第28話 12月14日 トウヤ
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週末。B駅のロータリーに現れた日下部教授は、大学のキャンパスで見る洗練された雰囲気とは全く違っていた。まるで別人だ。
てっきりセダンや外車にでも乗っているのかと思っていたら、停まったのは、あちこち泥を跳ね上げたような車高の高い無骨な軽の四駆だった。
服装も、いつものクラシックで落ち着いた姿からは全く想像もできないものだった。
実用性に富んだ頑丈そうな黒のダウンジャケット。胸元には見慣れた象のマークが付いていて、見るからにとても温かそうだ。ボトムも同じアウトドアメーカーの、引き裂きに強そうな黒のトレッキングパンツ。おまけに足元まで、がっしりとしたトレッキングシューズで固めている。
何より俺の目を引いたのは、その髪型だった。
いつものようにワックスできれいに撫でつけるように整えられたものではない。寝癖を最低限だけ手ぐしで整えてきたような、どこかワイルドさを感じる佇まいだった。
(……某レクター博士を演じていた、あの俳優みたいだ)
思わず絶句している俺に、教授は助手席の窓を下げて、眼鏡の奥の目を細めた。
「何だね、富永君。人をじろじろと観察するものじゃあない。時間が惜しい、さあ、早く乗り給え」
小馬鹿にしたような、突き放すような話し方はいつもの教授そのもので、俺は妙な安心感を覚えた。
「……失礼します」
助手席のドアを開けて乗り込む。車内には無駄な装飾など一切無く、後部座席にはよくわからない工具箱や、何に使うのか分からないものが綺麗に整理され、積み込まれていた。
俺がシートベルトを締め、乗り込んだのを横目で確認すると、教授はシフトレバーをスマートな手つきで1速へと入れ、クラッチを繋いで颯爽とロータリーを離れた。
◇
舗装路から外れると、オフロード車特有の硬いサスペンションのゴツゴツとした振動が、容赦なくシートを伝って俺の腰を突き上げてくる。
車は都市部を抜け、インターチェンジから高速道路へと入った。スピードメーターの針が上がる。どうやら、思いの外遠くへ行くつもりのようだ。
流れる景色を眺めながら、俺は沈黙を破って切り出した。
「教授。今日は、一体何処に行くんですか?」
「過去に、今回の件と同様『冥界』に繋がったという、古い噂が在る場所だ。常々、直接尋ねて見たいと思っていてね。まあ、今回は君の件という大義名分ができたから好都合だった。私の趣味のついでだよ」
「そう、ですか……」
人が死んでいるというのに、悪びれもせず『趣味のついで』と言ってのける。
俺はこの日下部という人間を、決して人間的には『信用』していない。ただ、彼が持つ圧倒的な知識と、それに裏付けられた行動に対する『信頼』があるから、こうして隣に座っているのだ。
俺は緊張で乾いた喉を潤すため、行きがけのコンビニで買ったペットボトルの緑茶を一口のみ、気まずさを紛らわすように何気なく聞いてみた。
「今日はいつもと雰囲気が違いますね」
教授は視線を前方の道路に据えたまま、ハンドルを握る両手に少しだけ力を込めて答えた。
「どういう意味かな」
「いや、大学ではもっとスマートというか、シュっとした感じだったので。今日の格好は、なんていうか……イメージと違うなと」
教授は運転席からちらりと俺を一瞥すると、フンと鼻を鳴らし、これ以上ないほど深い、ため息交じりにいった。
「君はTPOという概念を知らないのかね。何故私が休日、しかもフィールドワークの日にまで、勤務時と同じ服装でいるという非論理的な思考に行き着いたのか、その明確な理由を述べ給え。これから険しい山林に入るかもしれないというのに、革靴が相応しいとでも?」
「あ、いや……そういうわけでは……」
「逆に問おう。私が大学で教壇に立つ際、冷暖房の完璧に効いた教室内で、吸水性と保温性に優れたこのメリノウールのインナーを選択する必要性が、一体どこにあると言うのかね」
「……すみません」
首元のインナーをぐいと引っ張りながら、俺の発言の非合理性をこれでもかと理詰めで叩き潰してくる教授に、俺はただ縮こまって謝ることしか出来なかった。
黙っていれば、一部のおじ様好きな女子たちが放っておかないような渋い風貌をしていながら、一度口を開くとこの有様だ。容赦のない皮肉交じりの言い草に、俺は、二度と雑談なんかするまい、と心に固く誓い、ただ大人しく前方のひたすら続くアスファルトを見つめることにした。
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