第13話 12月3日 ハル
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「オカルトとか、詳しいんだっけ」
その言葉を口にした瞬間、ソウジ君はあからさまに不思議そうな顔をした。
それもそうだ。大切な親友を亡くして目の前で泣き崩れていた女が、涙も乾かぬうちに急にそんな話を切り出したのだから。脈絡が無いにも程がある。
少し前に部室で、彼がスマホで熱心に怪しげな動画を見ているのを見かけて、少しだけ言葉を交わしたことを思い出したのだ。
その時の私は『そういう趣味もあるんだな』くらいにしか思っていなかった。けれど、ミキの死には不審な点が多すぎた。
これと言った明確な証拠も出ないまま、警察から犯人扱いされて連日事情を聞かれ続けているトウヤ君。このままでは彼まで壊れてしまう。彼をどうしても助けてあげたい。
今の私は、まさに藁にもすがるような思いだった。オカルトだろうが何だろうが、少しでもミキの怪死に繋がる糸口が欲しかった。
ソウジ君は困惑しながらも、私のまっすぐな視線に気圧されたように口を開いた。
「詳しい、というほどではないですが……好きでは、あります。一通りネットの噂とかは見てますけど……」
私はゴクリと息を呑み、先ほどトウヤ君から電話で聞いた話を、要点だけを掻い摘んで説明した。
耳の奥で直接響く不気味な水音。見えない何かに激しく殴打されたかのような死因。そして、生き物のように肌の上を這い回り、目の前で増えていったという赤黒い痣――。
あまりにも荒唐無荒な説明を聞きながら、ソウジ君は頭の上にいくつもハテナマークを飛ばしているような顔をしていた。それでも、私の悲痛な表情を察してか、話を途中で遮ることなく最後まで静かに聞いてくれた。
「……なるほど……」
話し終えると、ソウジ君は腕を組みながら「うーん」と深く唸って考え込んでしまった。
そして、思い当たることがあったのか、ゆっくりと口を開いた。
「まず、耳の奥で聞こえるという水の音。これは、怪談話や都市伝説では正直、よくある類のものです。陸の上では絶対にあり得ない不気味な水音が聞こえ始めて、最終的には乾燥した室内なのに、なぜか溺死体……水死体で発見された、とか」
急に本格的なオカルトじみた話が彼の口から飛び出してきて、私は一瞬、あっけにとられてしまった。
いや、自分から話を振ったのだけれど、想像以上に不気味な具体例だった。
「でも、ミキさんの死因は出血性ショック死なんですよね……。今回の不可解な現象に一番近いので言うと、やっぱり『動く痣』ですかね。呪いや怨念によって付けられた痣は、意思を持つ生き物のように動くという話がいくつかあります。その痣が全身を這い回って、最終的に心臓に到達すると死んでしまうとか。……まぁ、当然どれも噂話なので、真偽は不明ですけど」
ソウジ君は少し視線を落とし、記憶を探るように言葉を続ける。
「他には……キリスト教圏の聖痕とかでしょうか。十字架にかけられたイエスと同じ傷が、何もない体に突然浮かび上がってくる現象です。これは信仰心が高まりすぎた結果の精神的な自己暗示、なんて言われてますけど……」
世界各地には、そんな奇妙な話が存在しているのか。
そのほとんどは、誰かが面白がって創作した都市伝説や、その類のデマなのだろう。けれど、ミキの身に起きたことが現実に存在する以上、その無数の噂の中には、本当に起きた実話がひとつくらい混ざっていてもおかしくはない。
少なくとも、トウヤ君が見た悪夢のような光景は、現実に起きたのだから。
「それ……本当に、トウヤさんの幻覚、とかじゃないんですよね」
ソウジ君が恐る恐る、核心を突くように尋ねてきた。
「ううん、違う。トウヤ君は、そんな嘘を吐く人じゃないよ」
「そうですか……」
ソウジ君はそれ以上トウヤ君を疑うようなことはせず、静かに受け入れてくれた。
「ごめんね、急にこんなおかしな話をして。……でも、誰かに話せて、ちょっとだけ胸が楽になったよ。ありがとう、ソウジ君」
「なら、よかったです。お役に立てたかは分かりませんけど」
これ以上彼を巻き込むのも悪い。私は自分の荷物をまとめて、席を立った。
「コーヒー、ごちそうさま。……サークルは、ちょっとの間お休みするね。みんなにもよろしく伝えておいて」
無理に作った笑顔を向け、踵を返して店内を出ようとした、その時だった。
「ハルさん!あの!」
背後から、ソウジ君の大きな声が響いた。
振り返ると、彼は椅子をガタリと鳴らして立ち上がり、何やら必死な形相でこちらを見つめていた。
静かなカフェの店内で突然大声を出した彼に、周囲の他のお客さんたちも「なんだ?」と怪訝な視線を一斉に向けている。
私は少し気恥ずかしさを覚えながらも、小首をかしげるジェスチャーをして、彼の次の言葉を待った。
ソウジ君は耳まで真っ赤にしながら、それでも真っ直ぐに私を見て言った。
「一緒、に……帰りましょう。駅まで、送ります」
◇
B駅までの道中、隣を歩く彼は、私に一つの重大なヒントをくれた。
「もし、そのミキさんの件が本当に普通じゃない現象なのだとしたら……人文学部の日下部教授に話してみてください」
「日下部、教授……?」
正直、私にとっては少し苦手な教授だった。
常に冷徹で、感情で物事を判断しないというか、徹底して客観的な事実のみを重視するというか……。何を考えているか分からなくて不気味なのだ。
「あの教授、オカルトや怪異の裏にある歴史的背景の界隈では、結構有名みたいなんです。……僕の浅い知識だと、これ以上は力不足みたいなので」
ソウジ君は頭の後ろを掻きながら、自嘲気味にぽつりと笑った。そんな彼に、私は慌ててフォローを入れる。
「ううん、そんなことないよ。ありがとう、ソウジ君。とっても助かったよ。本当に」
隣を歩く彼に、私は今度こそ上手く笑えていただろうか。
気づけば駅の改札までたどり着いていた。ソウジ君はしっかりと私の安全を確かめるように、改札の手前まで送ってくれた。
「じゃあ、またね。今日は本当にありがとう」
「いえ。……僕なんかでよければ、何かあったらいつでも呼んでください。話を聞くことくらいしか、出来ませんけど」
ソウジ君は少し照れくさそうに、でもとても頼もしい笑顔を見せてくれた。
自動改札機に定期券をかざし、ホームへと向かうエスカレーターに乗りながら、私はソウジ君のくれた言葉を反芻していた。
日下部教授。あの冷徹な教授なら、ミキの体に起きたあの呪いのような怪異の正体を、解き明かすことができるのだろうか。
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