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此岸の境界  作者: 邑沢 迅
3章

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第18話 12月6日 ソウジ

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 自室のベッドの中、僕はあたたかな羽毛布団にすっぽりと包まり、目を瞑って、なんとか眠りにつこうとしていた。


 いつも通りに大学へ通って講義を受け、いつも通りにサークル部室へ顔を出して楽器を触り、いつも通りに夜はバイトにも行っている。僕の日常の歯車は、何事もなかったかのように綺麗に回っているはずだった。

 ただ、どうしても一つだけ、いつも通りではない。それは、僕の視界に、ハルさんが居ないということだ。


(……ハルさんの、声が聞きたいな)


 サークルでほぼ毎日顔を合わせていた頃は、ただ話ができれば良い、憧れでしかなかったはずだった。

 だが、こうして彼女が大学も、サークルも休み、顔すら見られない日が何日も続くと、嫌でも自分の気持ちが本物であったのだと気付かされる。胸の奥が、じりじりと焦げ付くように痛い。


 色々な思考が頭を巡ってしまい、なんだか一向に眠れない。

 僕は諦めて、ヘッドボードのスマホを手探りで探し出し、指紋認証を解除した。ブルーライトが暗い部屋を白く照らし出す。時計を見ると、時刻は既に日付を回ってから数時間が経過していた。


 なんとなく、本当に暇つぶしのつもりでYohTube(ヨーチューブ)を起動し、いつものように新着動画を巡回してみる。すると、まさにそのタイミングで『Mオカルティックチャンネル』のライブ配信が開始されたところだった。

 僕は迷わず、すぐに画面の再生ボタンをタップした。


 画面が切り替わると、そこはいつもの不気味な廃墟や心霊スポットではなく、どこにでもある普通の室内だった。三脚を使ってテーブルか何かにスマホを固定しているらしく、画面は彼――マサキの姿を正面からじっと映し出していた。

 現地ライブを主に行っている彼にしては、滅多にない珍しいスタイルの配信だった。


『始まったかな……?あーあー、聞こえてますかー……』


 話し始めたマサキの声には、いつもの空回り気味な、あの無駄な元気は微塵も無かった。どこか酷く疲れ切っていて、生気がない。


(なにかあったのかな……)


 まさか、配信をやめるとか、そういう後ろ向きな話だろうか。

 だが、もし彼がそんな決定を下したとしても、それを否定することは出来なかった。画面の隅に表示されている現在の同時視聴者数は、『1』。すなわち、僕一人だけである。


『あ、いつもの人、かな。こんな深夜の突発的な配信にまで来てくれて、ありがとう』


 マサキがカメラのレンズを真っ直ぐに見つめて呟いた。それは明らかに、画面の向こう側にいる僕個人に対するメッセージだった。


 画面の向こうの彼は、手元にあったペットボトルを手に取ると、なぜか躊躇するようにそれを少しの間じっと眺めていた。何かを恐れているような、奇妙な間。だが、次の瞬間には何事もなかったかのように、ゴクリ、とペットボトルの水を一口だけ喉に流し込んだ。そして、元の持ち位置にボトルを戻すと、一転して神妙な面持ちで静かに語り始めた。


『俺……ちょっとの間、配信をお休みします』


 その言葉を聞いて、僕は小さく溜め息をついた。

 そりゃあそうだよな、と思う。この悲惨な同時視聴者数に、一向に増えない再生数。モチベーションを保てという方が無理だし、休止したくなる気持ちだって痛いほど分かる。


 でも、僕が彼の動画を偶然見つけて視聴しだしてから、かれこれ一年間。彼はこれまでずっと、この低空飛行を続けていたはずだ。今更になって、急にその閲覧者数の少なさに嫌気が差したというのだろうか。何か、他に理由があるんじゃないか。


 画面の向こうで今にも消えてしまいそうな彼を引き留めたくて、僕は初めて彼の動画にチャットでコメントをしてみた。


『なぜですか?』


 短いその疑問のコメントを送信すると、彼はすぐに画面上の文字を確認し、レンズの方を向いて反応を返してくれた。


『so-jiさん、コメントありがとう。……まぁ、疲れちゃった、というのが正直なところかな』


 マサキはカメラのレンズから気まずそうに目をそらし、ぽりぽりと頭を掻いた。


『再生数も全然伸びないし、もう、潮時かなって思ってさ』


 誰からも注目されない、誰にも必要とされていないかもしれないという不安。

 僕らのやっている軽音サークルのバンドだって、たまにライブハウスで演奏したりもするが、所詮は趣味の領域だ。たとえお客さんが一人も入らなくても、『身内だけで楽しければそれで良い』という逃げ道の感覚がどこかにある。

 でも、彼がこれを趣味ではなく、本気で、人生を賭けてやっているというなら、数字を気にして絶望するのも然るべきだろう。


『せっかく、初めてコメントしてくれたのにごめんね。……じゃあ』


 マサキは寂しそうに力なく笑うと、手を伸ばした。

 次の瞬間、ぶつん、と容赦なく配信が切れてしまった。


(マサキ……本当に、活動辞めちゃうのかな……)


 友達でも無ければ、熱狂的な大ファンというわけでもない。

 ただ、毎夜の退屈な時間に、なんとなくその動向に注目していただけの見ず知らずの人物。そんな彼が活動を辞めるというのは、僕の思いの外、淋しいものなのだな、と知った。


 マサキのこと。ハルさんのこと。

 様々な想いが頭の中で混ざり合いながら、僕はいつの間にか、心地よい眠りの中へと深く落ちていっていた。


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