第1話 11月20日 トウヤ
※この小説の続きをスムーズにお楽しみいただけるよう、【ブックマークに追加】を押して設定を保存してください。
「あの話、ほんとかな」
ミキがストローの先を小さく噛みながら、上目遣いでそんなことを呟いた。
俺と、彼女であるミキは共に通うK大学からの帰り道、駅の近くにあるカフェで作戦会議をしていた。
どこにでもある、見慣れた黒地に白、そして黄色のコーヒー豆の看板のチェーン店。
俺たちは、課題の相談からデートの行き先決めまで、何かあるとすぐにこの店に立ち寄るのがお決まりになっていた。
慎重派な俺と、何かとアクティブなミキ。
周囲からは「凸凹コンビ」なんてからかわれるくらい全くの正反対なようで、これでも付き合って3年になる。
お互いの手の内は知り尽くしているつもりだった。
俺は運ばれてきたアイスコーヒーにストローを差し、ジュル、と口を潤してから言った。
「都市伝説かなにかだろ」
正直、俺はその手のオカルトは全く信じていない。
幽霊だの呪いだの、科学的に証明できないものは全部、誰かの創作か見間違いだと思っている。信じていないが故に、いわゆる「恐怖」も感じていない。
行きたくない理由はただ一つ。
噂の舞台は地下鉄の連絡通路――つまり鉄道会社の私有地ということだ。
そこに無断で立ち入るということへの罪悪感がどうしても勝ってしまい、どうにも気が進まなかったのだ。
俺の冷めた言葉がお気に召さなかった様子で、ミキはぷぅ、と分かりやすく頬を膨らませて言った。
「ほんと、慎重派って言うか……まあ、そんなところも好きなんだけどね」
この会話のどこに惚気る隙があったというのか。
呆れを通り越して、少し調子が狂ってしまう。
本当に、油断も隙もない。
「じゃあ、やめとくか」
ここぞとばかりに、俺はそこでその話を切ろうとした。
ミキに危ない橋を渡ってほしくないし、俺だって余計なトラブルに巻き込まれたくはない。
しかし、ミキは手元のカフェオレをゴクリ、と飲むと、ピシャリ、と言い放った。
「それとこれとは、話が別」
少し強めの手つきで置かれたグラス。
その衝撃で、グラスの水滴が、コースターにポトリと落ちる。
彼女の目は、完全に「冒険モード」に入っていた。こうなったミキは、そう簡単に引き下がらない。
「不法侵入だぞ、それ」
一応、釘を刺すようにトーンを落として言ってみる。
だが、ミキはどこ吹く風といった様子で首を傾げた。
「今は使われてないって話だし、いいんじゃない?」
使われていようが、いまいが、それは鉄道会社の私有地だろう。
頭痛を覚えそうな正論を飲み込む。
しかし、あっけらかんと言い放つ彼女の顔には、純粋で無邪気な好奇心しか無かった。
常識的な俺からすればハラハラさせられ通しだが、結局のところ、俺は彼女の、この強引さというか、マイペースな感じが好きなのだ。
「……わかった。でも、少しだけ、だぞ」
惚れた弱みというものか。
ミキのまっすぐな視線に根負けして、俺はその提案を飲むことにしたのだ。
何かあれば、すぐに引き返せばいい。
何かある、こともないだろうが。
俺が同意した瞬間、ミキは「やったぁ!」と心底嬉しそうな表情を浮かべ、テーブルの上の俺の手をぎゅっと取った。
「じゃあ、早速今日の夜なんて、どうかな」
「うーん」
ミキの急すぎる提案に、俺は苦笑しながらスマホをポケットから取り出し、スケジュールを確認する。
カレンダーの画面を見る。本当は、今日中に大学の課題をいくつか終わらせたかったのだが……。
画面を閉じ、目の前で期待に目を輝かせている彼女を見る。
他でもない、ミキの頼みだ。少しぐらいいいだろう。課題の期限はまだ先だ。
「わかった」
そう答えると、ミキの顔にぱぁ、と笑顔が咲いた。
その弾けるような笑顔を見ていると、まあ、不法侵入とはいえ、少しぐらいなら、鉄道会社の社員も許してくれるだろう……なんて甘い考えが頭をよぎる。
ミキは嬉しそうに身を乗り出し、声を潜めながら集合場所を告げた。
「じゃあ、今日の24時……あ、正確には今日じゃないね……まあ、いっか、B駅の南口の前に集合!」
※この小説を面白いと感じていただけましたら、★★★★★の評価とブックマークで応援お願いします。




