第14話 12月4日 ハル
※この小説の続きをスムーズにお楽しみいただけるよう、【ブックマークに追加】を押して設定を保存してください。
ソウジ君との会話の、翌日。
静まり返った部屋の中で、スマートフォンのバイブレーションと着信音がけたたましく鳴り響いた。
びくりと肩を揺らし、恐る恐る液晶画面を覗き込む。そこに表示された発信元の名前を見た瞬間、心臓が冷たく収縮した。
――ミキの実家。
画面に浮かぶその文字を見ただけで、電話の内容の察しは付いた。
正直、今の私の精神状態では、あまりにも気が重い。何を言われるのか、どんな声を聴かされるのか、想像するだけで逃げ出したくなる。
でも、取らないわけにはいかない。この電話を無視することなんて、私には絶対に出来ない。
大きく一つ深呼吸をして、画面をスワイプし、耳に当てる。
「もしもし……」
『もしもし、皆川ですけど……ハルちゃん?』
スピーカーの向こうから聞こえてきたのは、かつての面影もないほど覇気のない、掠れた声だった。でも、間違えようがない、聞き慣れたミキのお母さんからの電話だった。
「はい、萩原波留です。おばさん、ご無沙汰してます……」
『ああ、ハルちゃん……声、変わってないわね。元気にしてた?』
ミキの家には、小学生の頃からそれこそ自分の家のように毎日のようにお邪魔していた。けれど、お互いに高校、大学と進学するにつれて環境も変わり、実家に遊びに行く機会も自然と少なくなっていた。
私の中の記憶にあるおばさんは、ミキにそっくりでいつもハツラツとしていて、爽やかに笑うとても気持ちの良い人だった。ミキと同じ、私の人生における大切な人の一人だ。
だが、今の声は深く沈み込んでいて、それでも私に気を使って無理をして明るく話してくれているのが、痛いほど伝わってきた。その声色だけが、かつて私を笑顔で迎えてくれた彼女本人であることを物語っていた。
「……うん」
『あの、ね。……ミキのこと、なんだけど』
おばさんが本題を切り出した。途切れ途切れになる言葉の行間から、彼女の張り裂けそうな悲痛が伝わってきて胸が苦しくなる。
『ミキね……やっと、警察から実家に帰ってきたの。身体の検査とか、いろいろ終わって……。だから、あのね、お通夜……来、てくれな……い、かな……』
お母さんの声が激しく震え、最後の方は涙で完全に声になっていなかった。
検死解剖などで変わり果てた姿になり、ようやく親元に帰ることができたのだ。その無念さと悲しみは、想像を絶するものだろう。
私に、その誘いを断る理由など、最初から一文字も無かった。
「……うん、分かった。知らせてくれて、ありがとう。私も、ちゃんとミキにお別れ、しに行くね」
『ありがとう……ハルちゃんにそう言ってもらえると、ミキも喜ぶわ……。今日ね、会場はH祭典のB会館だから……』
「わかった。……おばさんも、あんまり無理しないでね」
『うん……ありがとう。じゃあ、会場でね』
ぷつり、と通話が切れる。
ツーツーという無機質な音が響く中、私はスマホをベッドに置いた。
よし、と自分に気合を入れるように小さく呟く。
まずは、実家に連絡して喪服を取りに戻らないと。アパートには大学の入学式用のスーツくらいしか置いていない。
今日がお通夜で、明日は本葬になるだろう。
ソウジ君に勧められた通り、今日の午後にでも日下部教授のところへ行く予定だったけれど、それは明後日に延期だ。
何よりもまずは、私の大切な親友に、ちゃんと最後のお別れを言わなければならない。それをして彼女を天国へ送り出してあげないと、私は一歩も前に進めないような気がしたから。
私は静かに立ち上がり、実家へ戻るための身支度を始めた。窓の外からは、冷たい冬の風が建物を揺らす音が聞こえていた。
※この小説を面白いと感じていただけましたら、★★★★★の評価とブックマークで応援お願いします。




