第30話 12月14日 トウヤ
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老婆に案内された先は、廃坑から少し離れた、鬱蒼とした山影にひっそりと佇む小さな集落の一軒家だった。
ガラガラと年季の入った引き戸を開けてお邪魔した和室は、どこかカビ臭く、時間が止まったような空間だった。
座らされた俺が室内をぐるりと見渡すと、鴨居の上に故人の遺影がずらりと一列に並べられているのが見えた。大半が天寿を全うしたであろう白髪のお年寄りの写真だったが、そのなかで、ひときわ若い――まだ十代後半ほどの、快活そうな青年の一枚が嫌でも目に付いた。
老婆は仏壇の前に進み、線香に火を点けて深く手を合わせてから、俺たちが座る対面へと戻り、古びた座卓を挟んで静かに腰を下ろした。
「なんでまた……今更そんな大昔のことを蒸し返そうとするんだい」
老婆の絞り出すような問いに、日下部教授が姿勢を正した。
「先ほども申し上げましたが、我々は亡くなられたご遺族の無念を晴らすために、こうして足を使って調査をしています。是非とも、もう一度当時の状況を、お辛い記憶であることは百も承知ですが、ご説明頂けないかと伺った次第です」
いつもの傲慢で他人を見下したような態度は完全に鳴りを潜め、教授は限りなく低姿勢に、老婆の頑なな警戒心を少しずつ解きほぐすかのように話し始めた。
それでも、老婆の口は一文字に固く閉じられたままで、なかなか開く気配を見せない。
すると、教授は少しだけ表情を曇らせ、深く頭を下げた。
「……申し訳ございません。実は一点、先ほどあなた様に嘘を申しておりました」
老婆は「嘘」という言葉に鋭く反応し、キッ、と皺の深い顔で教授を睨みつけた。場の空気が一瞬で張り詰める。
「実は……あの『事戸渡事件』を追っている、というのは真実ですが、その目的が異なりまして。……先ほど、彼は私を教授、と呼びましたが、実は私の息子なのです。他の学生の手前、そう呼ばせております」
(……は?)
俺は表情に出そうになるのを必死に堪えた。急にこの人は何を言い出すのだろうか。
嘘を白状すると見せかけて、さらに巨大な嘘を重ねたのだ。大学の教授をやるより詐欺師にでもなった方がよっぽど成功したんじゃないだろうか。
「そして……この息子も、あの時と同じような不可解な事件に巻き込まれておりまして。父親として、どうしてもこの子を助けたい。是非とも、貴方様のご助力を賜れないかと、こうして無理を承知で伺った次第でございます」
胸が締め付けられるような、完璧な父親の顔。アカデミー賞ものの演技だ。
俺は黙っていた方が良さそうだ。俺は神妙な顔を作り、ただ黙って、コクリ、コクリと力なく頷いてみせた。
だが、この老婆を騙しているという事実が、ほんの少しだけチクリと俺の胸を刺した。
すると、俺たちのその様子をじっと観察していた老婆の鋭い目つきが、幾分だけ和らいだ。そして、ほんの少しだったが、我が子を想う親の心に同情するような、確かな慈悲を含んだ視線を俺に向けた。
「……そうかい」
老婆はぽつりと呟くと、深く溜め息をついた。
「いいだろう。……だが、他言は無用だ」
そう固く前置きすると、老婆は遠い目をしながら、ぽつり、ぽつりと重い口を開き始めた。
「その『事件』が起きたのは、今から50年程前になる。当時この鉱山での採掘は最盛期を迎えていてな。そりゃあ活気づいていたよ。村の若い衆はこぞって鉱山に入って働いて、近隣の集落からもたくさん出稼ぎに、ってね」
老婆は鴨居の若い青年の写真を悲しげに見つめた。
「ある日、地下深くの坑道で、大きな地下水を掘り当てちまってね。だが、坑内採掘において水が出るなんてことは、決して珍しいことじゃない。だから、いつも通り大きなポンプを回してそれを外に排出しながら、何事もなかったように作業を続けていたのさ」
地下水――。
それも教授の言う『冥界の川』なのだろうか。
「だけどね、ある日から急におかしくなった。一人の鉱夫が、作業中に突然倒れた。そりゃあ鉱山だ、けが人なんざ日常茶飯事さ。……だがね、おかしいんだよ。病院に行っても原因が分からず、一人、また一人と、同じように倒れて死んでいく者が増えていく一方だったよ」
似ている。あまりにも似すぎている。
「息子もそこで毎日働いていてね。母親としては心配でさ、何度も『山で何があったんだ』って原因を聞いたよ。だけど……あの子は、どんなに原因を聞いても、頑なに口を開こうとしなかった。ただ『いつも通りだ、何も変わらない』とだけ」
老婆の手が、座卓の上で小刻みに震え始めた。50年の歳月を経てもなお色褪せない恐怖と哀しみが、その掠れた声から生々しく伝わってきた。
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