第10話 12月3日 ハル
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『ごめん……ハル』
スマホのスピーカーから聞こえてくる声は、痛々しいほどに震えていた。
ミキが亡くなって、三日。
あの日以来、何度かけてもずっと繋がらなかった相手からの、初めての電話。
覇気は微塵も感じられず、明らかに疲れ切った声だった。
私は、なんだかその声を聞いているうちに、胸の奥から無性に激しい怒りが湧き上がってくるのを止められなかった。
「……なに、それ」
低く冷たい声が口から漏れる。
そんな弱り切った声を出されたら、まるで「俺だって被害者なんだ」「俺は悪くない」と言い訳されているような気がしたからだ。
『ごめん』
トウヤ君はただ、壊れた玩具のようにその言葉を繰り返す。
静まり返った一人暮らしの部屋。いつもと何も変わらないはずのワンルームが、今はどこか底冷えがするほど薄ら寒く感じられた。
心にぽっかりと開いた、どす黒い大きな穴。
小学生の時からの、友達。
ただの友達じゃない、何でも話し合える唯一無二の親友だった。
彼女のあの底抜けの明るさに、私はこれまで何度救われ、助けられたか分からない。
そんな私の大切な、本当に大事な人の死。
それなのに、一番近くにいながら、どうにも出来なかったトウヤ君。
……いや、本当は分かっている。あの時、私が大学の中庭でミキのそばに居続けたからといって、結果が何か変わったわけでもないだろう。
分かってはいる。でも、この身を引き裂くような圧倒的な無力感が、私のトウヤ君への苛立ちをさらに加速させていく。
「謝って、なんの意味があるの?ねぇ、ミキを返してよぉ……っ!」
感情が昂り、涙声になって叫ぶ。
『ごめん』
彼をどれだけ激しく責め立てたって、ミキはもう二度と戻ってこない。そんなことは痛いほど分かってる。
でも、今の私は、彼を責めることでしか、この張り裂けそうな心を保つことが出来ないのだ。
スマホの向こうで、長い、重苦しい沈黙が流れた。
やがて、トウヤ君はぽつりと、感情を押し殺した声で話し始めた。
『今日、解剖結果が出た。……彼女の死因は、出血性ショック死……らしい。要するに、何かに何度も激しく殴打されたことが原因だそうだ』
殴られた……?
ミキが?一体、誰に?
『俺は、彼女が息を引き取る瞬間、あの部屋に一緒に居た。断言するが、俺は彼女に暴力なんて絶対に振るわない。振るう理由が、どこにある』
あまりにも生々しい親友の死のディテールに、耳を塞ぎたくなる。吐き気がした。それでも、トウヤ君は取り憑かれたように言葉を続けた。
『警察にも、まだ言ってない、ことがあるんだ。……ハルにだけは、どうしても伝えておきたくて』
第一発見者として連日警察に拘束され、厳しい事情聴取を続けられている彼が、まだ誰にも言っていないこと。
『まず、前提として聞いてくれ。俺は、薬もしてないし、精神も正常だ。……だが、あの時、確かに見たんだ』
狂人のような奇妙な前置きに、私は恐怖を覚え、思わず言葉を返した。
「見た……?」
『ああ……』
「何を……」
『彼女の……ミキの身体を這い回る、無数の痣を。誰に殴られているわけでもないのに、俺の目の前で、じわりじわりと増えていったんだ。そして痛い、痛いって泣き叫ぶミキに……俺は、何もできなかった』
この人は一体、何を言っているんだろう、と思った。
それほどまでに荒唐無稽で、現実味のない戯言。
でも、スマホのスピーカーから鼓膜へと伝わる彼の声には、嘘を吐いているようには思えない、事実のみを淡々と語るような、奇妙な説得力が宿っていた。
『そして、水を異常に恐れて、水音が聞こえるとずっと、うわ言のように言っていたんだ』
「……」
私は言葉を失い、ただ息を呑むことしかできない。
『俺はまだ、自分の潔白を証明できてない。でも、警察も俺がやったっていう証拠を何一つ見つけられていないんだ。当然だ、俺は本当にやっていないんだから』
彼の言葉に、私はまたやり場のない感情が爆発しそうになった。
「それを私に伝えて、私にどうしろって言うの……!?」
『……』
「ただ、私に話して、自分だけ楽になりたいだけじゃないの!?ねぇ!」
『……ごめん』
冷酷な言葉だと分かっていながら、ぶつける場所のない苛立ちを、何度も何度も彼にぶつけてしまう。
トウヤ君だって、どうしようもない状況に立たされていることくらい、本当は分かっているのに。
『……明日も、朝から警察だから』
「……」
『じゃあ、また』
ぷつり、と無機質な音を立てて通話が終わる。
液晶画面が真っ暗になったのと同時に、私の目から大粒の涙が堰を切ったように溢れてきた。
今までどこか現実味のなかった彼女の死が、生々しい死因を聞いたことで、完全に現実のものとなって押し寄せてきたような、凄まじい喪失感。
そして、どこからどう見てもお似合いの理想のカップルだった彼に、理不尽な八つ当たりをしてしまったという激しい自責の念。
(これから、私はどうしたらいいんだろう……)
涙を拭う気力もなく、膝を抱えてベッドの上で丸くなる。
すると、その時、手元にあったスマホがブル、と短くバイブレーションした。
涙で霞む画面に目をやると、届いた通知は、ソウジ君からの個人LIMEだった。
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