第54曲 旦那さま救出作戦
「こんな小娘にいいように利用されて、神の遣いとしての矜持はどこへやったのだと聞いている」
《いや、それはその、》
「答えられないのならば、さっさとその座を降りるのだな」
《待ってくれ、それは困る!》
「烏は魔のものだと広めてやっても良いのだぞ。人の信仰が薄れれば、その身はさぞかし危うくなるだろうな」
《うわ〜、まじやめて、それだけは勘弁してください!》
紫がかった濡羽の大烏が、仁王立ちするラハーレの前でうなだれている。
「やってんな〜」
「ま、そんなことだろうとは思ってたけど、むしろラハーレが魔王みたいよね〜」
お姉さま方の感想は身も蓋もない。
「ちょっと烏、説教されて言いくるめられてる場合じゃないでしょ。しっかりしなさいよ!」
《いや、無理だって。こいつに逆らったら何されるかわからん。おまえ、なんでこんな奴を敵に回したんだよ〜》
烏の手のひら返しに激怒するマリンシュカだが、当の烏はよほどラハーレが怖いらしく、縮み上がってなんならちょっと泣きが入っている。
「あの〜、お取り込み中申し訳ないんだけど、マリンシュカちょっといいかな?」
そこで初めてエセンたちの存在に気づいたマリンシュカが、勢いよく振り向く。
「あんたたち……!」
「あ、お邪魔してまーす」
緊張感皆無でシャンスが敬礼する。
ラハーレはとうにエセンたちが戻って来ていたことに気づいていたようで、頷きをひとつ寄越したのみである。
その落ち着き払った様子に、先ほどまで気を揉まされていたエセンとしては、ちょっとばかりいらっとしないでもない。
ぷいっと横を向いたエセンに、ラハーレが狼狽する様子を見せた。
それを横目に眺めるシャンスとレゼーラは、にやにやと人の悪い笑みを浮かべている。
うなちゃんが烏のところへ飛んで行って、何やらこんこんと教え諭している。
烏はますます小さくなって、ずいぶんと哀れげだ。
エセンがずかずかと歩み寄ったので、マリンシュカはややのけぞりつつ、片脚を一歩後退させた。
「な、なによ、」
「あなた、ロカシュさんのこと好きなんでしょ」
いきなりの暴露に、マリンシュカの顔が硬直したあと、一気に紅潮する。
「なん、何を、根拠に、」
「ロカシュさんが全然本気にしてくれないから、あの手この手で気を惹こうとしてるんでしょうけど、関係ない私たちまで巻き込まないで!」
「ごもっとも」
「いいぞ、もっと言ってやんな!」
エセンが勘づいたくらいなので、お姉さま方はもちろん気づいていたのだろう。
うしろから援護の声が降ってくる。
「ロカシュさんも、自分に自信がないからって、マリンシュカの真剣な気持ちに向き合わないのはだめでしょ」
ロカシュは思いも寄らなかったのか、呆けた顔をしている。
「え、冗談か何か、からかわれているんだとばかり、」
「このぽんこつ!一世一代の大決心で告白したのに、『まさか』の一言で笑って流されたこっちの身にもなってみなさいよ!」
あぁ〜それはないわ〜、と女性陣からの冷たい視線がロカシュに突き刺さる。
たじろいだロカシュは味方を求めて視線を彷徨わせたが、唯一の同性であるラハーレは、妻に視線を逸らされた打撃からまだ立ち直れていない。
うなちゃんとジンシャーまで、何やらぶーぶーと野次を飛ばしているが、こちらはあまり状況をわかってはいないだろう。
ただ、意見が食い違うときは女性の味方をしておけば大体は丸く収まると、経験則で学んだものと見える。
開き直ったのか、マリンシュカがロカシュをがんがん責め立てている。
「地味な容姿だから釣り合わないとかふざけたこと言ってないで、男なら『好きじゃないから付き合えない』ってはっきり断りなさいよ!」
「いや、好きじゃないとか、そんなことは、」
「なら、好きってことね。はい、解決」
二人のもだもだが面倒になってきたエセンは、ぱんぱんと手を叩いて、一足飛びに両名を結論まで落とし込んだ。
「じゃあ、さっさと帰りましょう。総員撤退!」
さすが本職のシャンスが号令をかけると、ぴしっと場が引き締まる。
二頭の瑞蝶が、青と金の光を発し始める。
「烏!」
エセンの厳しい一声に、大烏はぴぇっと情けない鳴き声を上げた。
「あんた、罰としてしばらく研究所で下働きしなさい」
「よしきた、おらが監督してやるべな!」
びぇぃやぁぁぁ〜、ともはや泣き声だか鳴き声だかわからない音声を哀れっぽく響かせながら、烏はうなちゃんに咥えられた。
「だーかーらー、うかつに生きてるもんを拾うなっつってんだろうがよ!なんだよ、紫烏の森のぬしって。なんで半妖精族関係の生きもんに、てめぇが名付けすることになってんだよ」
今回ばかりは、オードの言い分に反論できないエセンである。
というかエセンだって、ただでさえ名付けの感性に疑義を呈されているというのに、この上、本来無関係な生きものの名付け親にまでなりたくはないのだが。
紫烏の森から戻って一週間あまり。
大烏は意外にも真面目に働いていた。
なんと、研究所の伝令役が性に合ってしまったらしい。
研究所に電話がかかってくると、これまでは交換手のお嬢さんたちが所内を走って、取り次ぎ先の研究員を呼びに行かなければならなかったが、この役目を烏が引き受けることになったのである。
街の烏に比べると二回りは大きいので、ちょっとした小包なども運べてしまう。
電話交換室のお嬢さん方に可愛がられて、満更でもなさそうだ。
夜は寝ぐらである紫烏の森へ帰る。
今後、半妖精族の試練や何かで業務時間中に森へ帰らねばならない場合も出てくるだろうが、いずれ罰が終わったら有給休暇が欲しいなどとほざいているようなので、どうやらしばらくは勤めるつもりでいるらしい。
そんなこんなで一週間が過ぎようとしていたある日、烏が黒い瞳をきゅるんとさせて、自分も名前が欲しいと言ってきたのである。
紫烏というご立派な名がすでにあるではないかと言いたいところだが、例によってそれは種族名とのことで、鳴き声から安直に「かぁくん」とつけてみたら、言い終わる前に却下された。
自分から名をつけて欲しいと要望してきたわりに、生意気な烏である。
「ルカーク、でどう?」
煮詰まった最後の提案で、ようやく烏は喜びの舞いを披露した。
なお、騒動の発端であるマリンシュカも、もちろんお仕置き中だ。
こちらは研究所の廊下と窓を毎日、鼻歌まじりで磨いている。
掃除担当の女中さんたちが着ている、灰色のお仕着せに白い前掛けの組み合わせが、「可愛い!」と気に入ったようで、お仕置きになっているかはともかくとして、文句なく働いてくれるなら何よりである。




