第24話 12月11日 ハル
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大学の食堂は、昼休みを迎えて大勢の学生たちで溢れかえっていた。
もう冬本番の寒さだ、わざわざ寒空の下、中庭のベンチでお昼を食べるという選択肢など、今の時期は誰にもないのだろう。
節約のために持参したツナとレタスのサンドイッチが入った袋を手に、どこか空いている席はないかと周囲を見回していると、喧騒の中にぽつんと置かれた見知った顔が視界に入った。
軽音サークルの後輩、ソウジ君だ。
彼はソファ席に一人で座り、神妙な面持ちで手元のスマホをじっと睨みつけていた。
「ソウジ君、ここ、座ってもいいかな?」
ソファ席の対面まで近づき、少し大きめの声で声を掛ける。だが、彼には届いていないようだった。
耳にはワイヤレスイヤホンが差し込まれており、視線はスマホの画面に完全に釘付けになっている。
「ソウジ君?」
彼の目の前まで顔を近づけ、ひらひらと手を振ってみる。
「……うわぁっ!?……は、ハルさん……っ!」
ようやく気づいたソウジ君は、飛び上がるほど驚いてスマホを落としそうになりながら身を退いた。
「ふふ、こんにちは。そんなに集中して、一体何を見てるの?」
「あの、あ……こんにちは。いや、その……なんか、ちょっと変なんですよ、これ……」
ソウジ君はそう言いつつ、私の顔とスマホの画面をキョロキョロと交互に見つめている。
ひどく要領を得ない返答に、私は好奇心と少しの不審さを覚え、彼の正面ではなく、促されるように彼の隣の席へと腰を下ろした。そして、横から一緒にスマホの画面を覗き込む。
そこには、どこにでもある普通の自室で、一人の若い男がカメラに向かって何やらブツブツと狂ったように呟き続けている動画――いや、リアルタイムの生配信の映像が映し出されていた。
「あの……よかったら、これ。片方、使ってください」
ソウジ君が、自分の右耳から外したイヤホンを少し照れくさそうに差し出してくれた。
「ありがとう。……一体何が映ってるの、これ……」
受け取ったイヤホンを自分の耳に装着する。
その瞬間、鼓膜を直接引っ掻くような生々しい男の絶叫と悲鳴が飛び込んできた。
『ああ……消えない……!頼むから、やめてくれよ……っ!』
画面の向こうの男は、床に激しく蹲ったり、唐突に立ち上がったり、部屋の中をうろうろと行ったり来たりしながら、自身の頭を頭皮がめくれるのではないかと思うほどの勢いで掻きむしっている。
ソウジ君は一体、こんな白昼堂々、何を見ているのだろう。
「これは……どういう配信?」
「これ、僕がよく見てるYohTuberなんです。この前、急に配信をお休みするってライブで言ったばかりなのに、さっきいきなりまた限定ライブ配信が始まったから、見てみたらこの有様で……。僕も何がなんだか分からなくて。……なんか、炎上狙いの仕込みか、拡散目的なのかなって思ったんですけど……」
なるほど、最近の動画配信者がよくやる、注目を集めるための『炎上商法』の類か。
だとしたら――この男の演技力は、あまりにも狂気に満ちていて……なんというか、リアルだった。本業はどこかの劇団員や、売れない俳優だったりするのだろうか。
しかし、スマホの向こうの男は、私たちのそんな分析を嘲笑うかのように、尚も狂わんばかりに苦しみ続けている。
『煩い……!頭の中で響くんだよ、煩いんだよ……っ!直接……ああ、あああ、頭に……ッ!』
あまりにも悲痛な男の絶叫に、私は学食の喧騒の中にいることを忘れて、思わず不快感で顔を顰めてしまう。
「これ……もし演技だとしたら、ちょっとリアルすぎないかな……?」
私の呟きに、ソウジ君は引き攣った顔でゆっくりと首を横に振った。
「そうなんです……。マサキは、こんなに演技ができるような器用な奴じゃないんです。いつももっと、トークも下手くそだし……」
その男――マサキは、さらに床をもんどり打ってのたうち回り、ついには口から支離滅裂な妄言を垂れ流し始めた。
『水……!水の音が聞こえる……!来るな……!来るなぁぁぁ!ああ!あああ!』
その瞬間。
男が叫んだ「水」という単語が、私の脳裏の、あの引き出しに眠っていた恐怖の記憶と、ピタと、完璧に一致した。
(……えっ? 水……?)
耳の奥で直接響く、水音。
「ハルさん……? どうしたんですか、それってどういう……」
私の顔色が変わったことに気づいたソウジ君が怪訝そうに尋ねてくる。私は彼に「これ、もしかして……」と説明しようとした。
だが、それを遮るように、画面の中のマサキの容態はさらに最悪な方向へと急変していった。
『入ってくる……!やめろ、入らないでくれ……!俺の中に入ってくるな、おねがいだぁぁぁ!』
入ってくる……? 一体、何が彼の体に入ろうとしているの?
ミキの『痣』とは、また何かが違う気がする。
『やめ、やめやめやめ、があ、がああああああ!!!』
マサキは完全に白目を剥き、言葉にならない獣のような絶叫を上げた。
そして、あろうことか――彼の身体が、重力を無視して、不自然に宙へと浮き上がったのだ。
まるで、天井から吊るされた見えない透明な糸で、首を強引に釣り上げられるかのように。足元が床から数十センチメートルも離れ、空間にぶら下がる。
「えっ……何、これ……?嘘でしょ……」
あまりの光景に、私は絶句した。特殊効果?CG?いや、ライブ配信だ。だとすると、最新のAI技術……?まったく私の理解の範囲を超えている。学食のBGMや周りの学生の声が、一瞬で遠のいていく。
『あ、がが……ゴォ、オ、ッ……』
見えない何かに首を絞められ、吊るされていた彼は、急に大量の赤黒い血を口から激しく吐血した。そして、ピクピクと何度か痙攣したのを最後に、完全に動かなくなった。
その直後、釣り上げていた糸が急に切れたかのように、彼の身体がどさりと床へと垂直に落ちる。
『ガタンッ!!!』
落下した彼の身体が、手前に置かれて撮影していたであろうスマホか三脚に激しく衝突する。画面が激しくブレて、天井のシーリングライトが一瞬映り――。
『配信が終了しました』
無機質なシステムメッセージが画面に表示され、映像はブツリと途切れた。
開いた口が塞がらなかった。隣のソウジ君も、完全に息を呑んで硬直している。
何がなんだか、さっぱりわからなかった。
ただ一つ確実なのは、ミキを殺したあの地下の「何か」が、今。
全く別の場所で、別の人間を確かに絶命させた、ということだけだった。
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