第36話 12月15日 ハル
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「という訳で……。川を堰き止める方法はあるにはあるみたいなんだけど……」
いつもの見慣れたカフェ、いつもの窓際の席。
休日の喧騒が遠くでザワザワと響く中、山奥での一部始終を一気に語り終えたトウヤ君は、手元のアイスコーヒーをゴクリと一気に煽った。
グラスの中で、少し溶けた氷がカラン、と力なく鳴る。
彼が語る解決方法――50年前の廃坑で起きた人柱の物語があまりにも絶望的で、私の脳は現実逃避をするように、トウヤ君はこんな真冬でも、頑なにアイスコーヒーを頼むんだなぁ、という、どうでもいい場違いな疑問を一瞬だけよぎらせていた。
「じゃあ……。結局その、50年前のショウキチ君って子みたいに、誰か一人が生贄になって向こう側へ行って、犠牲になる方法しかないってこと……?」
「うん。……『二度と帰って来なかった』ってことは、事実上、そういうことになると思う」
トウヤ君は視線を落とし、氷だけが入ったグラスを見つめた。
あの地下通路に溢れ出した水が、現世の人間が触れてはならない『冥界』の川であるという前提は、教授の言っていた通り間違いなさそうだ。
でも、トウヤ君の語る坑道のディテールを聞いているうちに、私の中でどうしても何かが強烈に引っかかっていた。何かが、致命的に噛み合っていない気がする。
「うーん……。ちょっと待ってね……」
私はカバンを開け、さっき駅ビルの文房具店で購入したばかりの真っ新なノートと、高校生の頃からずっと愛用している、お気に入りの白い仔ギツネのチャームがついたボールペンを取り出した。
「一度、状況を整理させて。頭の中で考えるより、書き出した方がいい」
私はノートの白い紙に、これまでに私たちの周りで起こった悍ましい出来事と、その犠牲者たちの状況を簡単に書き記していった。
『①キヨシさん
原因:坑道に溢れ出た地下水を直接触った
死因:顔に蛆がたかり、生きたまま肉が腐り落ちる』
『②ミキ
原因:地下連絡通路で大声を出し、地下水を踏んだ
死因:水音に狂わされた後、見えない何者かに激しく殴打される。
ショック死 全身に無数の痣』
『③マサキさん
原因:地下連絡通路で大声を出し、地下水を踏んだ
死因:水音に狂わされた後、見えない紐で吊り上げられる。
窒息死 激しい吐血』
トントン、とボールペンの先でノートを叩く。
こうして文字にして客観的に並べてみて、私は決定的な違和感に気づいた。同じ「地下の水」という怪異の枠組みの中にいるはずなのに、明らかに何かが違う。
「ねえ、トウヤ君、これを見て。書き出してみて分かったんだけど……同じ怪異にしては、それぞれの症状や死因、それに呪いの引き金になる『原因』が、ちょっと違わないかな?」
私のメモを覗き込んだトウヤ君も、「あ……」と声を漏らし、腕を組んでうーんと考え込み始めた。
「……確かに。ミキとマサキは、水音の幻聴とか、見えない暴力とか、共通点が多い。だけど50年前のキヨシさんって人の症状は、身体が文字通り腐っていく病気みたいなものだ。……これって、関連はあるように見えるけど、直接的に同じ川の呪いなのか?」
トウヤ君は何かを閃いたようにポケットからスマホを取り出すと、画面を素早く操作し、何やら検索を掛け始めた。
「ほら、これ。ショウキチさんは戻ってこなかったけど……」
彼が画面をこちらに向けて見せてくれたのは、日本神話『古事記』の一節だった。
そこには、死んだ妻のイザナミを追って黄泉の国へと下ったイザナギが、変わり果てた妻の姿を目撃するシーンが書かれていた。
――『うじたかれ、ころろぎて』
思わず息を呑む。それは、ショウキチ君が目撃したという、あのキヨシさんの悍ましい死に様と、あまりにも酷く酷似していた。
さらにトウヤ君は画面をスクロールする。
――『ここに千引の石をその黄泉比良坂に引き塞へて』
神である伊邪那美命ですら、巨大な岩で境界線を物理的に塞ぐしかなかったのだ。ならば、神でも何でもないただの普通の人間であるショウキチさんが、溢れ出るそれを塞ぐためには、命を捧げる、そういう手段を選ばざるを得なかったのかもしれない。
「じゃあ……あの山奥の坑道が繋がっていたのは『黄泉の国』で、湧き出ていたのはいわゆる『三途の川』だったってこと……?」
「わからない。そもそも神話の世界が本当に実在するってこと自体、俺の頭じゃ理解不能だけど……そういうことじゃないかな。日下部教授は地下通路の件を、『シバルバー』だと言っていた」
トウヤ君の言う通りだ。繋がっている『冥界』そのものが、場所によって、あるいは怪異によって全く異なっている。だとしたら、あの地下通路の水を止める方法は、ショウキチ君のやり方をそのまま真似するだけで本当に正しいのだろうか?
疑問は深まるばかりだった。けれど、今の私たちにこれ以上の推論は不可能だ。
「……明日、教授のところへ聞きに行こう。このノートを見せて、もう一度全部ぶつけてみよう」
私たちは互いに強く頷き合った。ミキを殺した『何か』の正体へ近づくための、これがきっと、新しい扉になるはずだと信じて。
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