第27話 12月11日 ハル
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日下部教授の口から語られる言葉は、どれもにわかには信じがたい、荒唐無稽なものばかりだった。
けれど、信じるしかない狂った現実が、いま現に私たちの目の前で起こっている。
「こういうことって……本当に、あるの……?」
私は、自分と同じように愕然とした表情で立ち尽くしているソウジ君に、意味もなく問いかけてしまっていた。何かに縋りたかったのかもしれない。
「いや……僕も、本物の怪異がリアルタイムで『起こった』ところを見たのは、さっきのマサキの配信が初めてで……。あくまでファンタジーというか、創作というか、噂話というか。オカルト話は大好きですけど、基本的にはそういう一歩引いた目で見てましたから。……正直、頭が追いつかないです」
私たちがそんなやり取りを交わす傍らで、トウヤ君は痛いほどの力で握りしめた自分の拳をじっと見つめていた。そして、彼にとって今、最も切実で、最も気になるであろう疑問を、静かに教授へと投げかけた。
「教授。……じゃあ、ミキをその『冥界』から連れ帰るなんてことは……可能なんですか」
微かな希望を孕んだ声。
しかし、日下部教授は一瞬でその光を冷酷に踏みにじった。
「君はオルフェウスにでもなるつもりかね?……まあ、歴史や神話において死者が蘇った、というエピソードはいくつか在る。だがね、どれも最終的には生前より凄惨な最期を迎えるものばかりだ。……どうしてもと言うなら、ものは試しだ。彼女の生首でも持ってきて『夜葬』でもしてみたらどうかな。何か起きるかもしれないよ」
「……」
この人には、人の心というものがないのだろうか。
私には意味のわからない単語が端々に在ったけど、教授がトウヤ君の抱いた一縷の望みを、小馬鹿にして鼻で笑い飛ばしているということだけは痛いほどよく分かった。
「……あ、いえ、結構です」
トウヤ君は、あまりにも無惨に可能性を切り捨てられ、明らかに小さく肩を落として俯いてしまった。
(この人はもう少し、オブラートに包むって事を覚えたほうが良いよ、本当に……)
私が心の中で激しい悪態をついていると、隣のソウジ君が、思い出したようにぽつりと新たな疑問を漏らした。
「教授。……膿、痣、そして吐血と首吊り。……これって、もしかして『シバルバー』を指しているのでしょうか」
その言葉に、教授は我が意を得たりとばかりに深く頷いた。
「素晴らしいよ、園田君。私もまさにその線で調査を進めていてね。今回の『マサキ』君の劇的な最期を聞いて、合点がいったという訳だ」
また、私の知らない訳の分からない単語が飛び出した。
完全に彼ら二人の知識の応酬に置いていかれている。付いていけそうもない疎外感に焦りを覚え、私は直球でソウジ君に聞くことにした。
「ソウジ君、その……シバルバーって、何?」
「教授がさっきホワイトボードで説明してくれた、いわゆる『冥界』の一つです」
ソウジ君は、私に分かりやすいように噛み砕いて説明を続ける。
「地下世界にある国で、そこは12の神、または支配者たちが治めているとされているんです。その神々がそれぞれ固有の病気や災厄を司っていて……」
「それが……今回のミキたちの件と、一体何の関係があるの?」
焦る私がそこまで聞いたとき、教授があからさまに深い、深い溜め息をついた。
「……はぁ。萩原さん、脳というものは使うためにあるのだよ。ただ口を開けて情報を享受するだけではなく、自らの頭で思考し給え。そして考察し、そこから実践に移す。何故そんな簡易な知的プロセスが君たちにはできないのだ。それでは脳が萎縮する一方でしかない……」
最後の方は、あきれ果てて最早ただの独り言のようだった。
教授のナチュラルで傲慢な嫌味にはもう慣れてきていたつもりだったけれど、何故か私よりも、隣のソウジ君の方が、ムッとした表情で教授を睨みつけていた。
「……ともかく」
ソウジ君は不快感を隠すように咳払いをひとつして、話を軌道修正した。
「何らかの拍子に、あの地下連絡通路がその『冥界の川』と物理的に繋がってしまった。それによって、神々の呪いのような怪異が現世に漏れ出し、今回の悲劇が起きているんです」
そこまで黙って話を聞いていたトウヤ君が、ゆっくりと顔を上げた。
「原因は分かったよ、ソウジ君。……じゃあ、その繋がってしまった川を閉じる方法はあるのかな。これ以上、ミキやあの配信者みたいな犠牲者を、出さないための方法が」
「あ、それは……すみません、そこまでは僕の知識じゃ……。教授」
ソウジ君が、限界を認めて教授に助けを求めるように目配せをする。
すると、待っていましたとばかりに、さも当然という傲慢な仕草で、教授は眼鏡の奥の瞳をギラリと光らせた。
「もちろん、私の中では、すでに仮説は構築されている。……富永君、今週末、私に付き合い給え」
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