第8曲 豚と猫と嫉妬
評議会は、市井では親しみを込めて『玉虫の塔』とも呼ばれている。
何も、判断や結論を曖昧にして玉虫色にころころ翻すという意味ではない。
首都中心部に広がる正方形の行政区画。
その中央に、文字通り玉虫色の塔が立っている。
國政の最終判断は、塔の最上階に設置された円卓で下される。
この部屋を『円卓の間』と呼んでいる。
評議員は時代により変遷はあるが、現在は五席である。
それ以外に、諮問員として議題に関連する各分野の専門家などが喚ばれる。
エーレっ子の多くにとって、『研究所』と云えば十人中十人がアスラール研究所を思い浮かべるほど、研究機関としては突出した存在である。
アスラール研究所は建國の経緯に深く関わる機関であるため、評議会にはほぼ毎回強制参加させられている。
他國ならば國立あるいは王立などと呼ばれていたかもしれないアスラールであるが、エーレは自主性・自立性を重んじ支配を嫌うため、最低限の行政や軍を除けば國立の施設というものは存在していない。
多岐にわたる諮問員は各々独立した存在であり、彼らに対し評議会は強制力を持たない。
はずなのだが、アスラール研究所だけは、何となく評議会からの招集を突っぱねられない空気感があり、毎回誰かしらが喚ばれて出ることになっていた。
「えぇ〜?なんでこんな興奮状態?」
エセンはやや呆然として呟いた。
これから國の重要事項が決定されるはずの円卓の間を、濃紫の猫と橙色の子豚が縦横無尽に走り回っている。
唯我独尊を地で行く古代猫は、研究所などへ出かけるエセンについて来ることもあれば来ないこともあり、留守番していたはずがいつの間にかそばに来ていることもある。
この日は大人しく車に同乗して来たかと思えば、到着するなりの暴挙に出た。
塔の愛玩動物である子豚を追い回し始めたのである。
橙色の子豚には、レオンベルガーというご立派な名前がついている。
エセンが十八番のうっかりで生み出した子豚は、どんな少量の毒をも嗅ぎ分ける、という奇跡の鼻を持っていた。
エセンはただ、天然の松茸を効率よく見つけさせたかっただけなのだが、規格外の能力を持ってしまったがゆえに、評議会が慌てて破格の金額で買い上げた。
なお、本来の目的である松茸掘りに関しては、今のところ才能の片鱗すら感じられない。
研究所の一部と評議員以外には子豚の価値を明かしていないため、塔の職員たちからはただの変わった色の愛玩動物として大いに可愛がられたあげく、いつの間にか北國のお貴族様を彷彿とさせる高貴なお名前がつけられていた。
「おいエセン、こやつらを何とかしろ」
一見、幼い少年のように見える第一席オードが、顎をしゃくって猫たちの方を示した。
『賢者』と呼びならわされる彼は、知識と見識の宝庫であるが、口調だけ聞くとただの柄の悪いおっさんである。
「常々ろくなことをせんと思っていたが、まったくもって非常識なものばかり生み出すではないか」
嫌味ったらしい口調にかちんときたエセンが、腕組み脚組みで布張りの肘付き椅子にふんぞり返った。
「存在そのものが非常識なオードに云われたくないわね」
「なんだと、この小娘!!」
「……大人げない若作りってめんどくさいわ〜」
第五席シャンスが呆れた様子で頸を振り、顎先で切り揃えた黒髪がさらさらと揺れた。
黒目がちの大きな瞳に小さな紅い唇。
神秘的な見た目にそぐわず、まあまあ口が悪い。
なお、切れ長の目が印象的なヨンカと造作はあまり似ていないが、彼女の姉である。
オードは元々の低身長と童顔に加え、年齢が肌や体つきに出にくい質らしく、かなり年齢不詳な見た目である。
一説には秘伝の若返り薬を飲んだらしいとも云われるが、本人は否定も肯定もしていないので、真相は分からず終いである。
「ねぇ、エセンちゃん。この子、嫉妬してるんじゃないの?」
第四席グレカディオが、古代猫に目を向けて云った。
焔のような赤毛に勿忘草の瞳。
男性ながらやや女性っぽい柔和な語り口だが、心は女性だとか女装癖があるとかそういったことはなく、恋愛対象も女性である、と本人は主張している。
「嫉妬って何に対して?」
「子豚ちゃん。名前もらってるでしょ?古代ちゃんってほら、名前っていうより種族名の省略形じゃない?」
追いかけっこから急停止した古代猫が、我が意を得たりとばかりに髭をひくつかせながら、エセンを熱い眼差しでひたと見つめてきた。
おやつを持っているとき以外で、彼女にここまで見つめられたことが未だかつてあっただろうか、とエセンは遠い目をした。
ものぐさなエセンのこと、適当に呼んでいた自覚はなくもない。
「え〜……葡萄?」
「安直!」
長い尾がびたんと床に叩きつけられた。
お腹立ちのようである。
「茄子」
「悪化したな」
びたんびたん!
「菫」
「今までのなかではいい方か?」
「いや、いい加減に色からの連想を離れろよ」
「玉押黄金」
「まんまではないか」
「ジンシャー」
ぴた、と尾の動きが止まった。
やればできるじゃない、と云いたげに金の双眸が煌めく。
エセンの足下へ走り寄り、額の玉押黄金紋を擦り付けた。
「うわ、熱っ。え、なに熱っ」
「あー、やられたな。確実に何か契約的なものを載せられてるぞ、これ」
近づいたオードがしゃがみ込んで、エセンの足頸に手を当てたまさにそのとき、円卓の間の扉が外側から開けられた。
「オード、何をしているのですか」
「いや〜な間合いで来るな、お前」
ベケルや数人の諮問員とともに入室してきたラハーレが、オードを絶対零度の視線で見据えた。




