第16話 12月5日 ハル
※この小説の続きをスムーズにお楽しみいただけるよう、【ブックマークに追加】を押して設定を保存してください。
H祭典B会館。
その日は、天が底を突いたかのように酷い雨が降っていた。
お葬式のときに降る雨を『涙雨』というのだったか。それにしても、度が過ぎている。
警報級らしい大雨は、ミキを理不尽に奪われた遺族の、激しい怒りと悲しみを代弁しているかのようだった。
事件性の高さから世間の目を避けるように執り行われた葬儀は、家族と、ごく身近な親族だけが身を寄せ合う、とても淋しいお別れだった。
読経が終わり、ご焼香を終え、僧侶が静かに退場していく。
正直なところ、私は無宗教だ。お葬式のような形式張った儀式には子供の頃からどこか懐疑的な目を向けていた。死んだら終わりなのに、お経を読んで何になるのだろう、と。
だが、違ったのだ。これは、亡くなった本人のためにやっているのではない。
残された遺族が、残酷な現実を少しずつ受け入れ、区切りをつけるための儀式なのだ。棺にすがりついて泣き崩れるおばさんの姿を見て、私は生まれて初めて、葬儀というものの本当の意味を理解した。
そして、ついに最後のお別れの時間がやってくる。
実は、昨日のお通夜のときも、私は怖くて彼女の顔を一度も見ることが出来なかった。変わり果てた親友の姿を見るのが、どうしても恐ろしかった。
でも、ちゃんとお別れをすると心に決めたのだ。ここで逃げたら、一生後悔する。
ミキのお母さんが、涙に濡れた目で私に小さく視線で合図をくれた。
お父さんは、隣の椅子に座ったまま、魂が抜けたように項垂れて動かない。
H祭典の職員さんが、手際よく盆の上の花を切り、私に一輪の手向け花を手渡してくれた。
受け取った花の茎の、妙に生々しい冷たさを指先に感じながら、私は一歩、また一歩と、会場の中央に据えられた棺の前へと歩を進める。
「ミキ……ハルちゃんが、来てくれたよ」
おばさんが棺へと優しく声をかける。
花を手向けようと、更に一歩、身を乗り出すように前に出たその時、棺の中で静かに眠るように横たわる、彼女の顔が視界に飛び込んできた。
「……っ」
喉の奥で、短い悲鳴が引き攣った。
線香と、独特な薬品の香りが、容赦なく鼻を突く。
そこに横たわる顔には、かつての太陽のように眩しかったミキの面影は、どこを探してもなかった。不自然なほどにやせ細り、生気を失って土色に変色した肌。
そして、何より私の目を釘付けにしたのは、その首元だった。
プロによる死化粧をもってしても、どうしても隠しきれなかったのだろう。あの時トウヤ君が言っていた、何かに執拗に殴打されたかのような、おぞましい赤黒い痣の痕が、生々しく、そして痛々しく露出していた。
震える手で、ゆっくりと棺の中へ花を入れる。
「ミキ……本当は、何があったの……?誰が、こんなこと……」
帰ってくるはずのない問い。
心の中に急速に渦巻いていく激しい悲哀と、犯人への煮えくり返るような憎悪。それを、おばさんへの深い一礼でどうにか無理やりかき消し、私の最後のお別れは終わった。
出棺の時が来た。
彼女の遺体が収められた棺が閉じられ、激しい雨が打ち付ける外へと運び出され、霊柩車へと乗せられた。
ブーーー、と。
雨音を切り裂くように、長く、悲壮なクラクションが辺りに響き渡る。それが、彼女がこの世に別れを告げる最後の声のようだった。
親族の皆が、霊柩車に向かって手を合わせ、静かに目を閉じる。私も同じように、溢れ出る涙を堪えながら手を合わせた。
ふと、閉じた瞼の裏に、妙な胸騒ぎが走った。
雨のカーテンの向こう、火葬場へと向かう出口のその先へと視線を向ける。
激しい雨のせいで、視界は最悪だった。
でも、その霞む景色の向こうに、誰かがぽつんと佇んでいるのが見えた。
傘も差さず、雨に濡れるのも構わずに、立ちすくむ人物。
ザァザァと、雨はさらに強くなっていた。
※この小説を面白いと感じていただけましたら、★★★★★の評価とブックマークで応援お願いします。




