第31話 ショウキチ
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「母ちゃん、俺は大丈夫だから。いつも通りだよ」
「あんた、いつもそればっかりじゃないか……」
台所でごそごそと家事をしながら、母ちゃんが心配そうにこちらを振り返る。無理もない。ここ最近、鉱山では原因も分からずに次々と人が倒れているのだ。明日は我が身なんじゃないかと、現場の誰もが毎日気が気じゃなかった。
「父ちゃんもいねぇし、俺がしっかり働かねぇと。じゃあ、行ってくる」
もし俺が怖気づいて鉱山を辞めれば、この会社からあてがわれている社宅だって一発で追い出されてしまう。父ちゃんは数年前にこの鉱山の落盤事故で死んだ。俺が辞めたら、誰が母ちゃんと、まだ小さな弟や妹たちを養ってくれるというのだろう。
「気をつけなさいよ」
「にいちゃん、いってらっしゃい!」
母ちゃんと、弟に笑顔で手を振る。
今日の俺は昼番だ。母ちゃんに手渡された握り飯の温もりをカバンに感じながら、俺は精一杯のカラ元気を作って家を出た。
ここは鉱山を中心に出来上がった集落だ。
元締めである『西澤石灰工業』がこの土地のすべてを取り仕切っており、俺たちが住んでいる社宅も、小さな診療所も、共同の銭湯も、会社が作ったものだった。生きていくだけなら十二分な環境が揃っている。
いつもの見慣れた赤茶けた砂利道を歩いていると、鉱山の入り口からバタバタと数人の男たちが担架を運んでくるのが見えた。きっと、診療所へ直行するのだろう。
今、鉱山の中には診療所では原因が特定できない、おぞましい病気が蔓延している。
男たちの間では、それはいつしか『山の祟り』だの『地獄の呪い』だのと呼ばれ、恐れられていた。
もちろん恐怖はある。だが、それでも働かないわけにはいかない。母ちゃんが細々とやっている内職や小作農だけじゃ、家族五人、とても食べてはいけない。
俺はどんよりと重い足取りで、自分の持ち場へと急いだ。
◇
この鉱山では、午前中にダイナマイトを仕掛け、昼過ぎにドカンと発破するのが一般的なサイクルだ。
俺はまだ若造で発破の資格なんて持っていないから、爆破が終わり、粉塵が落ち着いて安全が確保された坑内に入ってからが本番になる。ベテランの先輩について、崩された石灰石をひたすらコンベアへ積み込む作業だ。
そうして、数時間の重労働を終えた休憩時間のこと。
坑内の、裸電球がぼんやりと灯る薄暗い休憩室で、母ちゃんが作ってくれたおにぎりを頬張っていたときだ。向かいで話している先輩たちの声が聞こえてきた。
「おい、聞いたか。次はジロウが倒れたらしいぞ」
「やっぱり……やっぱり『祟り』だ。この山の奥の神様が怒ってるんだよ」
「おい、ジロウの死に顔を見た奴がいるか? ありゃあ普通の病気じゃねぇぞ」
「怪我じゃねぇのか?」
「違う。瞬間に、もう『そう』なっているらしい……」
先輩鉱夫たちの不穏な会話が、嫌でも耳の奥に入り込んでくる。喉におにぎりが詰まりそうになった、その時だった。
ぽん、と。俺の頭の上に、ゴツゴツとした大きな手が無造作に覆いかぶさった。
「ショウキチ、気にするな。大丈夫だ、俺に付いてりゃあ何の問題もねぇよ」
「キヨシさん……」
顔を上げると、俺がいつも付いているベテランのキヨシさんが立っていた。
面倒見が良くて腕も確か、仕事のイロハを全部教えてくれる頼もしいアニキ分だ。作業でポカをやらかしたときはそりゃあもう地獄のように怖いけれど……。
「俺たちの第六坑じゃ、そんなお化けみたいなことは一度も起きてねぇ。噂の祟りだか何だか知らねぇが、騒いでるのは隣の第五坑の連中だけだ」
この鉱山は巨大だ。今では第八坑まで掘り進められており、噂の怪異が起きているのは決まって地下水を掘り当てたという第五坑。幸い、俺たちが今いる第六坑では、そのような不気味な現象は一度も起きていなかった。
「はい……そうですね」
「お前んところも、おふくろさんやチビどもを腹いっぱい食わせてやらねぇとな。男なら、シャキッと足を動かせ!」
にかっと、豪快に笑うキヨシさんの表情を見て、俺の胸を支配していた冷たい恐怖心は、少しだけ和らいだような気がした。よし、と気合を入れ直して、俺は最後のおにぎりを口に放り込んだ。
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