第7章ノ1 にゃんたま
外の酷暑とは裏腹に、リビングには涼しいクーラーの風が心地よく吹き渡っていた。 皆が朝食を済ませて一息ついていると、双子が唐突に歩き出し、ソファで横になっている大五郎に近づいた。
「この子が……」
「大五郎……」
小町と小鶴は2人して身をかがめ、ソファに座る大きな三毛猫を食い入るように見つめる。
「昨日も言ったけどこの猫、スケベだから気を付けなー」
ひめが冗談めかして、丸くなっている大五郎の頬を無造作に引っ張った。
「かわいい……」
小町も、うっとりした目で大五郎の背中や首元をムニムニと触り始める。されるがままになっていた大五郎は、次第に体勢を崩し、気持ちよさそうにゴロンと仰向けにひっくり返った。 すると、その無防備に開かれた後ろ足の間から、2つの小さな綿毛のような球がちらりと顔を出した。
「っ……ちょっとおおおおお!!!!」
ほまれが悲鳴のような声を上げ、猛烈な勢いで飛び込むと、大五郎の体を丸め込むようにギュッと抱きしめた。
「い……いきなり!どうしたの、ほまれちゃん!?」
小鶴が、ほまれの豹変ぶりに飛び上がらんばかりに驚く。
「……もぷもぷしてたのに」
小町が残念そうに、空を切った指先を動かした。
「い、いや! なんでもないの! なんかこう、見えちゃいけないものがあったから……!」
ほまれは顔を真っ赤にして必死に言い訳をするが、ひめはニヤニヤしながら身を乗り出してきた。
「えぇー? いくらスケベ猫だからって気にしすぎでしょ。それに猫のこれって、なんか無駄にぷにぷにしたくなるよねぇ」
ひめは、すらっとした指先を、ほまれの腕の中でギュッと隠されている「2つのもふもふ」へとジリジリ近づけた。
「だめだめだめだめ!! 大五郎にも人権があります!! これ以上のおさわりは禁止です!!」
ほまれは、頭から湯気が立ち上りそうなほど沸騰した顔で必死に叫んだ。 ひめは、異常なまでに興奮して大五郎をガードするほまれに圧倒されたのか、「わかったわかった」と伸ばしかけた手をそっと引っ込めた。
一方、双子は真顔で顔を見合わせ、深く頷き合う。
「小町は尊重する」
「人権ならぬ、にゃん権」
ほまれの腕にがっしりとホールドされた大五郎は、不服そうな顔を浮かべていた。
「それより!」
ほまれがパンッと手を叩いて気合を入れると、その一瞬の隙を突いて大五郎はスルリと腕から抜け出し、呆れたようにどこかへ姿を消してしまった。
「みんな、制服に着替えて厨房に来て!」
そう言い残すなり、ほまれはパタパタと階段を駆け下りていった。
ひめの過去に触れかけたあの一件以来、ほまれは自分自身や家族、そして友達との距離感について深く考えていた。 今の自分にできることは、無理に心を開かせることではなく、自分のやるべきことに真っ直ぐ向き合い、この『こいこい』という居場所を温かく保ち続けること。 そう信じて、彼女は夜通し新メニューの開発に没頭し、気合十分だったのだ。
「なんだか、いつも以上にテンション高いね……」
嵐のように駆け出していったほまれの背中を見送って、ひめが呆れ半分、感心半分といった様子で呟いた。
やがて、制服に着替えて厨房に集まった3人の前で、ほまれは元気よく本日のお題を発表する。
「今日は、『こいこい特製餃子』を開発したいと思います! みんなそれぞれ、好きな具材を使って自由に味付けしてみて!」
作業台の上には、豚ひき肉、白菜、キャベツ、ニラ、生姜、ニンニクといった王道の具材から、隠し味にしか使わないような意外な調味料まで、餃子作りに使えそうなあらゆる材料がずらりと並べられていた。
「なるほどな。みんなに試作させて、一番うまいものを店のメニューにするってわけか」
ひめのすぐ横で、さも「ずっとここにいましたよ」という顔をした五郎が、腕を組みながら冷静に分析する。
「う、わぁっ! いつの間に!?」
ひめがぎょっとして五郎を振り返ったが、ほまれは特に気にする様子もなく話を続けた。
「んー、誰が一番とかってわけじゃないんだけどね。みんなで一緒に考えたほうが、いろんなアイデアが出やすいかなって思って」
「小鶴、やってみたい! 新しいことに挑戦するの、好き!」
「小町もやる。餃子づくり……楽しそう……」
双子は体を揺らし、ノリノリで答える。
「よし、決まり! 制限時間は1時間。作った後は、みんなで試食パーティーしよう!」
ほまれの掛け声とともに、4人は一斉に作業に取り掛かった。双子も今回は、お互いをライバルとして各自で挑戦するらしい。
「グッド」
「ラック」
2人は真剣な顔で親指を立てて互いの健闘を祈ると、それぞれのボウルに向き合った。




