第8話 12月2日 ソウジ
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――ピコン。
夜、バイト終わりでクタクタに疲れ果て、自室のベッドでゴロゴロとしていると、手元のスマホが短く通知音を響かせた。
画面をまともに見る気力もなく、ノールックでヘッドボードのあたりをまさぐってスマホを探し出す。指紋認証に指を当ててロックを解除した。
『MオカルティックCHのライブ配信が開始されました』
ポップアップしていたのは、YohTubeの通知だった。
画面の隅には他にもLIMEやメールの通知がいくつか溜まっていたが、そんなものはすべて後回しだ。
1年ぐらい前、白い狐が見える女性がいたお寺、というなんともふんわりしたタイトルの配信を偶然見つけてから、僕が密かに注目している、売れないヨーチューバー、マサキ。
彼が各地のマイナーな心霊スポットをリアルタイムで探索・配信するチャンネルなのだが、これが大人の事情からか、後からアーカイブに残ったり残らなかったりする。だからこそ、ライブ配信は見逃せないのだ。
すぐに通知をタップし、アプリを立ち上げて再生ボタンをタップする。
『Mオカルティックチャンネルへようこそ!案内人のマサキです!今日は……ここ!』
画面の向こうから、いつも通りの、ちょっと滑った安っぽい挨拶が聞こえてくる。
画面右上にある同時視聴者数の表示を見ると、「3名」となっていた。……うん、マサキのチャンネルにしては、今日はちょっと多い方じゃないか。
そうしてカメラのレンズが捉え、画面に映し出されたのは、『関係者以外立入禁止』の文字が書かれた金属製の扉だった。
どこかのビルの裏口か、施設の扉だろうか。周りは暗くてよく見えない。
『数年前に工事が中断された、地下鉄の連絡通路!噂によると、ここでは当時、何人かの作業員が亡くなったらしいです……!』
地下鉄の通路……ってことは、今回もガッツリ不法侵入か。さっき立入禁止ってハッキリ書いてあったしな。
僕がなぜ、わざわざこんな登録者数二桁の弱小チャンネルのライブを楽しみにしているかというと、僕自身がホラーやオカルトが好きだということもあるが、何よりこの手ブレの激しい画角と、彼の素人っぽさが相まって、B級ホラー映画のようななんとも言えない没入感があるからだ。
まるで、自分も一緒にその場を探索しているような、奇妙な臨場感がある。
『じゃあ、早速開いてみましょう……!』
ギィ……と油の切れた嫌な音を立てて扉が開いた。その先は、外の暗闇をさらに濃くしたような、完全な闇だった。
マサキが手に持った大きめのフラッシュライトをONにすると、強い光の束が内部を真っ直ぐに映し出した。
画面には、近代的な金属製の階段が、遥か下へと続いている様子が映し出される。
じっと画面に見入っていると、階下から遮るように大きな声が響いた。
「ソウジー!帰ってるんでしょ!お風呂入っちゃいなさい!」
母親だ。
そうだ、バイトから帰ってきてから、疲れてそのままベッドに倒れ込んだから、まだ風呂にも入っていなかった。
「はーい!」
とりあえず、これ以上小言を言われないように適当な返事だけを返し、配信の続きを見守る。
この配信が終わってから風呂に入ればいいだろう。母親の小言はいつものことだし、今更焦る必要もない。
再びスマホの画面へと視線を戻すと、カメラはすでに階段を降りきったところに到達していた。
『これは、駅のプラットフォームでしょうか。……あ、先のほうは、岩肌がそのままですね』
マサキの解説を聞きながら視聴者数を見ると、1名減って『2名』になっていた。
おいおい、今この瞬間、全世界でマサキの冒険を見届けているのは、僕ともう一人の物好きだけか。
『三脚をココに……あれ、おかしいなぁ……』
画面が不自然に傾き、ガサゴソと雑音が響く。スマホを三脚に固定するのすら、手際が悪くて手間取っているようだ。しかも焦っている心の声が全部口からダダ漏れだし、これじゃあいつまで経っても売れないよなぁ、と苦笑してしまう。
『あ、できた……できました!』
ようやくプラットフォームに固定されたカメラ。その前を、奥へと歩いて進んでいくマサキの後ろ姿が映る。
『この、奥はー!岩肌だけが!出ていて!工事が!ここで終わっているよう!です!』
まともなピンマイクなど付けていないのだろう。カメラ代わりに置いたスマホに向けて、声を張り上げて必死に話す彼。
がらんどうの静かな空間で声が不自然に反響してしまい、正直かなり聞き取りづらい。
確かに暗く、不気味な雰囲気ではあったが、それだけの場所なのかもしれない。心霊現象の気配もなさそうだ。
そうして、再びカメラがジンバルに取り付けられ、手持ちの画角に戻る。
『こんなもんですかねー。……今日は、一人か……』
視聴者数を見ると、ついにさらに減って「1名」――つまり、僕だけになっていた。
マサキの口から、隠しきれないがっかりとした溜め息混じりの声が漏れ出している。画面の向こうのたった一人のファンのためにも、もうちょっとプロとしてしっかりしてくれよ、マサキ。
『ん……?』
踵を返し、階段へ戻ろうとしたマサキが、唐突に立ち止まった。
そして、何かを訝しむような不思議そうな声を上げた。
『水音……?雨漏りか何かかな』
水音?
スマホの音量を少し上げてみるが、少なくとも僕の耳には何も聞こえてこなかった。マイクが拾えないほど、かすかで小さな音なのだろうか。
マサキは周囲を見渡すようにカメラを大きく動かすが、画面を見る限り、水が漏れているような箇所はどこにも見当たらない。
『うわ、なんだ……?え……水?』
足元を映すカメラの映像には、やはり異常は何一つ見当たらなかった。だが、アップになった彼のスニーカーのつま先が、心なしかじっとりと濡れているように見えた。
『きも……萎えた、帰ろ』
視聴者が、というか僕がまだ見ているということを完全に忘れているような素のトーンだ。これだから彼は売れないのだ。
だが、僕はそんな飾らない彼の配信が気に入っているのだ。
カン、カン、と金属製の階段を登る乾いた音が響く。マサキは配信が切れるその瞬間まで、ずっとブツブツとあの不可解な水音について言及し続けていた。
そして、何の前触れもなく、唐突にぶつん、と画面が真っ暗になり、ライブ配信が終了した。
「ソウジー!何してんの!早くしなさい!」
階下から再び母親の怒鳴り声。
まずい、本当に怒る一歩手前だ。
「今行くって!」
僕はスマホをベッドの上へと放り投げると、急いで部屋のドアを開け、一階のお風呂場へと向かって階段を駆け降りていくのだった。
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