第32話 ショウキチ
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その数日後、恐れていた最悪の事件が発生した。
突如として、坑内全体を激しく揺るがすような地鳴りが響いた。発破のミスにより、あの曰く付きの第五坑が大規模な崩落を起こしたというのである。
現場の混乱は、すぐさま駆けつけた坑長と保安員、そして各班長たちの迅速な対応によって対処され、一見すれば平穏を取り戻したかのように見えた。だが――そのとき第五坑の奥に居た鉱夫たちは、誰一人として地上に戻ってくることはなかった。
事故が発生した場合、基本的に人命よりも二次災害の防止、坑道全体の維持が最優先される。生き埋めになった仲間を見捨てるようにして通路は即座に遮断された。仕方のないことだと、皆が自分に言い聞かせていた。
崩落によって第五坑は完全な立入禁止となり、誰も近づかなくなったことで、あの不気味な『祟り』も一時は収束したかに思われた。しかし、そこで終わりではなかった。
今度は、まるで塞がれた逃げ道を探すかのように、各坑道内の岩肌からじわりじわりと地下水が染み出し始め、瞬く間にすべての坑道へと広まっていったのだ。
当然、俺とキヨシさんがいる第六坑も例外ではなかった。
「キヨシさん、そこ……水が!」
「ああ、クソッ、またか……! おーい、誰か早く土嚢持ってきてくれー!」
岩の隙間から、まるで生き物の血が吹き出すようにドクドクと水が溢れてくる。確実な水脈に当たっているわけでもないのに、どれだけ汲み出しても湧水が止まらないのだ。
ちょっとした湧水であれば足元の側溝に流れ落ちていくはずだが、地下の集水槽もすでに一杯になっているのか、排水が追いつかず、側溝からも水が溢れそうになっていた。
必死に土嚢を積み上げて水をせき止めようとしていたキヨシさんだったが、不意に、その両手をピタリと止めた。
暗闇の向こう、水たまりの奥に、何かを見つけたのだろうか。
「……キヨシさん?」
「ショうキシ……なんた……?」
声をかけると反応はあった。だが、何かが決定期的におかしい。声の輪郭が歪み、ろれつが全く回っていない。
「どうしたんですか……?何か、変ですよ」
嫌な胸騒ぎを覚えながら、俺は彼の肩に手をかけようとした。
そうして、ゆっくりとこちらを振り返ったキヨシさんの顔を間近で見た瞬間、俺は完全に絶句した。
「……ひぃっ……、あ……あぁっ……!」
喉の奥から、引き攣った悲鳴が漏れ出た。
裸電球の薄暗い光に照らされた彼の顔――その両目はドロドロに腐り落ちて眼窩が黒い穴となり、鼻の肉は剥ぎ取られたように削げ落ちていた。そして、ボロボロに崩れかけた頬の肉の隙間からは、信じられないほどの無数の蛆虫が、白く蠢きながら這い回り、次々と床の水たまりへと零れ落ちていたのである。
俺は恐怖のあまり声にならない悲鳴を上げながら、尻餅をついて後ずさった。だが、彼自身は異変を全く意に介していない様子で、壊れた機械のように口を動かし、何かを必死に発している。
「みすが……とまんないからよぉ……でもまかしとけよぉ……おれが、とめてやるからよぉ……」
かつて頼もしかった彼だったはずの「何か」は、すでに人間のものではない濁った声で、聞き取りづらい言葉をブツブツと呟きながら、なおも泥水を素手でせき止めようと蠢いている。
「ひぃ、ひっ、ひぃぃぃ!班長、班長!助けて!キヨシさんが……キヨシさんがぁ!」
俺は正気を失い、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、狂ったように四肢で泥水を這いずり、近くに居た班長に向かって必死に助けを求めた。
そこから先のことは、恐怖のあまり記憶が完全に飛び、よく覚えていない。
数日後、気がついたときには集落の小さな診療所のベッドの上だった。母ちゃんが泣きながら俺の手を握っていたが、医師も、会社の人間も、だれもあの日の出来事について何も言わないし、語ろうともしなかった。
だが、それ以降、キヨシさんの姿をこの集落で見た者は誰一人として居なかった。
それでも、俺たちは生きるために、その地獄のような鉱山で働き続けるしかなかった。その後も、坑道内で突如として命を落とす人が後を絶たなかった。
作業員たちの間の噂だと、どうやら溢れ出る水の「排水作業」に直接関わった人間が、漏れなく全員、犠牲になってしまっているとのことだった。
誰も詳しくは語りたがらない。だが、おそらくはみんな、あの日のキヨシさんのようになって、人知れず処分されたのだろう。間違いなく、あの『祟り』の再来だった。
このまま人が死に続ければ、遠からずこの鉱山が完全に閉鎖してしまうことくらい、学のない俺の頭でも容易に想像がついた。
もし山が閉鎖してしまえば、俺は仕事を失う。社宅を追い出され、家族全員で路頭に迷うことになる。
いつ自分の身に迫るかも分からない凄惨な死の恐怖よりも――生活が完全に立ち行かなくなることへの圧倒的な現実の恐怖が、じわじわと俺の心と身体を支配していった。
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