第23話 12月10日 ハル
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日下部教授の研究室へトウヤ君と相談に訪れてから、数日が経った。
私は教授の言った通り、平穏を装って大学へと通い続けていた。教授とは大教室での講義の際に教壇の上と下で顔を合わせるくらいで、あの日以来、彼からの具体的なアクションや連絡は特に何もない。生殺しにされているような焦燥感だけが、胸の奥でじりじりと燻り続けていた。
トウヤ君はと言うと、私と同じように、日常生活を無理やり再開させていた。
彼の様子が少し気になり、生存確認を兼ねてLIMEで連絡を取り合って、中庭のベンチで待ち合わせをしていると――。
「ねえ、よく平気な顔して大学に来られるよね……」
「ホントだよな。ぶっちゃけ、あいつが彼女を殺したんだろ?」
「容疑者?らしいよ。怖ぁい。ねぇ、ユイトはそんな酷いことしないよね?」
「当たり前だろ、ヒナタ。あんな奴と一緒にするなよ」
講義の移動で行き交う学生たちから、あからさまに後ろ指を指すようなヒソヒソ声が後を絶たない。
もう冬の足音がすぐそこまで迫る寒空の下で、よくもまあそんな根拠のない下らない噂話に熱中できるものだと、私の胸には冷ややかな怒りが込み上げていた。
だが、当のトウヤ君はどこ吹く風といった様子で中庭に現れた。周囲のトゲのある視線やデマには一切耳を貸さず、ただ前だけを見て歩いてくる。
「ごめん、ハル。待たせたか」
「ううん、今来たとこ。……ここだとちょっと話しづらいし、行こっか」
これ以上、悪意のノイズに彼を晒したくなくて、私は早歩きで中庭を後にした。
◇
B駅の近くにある、いつもの見慣れたカフェ。
窓際の席に落ち着き、私は注文したホットのカフェオレにスティックシュガーを入れ、スプーンでくるくると混ぜながら、目の前の彼に声をかけた。
「トウヤ君、……大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。心配してくれてありがとう」
そう言ってアイスコーヒーに口を付ける彼の頬は、数日前よりも、またすこし細くなっただろうか。
いくら「ミキの死の真相を探る」という強い使命感で自分を支えているにせよ、大学にいる間は常に奇異の目に晒され続けているのだ。その目に見えない心労は、着実に、確実に彼の心を削り取っていっているように見えて仕方がなかった。
「トウヤ君、お腹空いてない?何か食べるもの、頼む?」
「いや、いいよ……。あ、いや……。じゃあ、お言葉に甘えて何かお願いしようかな」
一度は遠慮したトウヤ君だったが、少し考えてから、弱々しく微笑んでそう言った。まともに食事も喉を通っていないのかもしれない。
「わかった。ちょっと待っててね」
私は席を立ち、カウンターのレジへと向かった。
そう言えば、私自身もまともにお昼を食べていなかったことに今更ながら気がついた。
「ナポリタンを……あ、それを二つお願いします」
「かしこまりました。席までお持ちしますので、こちらの番号札をお持ちになってお待ちください」
トレイと番号札を受け取って席に戻ると、料理を待つ間の、なんとも言えない妙な沈黙が二人の間に落ちてきた。
そう、私とトウヤ君が顔を合わせる時には、いつだって真ん中にミキが居たのだ。
物静かな彼と、人見知りの私。
彼女がマシンガントークで間を取り持ってくれないと、二人きりの空気はこんなにも重く、どうしていいか分からなくなる。ミキの不在の大きさを、こんな些細な瞬間にも突きつけられてしまう。
『決して一人にはさせないから――』
珍しくお客さんも少なく静まり返った店内に、スピーカーから聞き覚えのあるメロディが響き渡った。
私が大好きなアーティストの曲だ。
確か、女の子の決意を歌った曲だったっけ。
「……ああ、共に戦うよ」
切ない歌詞に今の自分たちの境遇が重なり、思わず小さく口ずさんでしまった私に、トウヤ君が少しだけ目元を和らげ、本当に久しぶりに小さく笑いながら聞いてきた。
「その曲、好きなの?」
「うん、すごく好き。……え、トウヤ君知らないの?あ、でもこれは少し前の曲だったかな」
「聞いたことはあるかな、くらいだ」
「そっか……。トウヤ君って、ほんとに音楽に興味ないんだね」
ぎこちないけれど、他愛のない何気ない日常の会話。
私ばかりが一方的にずっと話していた気もするけれど、こうして少しでも彼が笑って過ごせる時間を作れるほうが、きっとミキだって喜ぶんじゃないかと思う。
「おまたせいたしました」
店員さんの声とともに、昔ながらの銀色の皿に盛られ、ホカホカと白い湯気を立てるナポリタンが私たちの元へと届いた。ケチャップの甘酸っぱい香りが、一瞬だけ、この重苦しいテーブルの空気を実社会の温もりへと引き戻してくれたような気がした。
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