第9話 12月3日 ソウジ
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「こんにちはー」
次の日。僕はいつものように、重いケースを担ぎ、所属する軽音サークルの部室の扉をガラリと開けた。
部屋の中に一歩足を踏み入れると、エレキギターを抱え、ヘッドホンをしながら一心不乱に指を動かしているレン先輩の姿が目に入った。その奥では、後輩のジロー君が真剣な目付きで電子ドラムのネジを締め、メンテナンスを行っている。
「こんちは、ソウジさん。いやー、今日も一段と寒いっすね」
僕の姿を認めると、ジロー君はハイハットのペダルをシャカシャカ、とクローズやオープンに何度も踏み鳴らし、小気味良い金属音を響かせながら言葉を返してきた。
暖房の効きの悪い部室を見渡す。だが、いつもなら真っ先に視界に入るはずの、ある見知った人物の姿がないことに気づいた。
「あれ? ハルさんは?」
僕が密かに思いを寄せる女性。このむさ苦しい軽音サークルの紅一点であり、我がバンドの絶対的な歌姫、ハルさん。
……正直に言って、僕が毎週この部室に重たいベースをわざわざ担いで通っている理由の、約半分。いや、実に8割は、ハルさんに会うことが目当てなのだった。
「ソウジ、お前ポータルサイト見てねぇのかよ」
いつの間にかヘッドホンを首にかけ直したレン先輩が、呆れたような声を上げてこちらを振り返った。
「ポータル?見てないです。何かありました?」
「はぁ……これだよ、これ」
レン先輩は深く溜め息をつくと、ポケットからスマホを取り出し、K大学の学内ポータルサイトの画面を僕の目の前に突きつけてきた。
そこには、まるでネットニュースの文字面のような、およそ同じ大学内の出来事とは到底思えない、冷徹な一文が記載されていた。
『【訃報】本学 人文学部3年 皆川美希様が、11月28日にご逝去されました。謹んで哀悼の意を表します。なお、葬儀に関しましては――』
そこには、亡くなった詳しい理由や死因といったものは一切書かれていなかった。
ただ、彼女がこの世を去ったという事実だけが、淡々と記載されていた。
「皆川美希さんって。……ハルさんと、いつも一緒にいたミキさんですか?」
「そうなんすよ」
ジロー君がスティックの手を止め、痛ましそうに口を挟んだ。
「ハルさん、相当ショック受けて学校も休んでるらしくて。しばらくサークルも休むって、昨日の夜にグループLIMEもきてましたよ」
「あ……」
そういえば昨日、ベッドの上でマサキのライブ配信を観るのに夢中になっていたとき、画面の上部に出ていたLIMEの通知を、内容も見ずに無意識にスワイプして消してしまっていた。あれがそれだったのか。
スマホを凝視したまま固まっている僕を見て、レン先輩は「お前、本当に何も見てねぇんだな」と半ば呆れたような表情を浮かべた。
だが、次の瞬間、先輩は周囲を気にするように少し声を潜め、急に真剣な、どこか野次馬根性を含んだ顔つきになった。
「つか、お前、聞いたか?別の噂」
「何をです?」
「なんでも、警察が動いてるらしくてさ。噂じゃ、この大学の生徒でもあるミキさんの彼氏が犯人らしいぜ。DVだとかなんとか……」
交友関係が無駄に広いレン先輩らしい、どこから仕入れてきたのかも分からない情報だった。
普段から情報誌のトレンドやネットの怪しい噂話にすぐ踊らされるのが彼の悪い癖だ。今回だって、どうせ尾ひれがついたデマだろう。
「そうですか……」
僕は曖昧に相槌を打った。
彼氏が犯人だのDVだのという物々しい噂よりも、とにかく、今はハルさんのことが心配でたまらなかった。
何か言葉をかけてあげたいけれど、サークルのグループLIMEで個人的にメッセージを送るのはさすがに周りの気を使う。
DMを送るか……いや、急に送ってこられても、困惑させるだけかもしれない。
「まぁ、ハル無しでも楽器隊の音合わせはできるだろ。次のライブも近いし、やろうぜ」
レン先輩がギターのネックを握り直す。
「そうっすね。ハルさんも、もうちょっとしたら元気になって戻ってくるかもですし」
ジロー君も同意して、ドラムスツールに座り直した。
二人の態度は、どこか他人事のようだった。
内心、おいおい、よくこの重苦しい空気の中で「合わせよう」なんて言えるな、と苦笑してしまう。
というか、僕が個人的にハルさんのことを心配しすぎなのだろうか。
冷静に考えれば、彼氏でも何でもない、ただのサークルの後輩である僕がここで一人で思い詰めたところで、どうこう出来るわけでもないのだ。ハルさんのプライベートに踏み込みすぎるのは、ただの身の程知らずというものだろう。
「……そうですね。やりましょう」
僕は小さく息を吐き出し、ベースケースのチャックを引いた。
黒いボディの相棒を取り出し、アンプにプラグを差し込む。そして、いつも通り、次のライブで演奏する予定の楽曲の指慣らしを始めるのだった。
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