表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
此岸の境界  作者: 邑沢 迅
8章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/43

第41話 12月17日 ハル

※この小説の続きをスムーズにお楽しみいただけるよう、【ブックマークに追加】を押して設定を保存してください。

 日下部教授の声に呼ばれ、私は弾かれたように『立入禁止』と書かれた扉を開け放ち、タラップを一目散に駆け下りた。

 暗闇の底に辿り着いた私の目に、言葉を失うほどの驚くべき光景が飛び込んできた。


「トウヤ君……っ!あ、足が……」


 息を荒くした教授に泥だらけの肩を借りて、なんとか床に踏みとどまっていたトウヤ君。その彼の左足――膝から下が、信じられないことに、すっぽりと丸ごと無くなっていた。

 衣服の裾は不自然に千切れたようになっているのに、傷口からは血の一滴すら流れていない。ただ、最初からそこに足など存在しなかったかのように。


「びょ、病院に……すぐ救急車を……ッ!」


 パニックになりかけた私を、トウヤ君の静かな声が引き留めた。


「ハル、落ち着いて。大丈夫だ。不思議と、痛みは全くないんだ」


 顔色こそ最悪だったけれど、そうこともなげに言う彼の言葉と瞳の奥には、左足を失った恐怖や悲しみよりも、何か大きな仕事をやり遂げたような、深い達成感が勝っているように感じられた。


「そっか……。じゃあ、あの門は……あの川は、無事に閉じられたのかな……」


 私は未だに冷気が漂う、暗闇の奥のむき出しの岩肌へと視線をやりながら、誰に問うでもなくぽつりと呟いた。


「うん。多分、もう大丈夫だと思う」


 トウヤ君は私の顔を見て、少しだけ強張っていた表情を緩めて言った。


 少し遅れて、息を切らせながらタラップを降りてきたソウジ君が、私たちの異様な雰囲気を察して、早々に二人の顔を見比べながら聞いた。


「あの……一体、何があったんですか……?」


 その表情は、先輩を気遣う心配が半分、そして目の前の人知を超えた現象の全容を知りたいというオカルトマニアとしての好奇心が半分、といったところだろうか。


 教授は左肩をがっしりとトウヤ君に貸し、その体重を支えながらも、空いた右手で眼鏡のブリッジをクイ、と上げた。その目は完全に瞳孔が開いていて、心ここにあらず、といった尋常ならざる様相だった。


「……あれは、確かに『冥界』の一端だった。概念としての死の世界に、私は遂に踏み入れたのだ、この、足を!完全に事を成し遂げたとは言い難いが、神とはやはりアルファであり、オメガであるということが完全に証明された。なんという圧倒的な威光。なんという絶対的な永遠性。そして、それに対する人という存在のなんと矮小で脆いことか。この私ですらも、本能的な恐怖で声が出なかったのだよ!なんと甘美で、知的興奮に満ちた時間か……!ああ、時に富永君、君には何が見えた?あの深淵の奥で、一体何を感じた!?脳の記憶が鮮明なうちに、仔細に、一文字も漏らさずに私に報告し給え……!」


 早口でまくしたて、狂気的な興奮を抑えられない様子の教授に、トウヤ君は呆れたように苦笑いを浮かべながら言った。


「教授、待ってくださいよ。兎に角、ここから戻りましょう。寒いし、俺、片足じゃ上手く歩けないんで」


「あ、ああ、そうだ、そのとおりだよ、富永君。……まずは現代医学の医師にその不思議な足を見てもらおう。そしてレントゲンや血液検査の結果を、ぜひ私にも共有して――」


「わかりました、わかりましたから。ほら、行きましょう」


「……僕も肩、貸しますよ。トウヤさん、無理しないでください」


 状況を察したソウジ君が、教授の反対側からトウヤ君の肩をそっと支える。


「ソウジ君、ありがとう。……助かるよ」


 そうして、地下通路の冷たいコンクリートを踏みしめながら、私たちの奇妙な経験は、一旦の幕切れを迎えた。


 結局、ミキの不可解な死因を現代の法で証明することも、トウヤ君の冤罪を完全に晴らすことも、今の私たちには難しいままだ。

 だけど、彼女の命を奪ったあの怪異の原因を究明し、これ以上の犠牲者が出ないように対処できたということ。それだけが、残された私たちにとって何よりも大きく、そして唯一の救いだった。


 タラップを上り、地上の夜風に吹かれたとき、街の明かりがいつもより少しだけ優しく私たちを照らしているような気がした。


※この小説を面白いと感じていただけましたら、★★★★★の評価とブックマークで応援お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ