第7話 12月1日 日下部
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研究室の窓から見下ろすK大学の中庭では、色づいた木の葉が既にその役目を終えて散り始めている。私は、淹れたての温かなコーヒーをゆっくりと啜りながら、本格的な冬の到来を肌で感じていた。
冬――それは自然が演じる、最も残酷で、最も完璧な『死の劇』の幕開けだ。
青々と茂っていた緑を奪い、世界から熱を奪い、すべての生命を凍えるような沈黙へと追い詰めていく無慈悲な季節。
だが、私はこの容赦のない季節の到来が、決して嫌いではなかった。
むしろ好ましくすら思っている。世界が青葉という名の無駄な贅肉を削ぎ落とし、骨組みだけの剥き出しの現実に立ち返るような、そんな知的な清々しさが冬にはあるからだ。物事の本質を見極めるには、これほど相応しい季節もない。
コンコン。
静寂に満ちた研究室に、遠慮がちなノックの音が響いた。
「どうぞ」
私が短く応じると、ドアが静かに押し開けられた。
「失礼します……」と入ってきたのは、事務職員の中年女性だった。手にした書類を胸元に抱え、その表情は心なしか青ざめている。
「日下部教授、たった今、警察から連絡が入りまして……。人文学科3年の皆川美希さんが、昨夜、自宅アパートで亡くなられたとのことです」
「皆川さんが、ですか」
「はい。それで……まだ詳しくは教えていただけなかったのですが、事件の可能性があるとのことで、警察から富永柊弥君という学生の身元や交友関係についても探りが入っています。確か……富永君は、教授の講義に出ていましたよね」
私の脳裏に、ひとりの女子学生の姿が浮かぶ。
正直に言って、彼女の授業態度は決して褒められたものではなかった。講義中に私語を慎まないこともあったし、提出物の出来もいま一歩。だが、いつも根拠のない自信に満ちた朗らかな笑顔を浮かべており、良くも悪くも印象に残っている生徒であった。
それにしても、同じ講義を履修している富永君が警察に疑われているとは、一体どういうことなのだろうか。痴情の縺れか、あるいはもっと突発的な悲劇か。
いずれにせよ、彼女の死への考察はあとだ。今ここで私が頭を悩ませたところで、事態が好転するわけでもない。
「わかりました。わざわざ知らせてくれて、ありがとう」
私はその流れのまま、女性に告げた。
「それから……このような痛ましい報告のついでで申し訳ないが、これをお願いできますか」
私は机の端に置いてあった、学生課へ提出するための書類を彼女に手渡した。
事務員の女性は、教え子が亡くなったという緊迫した状況下で、いつもと変わらず淡々と業務をこなそうとする私の態度を「不謹慎だ」とでも言いたげな、非難の色の混じった表情で受け取った。しかし、それを口にするだけの度胸はなかったようで、小さく一礼して足早に部屋を去っていった。
パタン、と扉が閉まり、再び研究室に静寂が戻る。
当校の学生が、事件の容疑者として疑われている。
もし彼が第一発見者だというのであれば、警察が真っ先に疑いの目を向けるのもさもありなん、だ。現代の捜査セオリーとしては極めて妥当な流れと言える。
しかし、二十歳そこそこの若さでこの世を去ることになるとは、やはり人生とは何が起こるか分からないものだ。周囲の人間はさぞかし嘆き悲しみ、早すぎる死を不条理だと憤るのだろう。
だが、私に言わせれば驚くようなことではない。
『死ぬことは何も特別なことではない』のだから。
それは生物として生まれた以上、全人類に等しく設定された不可避のゴールに過ぎない。
かく言う私自身だって、明日には冷たい屍へと変わり果てているかもしれないのだ。今日の主役が、たまたま彼女だった。ただそれだけのことである。
私は机に視線を戻した。手元のカップの中のコーヒーは、いつの間にかすっかり冷えてしまっている。それを一口でぐい、と飲み干すと、私はすぐさま頭を切り替え、次の講義の準備へと取り掛かった。
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