嘘のように、幾分か形の整った「餃子らしい」姿ができあがった。
「小町、できた……! ちゃんと閉じてる!」
「小鶴のも、さっきよりずっと上手にできた!」
双子はお互いの包んだ餃子を見つめ合い、宝物でも見つけたような顔で感動に浸っていた。 その様子を見て、ほまれがパッと顔を輝かせる。
「さすが!ひめ!」
ほまれは、込み上げてきた賞賛をそのまま真っ直ぐにひめにぶつけた。
今までも、メニューの相談に乗ってもらったり、厨房での立ち回りを教えてもらったり、ひめには数え切れないほど助けられてきた。けれど、こうして真正面から、声に出して伝えたことはなかったかもしれない。
「……えっ、あ、あたし!?」
不意打ちを食らったひめは、包んでいた手を止めて目を丸くした。普段は自信満々な彼女も、ほまれの淀みない真っ直ぐな言葉には弱いらしい。
「そう! ひめがいなかったら、双子ちゃんたちもこんなに楽しく包めなかったと思う」
「ま、まぁね。あたしにかかればこんなもんよ」
ひめはぽっと頬を赤らめ、照れ隠しに鼻の頭を指でこすった。ひめの反応を見て、ほまれは胸の内でそっと安堵する。 ひめの過去に触れてしまった昨日の出来事以来、ほまれは距離を置かれてしまうのではないかと、心のどこかで不安を抱えていた。 けれど、こうして素直な感謝を伝えれば、ひめは今までと変わらない態度で受け取ってくれる。二人の間にある温かい繋がりが壊れていないことを確かめられて、張り詰めていた心がふっと軽くなった。
「とりあえず、試食用に何個か焼いちゃおっか!」
ほまれの号令とともに、熱したフライパンの上へ、4種類の餃子が円を描くように美しく並べられた。パチパチという軽快な音とともに、焼き目の香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がっていく。
「底に焼き色がついたら、お水を入れまーす!」
ほまれが手際よく、少量の片栗粉を混ぜた水を注ぎ入れる。 ジュワァァッ!! という威勢のいい音とともに、白い湯気が一気に立ち上がった。
蓋をして蒸し焼きにすること数分。水分が完全に飛び、パチパチという湿った音が、次第にチリチリという乾いた音へと変わっていく。最後に鍋肌からごま油を回し入れ、香りとカリッとした食感をプラスする。
「ふふん、うまくいくとこんなこともできちゃいます!」
ほまれは、顔をニヤつかせながらフライ返しを差し込んだ。餃子の底を慎重に持ち上げると――。
「せーのっ!」
気合とともに、大皿の上へ一気にひっくり返した。 そこには、パリパリの黄金色の羽根を纏った、見事な満月状の餃子が出来上がっていた。
「すごい!!」
「綺麗!!」
双子が感嘆の声を上げる。 「えっへん!」と、ほまれは少し鼻を高くして自慢げに胸を張った。
「それじゃあ……いただきまーす!」
五郎も加わり、店のテーブル席で賑やかな試食会が始まった。それぞれが、一番気になった餃子へと箸を伸ばす。
「おいしい!!」
熱々の餃子を頬張り、皆が一様に声を上げる。
「まあ、なかなか餃子というのは不味くはならんからな」
五郎は4人の餃子を一つずつ口に運びながら、冷静に評論家のように答えた。
「でも、小鶴ちゃんと小町ちゃんは初めてでしょ、餃子作ったの……。すごいよ、こんなに美味しくできて!」
ほまれは、大葉の香る小町の餃子と、ジューシーな小鶴の餃子を交互に頬張りながら、自分のことのように喜んだ。
「ほまのも、王道の材料だけど……ちゃんとこの店らしい優しい味付けになってて、流石だね」
ひめも感心したように、ほまれの餃子を口に運ぶ。
「ひめちゃんのも、濃い味でおいしい」
小町は、ひめのガツンとくるニンニク餃子が気に入ったらしい。
「ぷはぁ……麦茶が進む味付けだ」
小鶴はひめの餃子を「あて」にして、大人が仕事終わりにビールを飲む真似をするように、グラスの麦茶を喉を鳴らして飲みほした。
皆がそれぞれすべての餃子を試食し終えたところで、ひめが核心を突いた。
「さて……で、どれを店のメニューにするの?」
5人は腕組みをしながら、一斉に悩み始めた。 素材の甘みが活きたほまれの王道、パンチの効いたひめのスタミナ系、大葉が香る小町のさっぱり系、白菜の水分でジューシーな小鶴の軽やか系。それぞれの餃子に独自の魅力があり、一つに絞るのは至難の業だ。
「おい、悩んでるところ申し訳ないが…そろそろ開店の時間だぞ」
五郎の呼びかけに、皆がハッとして時計に目をやる。いつの間にか、開店の1時間前。集中していたせいか、時の流れが恐ろしく早い。
「じゃあ、とりあえず片付けよっか」
ひめが食べ終わった皿をまとめようとした、その時。
「そうだ……!」
ほまれが良いことを思いついたという様子で、2階へ駆け上がった。バタバタという足音のあと、降りてきたほまれの手には、大きな画用紙と太いマジックペンが握られている。
【餃子食べ比べ大会開催中! 餃子4個入り:〇〇〇円】 〜一番おいしかった餃子に、しるしをつけてください!〜
ほまれは、迷いのない筆致で画用紙に書き込んでいく。どうやら、4人の個性が詰まった餃子を一つずつ盛り付けた「お試しセット」を本日のおすすめにして、お客さんに直接アンケートを取るつもりらしい。
「これで、一番人気の餃子を『こいこい』の看板メニューにするっていうのはどうかな?」
「なるほど! お客さんに審判を任せるわけね。それ、面白いじゃん!」
ひめは不敵に笑った。
双子も「小町のが一番……」「負けないもん」と瞳を闘志に輝かせる。それぞれの想いが詰まった餃子が、いよいよ『こいこい』の暖簾をくぐる客たちの前へと並ぶのだ。




