第53曲 三人目の半妖精族
ただちにもう一度紫烏の森へ入ろうとしたエセンだったが、うなちゃんが止めた。
「これはおらの直感だども、あのマリどんは紫烏の森のぬしと繋がっとる気がするんだべ。無策で飛び込むんは危険じゃ」
「だけど、急がないとラハーレが、」
「ニニテの森の入り口で誰かがエセンどんを待っとる。心強い味方じゃて、いったん合流した方がええ」
その助言に渋々ながら従うエセンだったが、一刻を争うということで、大きくなったうなちゃんが皆を運んでくれることになった。
安全装置も何もないながら、うなちゃんの背中は思いのほか安定しており、森のできるだけ低い所を飛んでくれたこともあり、さほどの怖さもなく、あっという間にニニテの森の入り口へ戻ってきた。
「、デュイエさん!」
「どうした、何があった?」
待っていたのは、ラハーレの父デュイエであった。
執事ラプソンにエセンたちの居場所を聞き、森から出てくるのを待っていたらしい。
「半妖精族に関する情報を掴んだのでな。なんだか嫌な予感がしたもので急ぎ来てみたのだが。あやつは本当によく攫われる男だな」
エセンから状況を聞いたデュイエは、小さくかぶりを振ってから、背後に立つ男を前に押し出した。
「半妖精族の男だ。マリンシュカとやらが成人の儀を受ける際、同行したらしい」
「ロカシュと申します。このたびは同胞がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません」
礼儀正しく腰を折る男は、焦茶の髪と瞳に平凡な容姿で、煌びやかな妖精らしさはほとんど感じられない。
しかし、マリンシュカの儀式を手伝ったというのだから、六枚の翅持ちであるはずだ。
肩のあたりに金茶色の蝶が止まっており、おそらくこれが彼の瑞蝶なのだろう。
「ロカシュさんは帝国にいたの?」
「ええ、帝国には半妖精族の隠れ里がありまして、少し前から滞在しておりました。隠れ里は影の帝族のみなさまとは地理的に近いこともあり、物資のやり取りなど必要最低限の交流があるのです」
その伝手を使って、デュイエは今回、情報収集をしてくれたようだ。
「ロメアラが話していたという伴侶決めの掟ですが、すみません、事実とは異なります」
「、えっ!」
ロカシュによれば。
翅を伴侶以外の者には原則見せてはならない、という掟はたしかにあるという。
しかし、万が一見られた場合、特にそれが一族以外の人間であった場合は、里に一報入れて大人に対処してもらう、というだけで、即座に強制婚姻という内容ではないらしい。
ロメアラがあまりにおっちょこちょいで危なっかしいので、周囲の大人たちが本人に危機感を持たせるため、そのように説明したのではないか、とロカシュは言った。
「それなら、マリンシュカは正しい内容を知っていたはずでは?」
「もちろん知っています。ロメアラが誤った内容で聞かされているのを知って、それを自分に都合の良いように利用したのではないでしょうか」
なるほど、したたかなところのある女性だ。
それくらいのことはしてのけるだろう。
「うなちゃん、マリンシュカは紫烏の森のぬしと繋がってるって、さっき言ってたわよね。あれ、どういうこと?」
「おらには、半妖精族の翅は見ようとすればうっすらだけんど見えるんじゃ。それがなぁ、マリどんはなんだか変な気配がしたもんでな、そんでよく目を凝らしてみたらば、なんちゅうか、烏の羽みたいなもんが見えてなぁ、」
「ーーーーーやはり、そうでしたか、」
頬をこわばらせて、ロカシュが長い吐息をついた。
「マリンシュカとはひとつ違いなこともあり、小さな集落ですから兄妹のように育ちました。ですから、成人の儀にあたり協力してほしいと頼まれたときも、ふたつ返事で承諾したのです」
ロカシュは元々やや口下手で正直すぎるきらいがあり、幼い頃からしばしばマリンシュカを怒らせて来たという。
紫烏の森でも、試練が始まって早々にロカシュの何気ない発言がマリンシュカの逆鱗に触れ、彼女はひとりで森の奥へ走り去ってしまった。
「率直すぎる物言いしかできない僕も悪いのですが、このときは向こうから頼んでおきながら些細なことで臍を曲げた彼女に腹が立って、後を追うことはしませんでした」
さりとて置いて帰るのも忍びなく、そのまま自身の瑞蝶と共に紫烏の森の入り口で待っていたところ、しばらくしてマリンシュカが戻ってきた。
「マリンは、翅をもらえた、目的は達成したので戻る、と言いましたが、僕はおかしな話だと思いました。彼女は瑞蝶を持たず、僕の瑞蝶は彼女に同行しませんでした。瑞蝶の助けなくして、胡蝶蓮の翅を得ることはできないはずなのです」
烏は地域によって神の遣いとされる一方、魔女の眷属とされることも多い。
紫烏の森では、人の心の有り様によっては烏の小狡さを引き出してしまうこともあるのだと、ロカシュは語った。
「つまりマリンシュカは、森のぬしに頼んでラハーレを閉じ込めたってわけね?」
「おそらくそうなるかと」
問題は、どうやってラハーレを助け出すかだが。
「時に、そちらにおいでのお方は、もしや白龍さまでいらっしゃいますか?」
ずいぶんと恭しい言葉遣いで話しかけられたうなちゃんが、小首を傾げたあとで、はっとしたように姿勢を正し、むんと胸を張った。
「いかにも、おらが白龍なんだべ。エセンどんの守護龍だべさ」
「おお、やはり!ここへ来る道々、デュイエどのから伺いましたが、ラハーレどのエセンどのご夫妻に、祝福を授けられたとか」
「んだ、いかにもだべ」
若干、やりすぎ感のある内容が含まれてはいるが、祝福であることに違いはない。
「本来、神の遣いとしての烏と、神そのものとして祀られることもある龍では、龍の方が当然格上になるのですが、」
「あっ、」
レゼーラが声を上げつつ、ぽんと手を打った。
「光の道が動き出したとき、マリンシュカがずいぶん驚いてたっけが、もしかしてうなちゃんがいたからかい?」
「ええ、おそらくは、白龍さまの力がまさっていたがゆえの現象かと。ですから、白龍さまが領域を出られてから、罠を発動させたのでしょう」
「それなら、うなちゃんの祝福をもらったラハーレは、安全ということ?」
シャンスの問いに、ロカシュはなんとも言いがたいという表情でかすかにかぶりを振った。
「こればかりは、現時点では推測に過ぎませんが。守護ならばともかく、祝福だけでは安全とまでは言い切れません。ただ、マリンシュカの翅はおそらくまだ二枚で、あとの四枚はまやかしだとするならば、能力的にはただびとと大して変わらないでしょう。紫烏との交渉次第では、ラハーレどのの有利に運べるやもしれません」
黙したまま話を聞いていたエセンは、ぐっと奥歯を噛み締めてからあごを引き上げた。
「行きましょう。ロカシュさん、あなたも一緒に来てくれる?」
「ええ、同胞の不始末ですから、それはもちろんですが、」
「たぶん、今回はあなたが鍵になるのよ」
「それはどういう……」
不思議そうなロカシュにはかまわず、フェルトワが待ちかねたように青い光を発動させたので、慌てた様子でロカシュの瑞蝶が金茶の光をまとってフェルトワに合流する。
青と金の光が入り混じって、エセンたちを包み込んだ。




